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2012年01月27日 イイね!

フランダースの犬にまつわる救われない話

『オチが救われない話』というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。

『フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。しかしヨーロッパではほとんど知られていなかった。
もとは1872年発表のイギリスの童話だが、原作者の女性がベルギーの風俗をイギリス人の目で偏見的に描いている。なにしろ、帝国同士の争いが激しかった19世紀。イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。
「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」
こんなことをずらずらと書いているのだ。ベルギーを始めとするヨーロッパで人気が出るわけがない。
そのうえ、本家イギリスでは、運命に抗わずに教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。
結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。

ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。80年代からの海外旅行ブームでは、ベルギーのフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。
もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。地元の人間すら誰も知らないのだから当然か。
日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりのパターンだったとか。

ところが、1982年、大きな転機がやってくる。
ベルギー・アントワープの観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。日本人観光客から『フランダースの犬』という物語の存在を聞いたことが発端である。生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。
地元を愛し、それが故に地元の観光局に勤めた彼。そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。

だが日本人観光客に詳しいことを尋ねても、
「アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」
というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。
今と違ってインターネットがない時代。日本語の情報はそう簡単に手に入らない。街の誰に尋ねても、何もわからなかった。

しかし彼はあきらめない。
「この地方を舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」
そう考えた彼は、地元の郷土史などを調べ始める。図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。

……だが、読み終えた彼はがっかりした。感動するほどの物語ではないからだった。
実は原作には、最後にネロが天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。ただただ暗いだけの作品なのだ。
原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。そんな原作者の厭世観が反映された作品でしかなかった。

(この原作と日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)
日本人からアニメの素晴らしさを聞いていた。
もしかしたら、それがヒントになるのかも?
彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオや童話集を取り寄せてみた。
その結果……感動したのだった。
彼は、今のジャパニメーションギークの先駆けだったのだろう。情熱は、いよいよ膨らむ。一年半かけて調査を行ない、原作の舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。原作に描かれた運河がスケルト川だったことも分かった。ついには風車の跡も発見する。

変わり者のコルテールのその姿は、周囲から嘲笑を受けていた。
当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。

ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年、ネロとパトラッシュの小さな像が、ホボケン情報センターの前に立てられた。除幕式にはアントワープ州知事、市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。

風車は観光客向けに作り直された。ネロとパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。その地域は観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。
フランダースの犬はベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。

ヤン・コルテールは『フランダースの犬』研究家として知られるようになる。その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。
研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性の石井ヨシエと結婚した。彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せに暮らしている。

……はずだった。
2008年、彼が妻を殺害した容疑で逮捕されるまでは。

なぜなのか?
コルテールが日本人の妻をもらい、日本とベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語のサイトでは何一つその理由が分からないのだ。英語のサイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。

仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語のサイトを日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。
その結果、驚くべきことがわかった。コルテールが妻を殺したのは、妻の浮気のせいだった。

コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。
彼女が帰宅する時には、職場にまで迎えに来る。もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。

異国の地にやってきて、海外でしか味わえない自由を満喫したい日本人女性。
彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー人男性。
だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。二人の間はギクシャクし始める。

その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。
「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」
秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。
「彼は変わり者だからね。我慢さ」
愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。

ところが二人の仲は、コルテールに最悪の形でばれてしまう。
二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。

だが、そのときヨシエは豹変した。日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事を発見したコルテールを怒鳴りつけたという。
「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」
彼女の口は、悪かった。

その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。
彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。

コルテールは、一つの提案をする。それは、最後のお願いとして、彼女と日本を一緒に旅行することだった。二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。
……これ、男にありがち。
男の浮気は“名前をつけて保存”だが、女の浮気は“上書きして保存”。他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。
日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(このあたりは女性特有の図太さといえよう)。それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。

ベルギーに帰国後「自分を自由にして欲しい」と迫るヨシエ。それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。彼女は、職場のベルギー人の同僚たちと彼とを一人ひとり比較して、いかにコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。

……こと、ここにいたっては、どうしようもない。
この時のコルテールの失望は、いかばかりであったのだろうか。その時の衝撃は、彼の行動が示している。
コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22か所切りつけて、殺害したのだ。
リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。

※プライバシー保護のため、一部を仮名にしています。

Posted at 2012/01/27 01:03:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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