史跡七尾城跡
歴史も景色も楽しめるスポットです♪
2017年10月30日
【七尾城の概要】
七尾城跡は、能登国の守護・畠山氏(1408-1577)が16世紀前半(戦国時代)に築いた城館跡で、全国でも屈指の規模を有します。石動山系に築かれた城域は南北約2.5km、東西約0.8km、面積は約200haにおよび、一帯は「城山」と呼び親しまれています。
山上から山麓までの自然地形を巧みに利用し、七尾の地名の由来となった七つの尾根筋を中心に多数の曲輪(屋敷地)を連ね、山麓には城下の町並みが形成され京風の能登畠山文化が華やぎました。
天正5年(1577)の上杉謙信の攻撃によって落城、169年にわたる畠山氏の領国支配の幕が閉ざされました。落城後の七尾城は、一時、上杉方が入り、その後、天正9年(1581)に織田信長から能登一国を与えられた前田利家が入城します。天正10年(1582)から17年(1589)頃に、港に近い小丸山での新たな築城により、七尾城は城としての機能を失うこととなりました。
【城の状況】
七尾城は能登畠山氏の居城で、能登の政治、文化の拠点として機能しました。築城時期は明確ではありませんが、各地の有力大名がその拠点を山城に移す16世紀前半頃には能登畠山氏も遅れることなく、七尾城を築き支配体制を固めたと考えられます。
府中の守護所(現在の市街地付近)の南西約4kmの石動山系の要害に「七尾城」、その麓に城下町「七尾」を築いて、山上山下が一体となる新しい拠点を形成し、一元的な大名支配を目指しました。こうした能登畠山氏の拠点の移動は、守護大名から戦国大名への変貌を遂げようとした能登畠山氏の変革を物語るものとして位置づけられます。
(七尾市HPより抜粋)
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