「ヘリコプターSH60J」
分家は霧の中から次々と現れる黒い巨大な物体に背筋が凍った。
「う、運転手さん、もう少し高度を下げてください。」
思わず発した分家の言葉に綾瀬は笑う余裕もなかった。
「やっぱり現れた・・ それも今までとは数が違う。空母を狙う気だわ。」
パイロットはすぐに海自本部並びに「くらま」に報告を始めた。
「間違いない、あいつはドイツの戦艦「ビスマルク」、ビスマルクに轟沈された英国巡洋艦「フッド」もいる。「プリンスオブウェールズ」も! あ、なんだアメリカの戦艦「アリゾナ」!? 日本海軍の重巡洋艦「愛宕」に「妙高」それに「長門」と「伊勢」、まだ出てくるぞ!」
分家が興奮した叫び声をあげた。
「見て、海面に無数の潜望鏡らしきものが!」
米国海軍を取り囲むように海面から無数の棒状の物が突き出ていた。
「潜望鏡で間違いないです!凄い数の潜水艦が米国海軍を囲んでいます!」
ヘリは「くらま」に向かうのを中断し、霧の中から次々と現れる旧大戦の軍艦たちを見下ろした。

(海底のビスマルク)
「空母カールヴィンソン」
非常警報が鳴り響き、航空甲板では乗組員たちが駆け回っていた。
「提督!5キロ圏内に次から次へと艦艇が現れてきました!無数の潜水艦にも包囲されました!」
「なにをバカな!我々は数百キロ先の敵でもすぐに判別して迎撃態勢を取れるというのに、目の前に現れるまで分からないはずがないではないか!」
「しかし、全く全ての探知システムには異常はなかったのです!本当に忽然と目の前に現れました!」
「たとえそうだとしても、これは誰かが作り出した幻影に違いない。こんな旧大戦の軍艦どもになにが出来る!?」
ネルソン提督は、全てにおいて否定的で、即座に反撃態勢を指示しなかった。
「いいか、どこかにこの幻影を作りだしている艦艇がいるに違いない。そいつを探し出すんだ。」
「フリーゲート艦の対潜哨戒ヘリが無数の潜水艦を探知しています。我々の艦隊の周囲を取り囲んでいます!ヘリより攻撃の許可を求めてきてます!」
「そいつも何かのまやかしだ!このマジックを生み出している場所を早く探知するんだ!幻影に無駄な弾を使うな!」
「あ、あれは・・・ 戦艦アリゾナ!?」
「なんだと?」
カールヴィンソンのブリッジの士官たちが霧の中から現れた戦艦アリゾナの姿を見た時だった。フリーゲート艦から飛び立っていた数機のヘリに対して、霧から現れた艦船が一斉に機銃掃射を浴びせ、またたくまにヘリ群は撃墜されてしまった。
「迎撃態勢だ!あれは幻影ではない!準備できた艦載機から直ちに発進だ!」
しかし、その命令が終わらぬうちに艦隊の周囲に潜んでいた50隻もの潜水艦から一斉に魚雷が発射された。第一射、二射、そして三射、百本以上の水面の白い線がアメリカ艦隊に襲い掛かって来たのだった。

「まさか、そんなばかな!」ネルソンがつぶやくと同時に、空母に激しい爆発音と振動が響いた。
フリーゲート艦隊は魚雷攻撃を受けながらもすぐに、ハープーンの発射や速射砲、そして対潜ミサイルアスロックなどを発射し、応戦を始めた。
しかし、何十本という魚雷の攻撃を受け、その戦力はたちどころに喪失していった。
それどころか、魚雷攻撃に続き、霧の中から出てきた十数隻の戦艦、巡洋艦クラスの砲塔が水平になり、艦隊に向けられ、轟音を響かせた。
「提督!四方八方から砲撃されてます!」
空母の艦上から離陸できた戦闘機はわずか3機、そのうち1機は離陸時に空母が揺れたはずみで機体を破損、海上に墜落した。残りの艦載機は全て艦上で砲撃の餌食になった。

「バカな・・・あんな遺物になんでこんなにやられるんだ」
それがネルソン提督の最後の言葉だった。
謎の艦隊の砲撃は、正確に空母やフリーゲート艦のブリッジを狙ってきた。全てのフリーゲート艦が艦橋に集中砲火を浴び、指揮機能を失った。そしてカールヴィンソンのブリッジにもビスマルクの砲火が集中し、提督、艦長他、多くの士官と指揮所を失い、ついに、指令を出すものが一人もいない状態になってしまったのだ。
カールヴィンソンは爆発を繰り返しながら右舷に傾いた。
「全員退避!退艦だ!!」
下士官が叫んでいた。そこへ後部機械室から上がって来た下士官が叫んだ。
「どこへ逃げたってもう助からない!原子炉の冷却水が止まり、炉の一部が破損して溶解が始まってる!もうすぐ核爆発が起こるぞ!」
それを聞いた周囲にいた乗組員たちの背筋が凍った。
限りない力を与えてくれていた核が今、凶器となり、乗員たちを襲おうとしていた。
空母の周囲の6隻のフリーゲート艦はどれも集中砲火を浴び沈没寸前だった。2隻の支援船も同様だった。しかし不沈艦と言われる空母は右舷に傾きながらもまだその姿を保っていた。乗員たちは次々に海に飛び込んだが、その乗員たちを助ける船はどこにもいなかった。

(ビスマルク)
「潜水艦UX1 デコスキー大佐」
「大佐、留置している原船長がここから出せ!って叫びっぱなしでうるさいんですが・・」
「そうか、ではここへ連れてきてくれ」
「え? 現在起こっていることを見せてしまいますがいいのですか?」
「構わん」
デコスキーはそう言うと、ビュワーに映し出されている米国海軍の悲劇を睨んだ。
「総統め、ついにやってしまったな。サトキー博士、カールヴィンソンの原子炉は危ないか?」
「はい、かなり。核爆発は時間の問題かと・・」
「そうか、猶予はないな。なんとしてでも核爆発は止めなければならない。二度とこの海や大気を汚してはならない。」
「しかし、大佐あの装置はまだ不完全です。使うにはまだ早すぎます。」
「局地的に使う分には大丈夫なのではないか?」
デコスキーがサトキー博士に尋ねた時、大声でわめく原船長が連れてこられた。
「おい、そこの髭の生えた偉いさん、船は弁償してくれよな!息子とスキーに行く約束してるんだから早く日本に帰してくれ!」
デコスキーはにたっと笑うと、原に向かってそっけなく言った。
「船長さん、もういいから、下手な芝居はやめてくれ。あんたがスパイだということは最初からわかってたんだから。」
「ヘリコプターSH60J」
分家たちは眼下の悲劇をまざまざと見つめていた。
「おびただしい数のUボート、そして戦艦群・・・ 一体どうやって・・ 無敵のアメリカ海軍が・・」
分家がつぶやくと、綾瀬が続いた。
「まさかこんなに一度に艦隊をワープさせるなんて・・ 想像以上の力だわ・・」
「機長、当機も狙われます。脱出しましょう!」
「了解!」
機長が海戦上空から離脱すべく、機首を上げた時だった。
激しい衝撃がヘリを襲った。機銃掃射の一弾がヘリを直撃したのだ。
操縦席の一部が破壊され、機長が重傷を負った。機体が激しく左右に揺れた。
「機長がやられた!」副操縦士はすぐに本艦に向けてSOSを発するとともに、操縦かんを懸命に握りしめた。
分家も綾瀬も死を悟った。ヘリは大きく揺れながらぐんぐんと高度を下げたのだった。
(つづく)
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