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堅雪かんこのブログ一覧

2009年06月29日 イイね!

インプレッサ、次はドアパンチ

インプレッサ、次はドアパンチ  昨日の日曜日、前にバンパーを擦られた傷の修理から直って戻ってきたばかりのインプレッサが、喜びもつかの間で今度はドアパンチを食らった。

 その日の朝直ってきて、息子はこれで洗車も気持ち良くやれると喜んでいた。晩に彼女とデートに出かけた時、その彼女が「何これ?」と発見したのだという。

 息子は悲嘆にくれ、我が身を呪っていた。


 だが、ドアパンチは日常でクルマを使用していたら避けられない。私も以前所有していたBMW X5には何度かつけられた。(一番つけたのは私の妻だが)カレラ4は幸いにも今のところないが、これも時間の問題だと思っている。ただ駐車場に停めるときは、なるべくファミリーカーなど子供が乗り降りしそうなクルマの横は避けるようにしている。

 インプレッサのへこみは写真からはよくわからないが、前ドアのドアハンドルから斜め右上の後部ドアのプレスライン上にある。
 クルマの傷というのは本人以外はあまり気にならないが、結局修理代は私が出すので今度はどうしようか様子をみているところである。
 
Posted at 2009/06/29 13:35:31 | コメント(8) | トラックバック(0) | クルマ
2009年06月27日 イイね!

だまされた!(> <)

だまされた!(&gt; &lt;)  八戸道の狼王ロボこと白いカレラ4は、毎度捕獲者と戦っているが、今回は一杯食わされた。

 二戸付近を通過中に前方に白バイ二台を発見した。ちなみに二戸は“にのへ”と呼び、この地域は一戸(いちのへ)、三戸(さんのへ)などの地名がある。美人過ぎる市議がいるのは八戸(はちのへ)。別に屁をする住民が多いというのではなく、軍馬の産地のベース基地だった名残である。

 それで、その白バイだが岩手県で高速に白バイが上がっているのは初めて見た。青い回転灯をつけながら走っており、周囲のクルマも警戒して速度を落とし追い抜こうとしない。一台のバイクはサイドカーをつけている。どうもインチキくさいと思い近づいて追い越し際によく見てみたものの、偽物だという確信が持てない。

 新たに導入された交通機動隊かも知れないとか思い、ゆっくりと彼らの前を走ったらやがて追い抜いていった。その後を今度はホンダのバンが白バイの後を追走していったがやはり追い抜こうとはしなかった。私はいったんSAに入り一休みした。

 その後下田百石インターで降りて一般道を走っていたら、クルマの前にあの二台の白バイが走っているではないか!?しかも観光スポットを探しているらしく、首をきょろきょろさせている。今度はよく見るとアメリカの国旗のシールなどを後ろに貼ってあった。ああ、やっぱり偽物だ。バイクのことはよく知らないがたぶんアメリカのお巡りさんが使っていたバイクと同型なのだろうか。



   わざわざ、白いヘルメットをかぶって青い服なんか着ちゃって。紛らわしいことこの上ない。おそらく、彼らは意図的にやっているのだろう。
 これだったら、本物の白バイと遭遇したらお互いビックリだろうな。


(写真は一般道でまたもや発見した偽白バイ)
Posted at 2009/06/27 17:59:30 | コメント(4) | トラックバック(0) | クルマ
2009年06月26日 イイね!

少年の死

少年の死  福島智が約10年前に出した著書「盲ろう者とノーマライゼーション」のあとがきにこう書かれていた。


 本書のゲラの校正をしている頃、ちょうど神戸市須磨区でおこった小学生男児殺害の容疑者が逮捕された。
 私の郷里は神戸であり、私の次兄は神戸市内で小学校教諭をしている。そして、殺された淳君は、知的障害をもっていた・・・・。
 そんな要素も関係していたのだろうか。事件発生から、容疑者の少年が逮捕されるまでの約一ヵ月間、私の胸には、得体の知れない<冷え冷えとした魂>のようなものがあった。
 そして今朝、容疑者の少年逮捕のニュースを伝える点字新聞の記事を読んだとき、私は泣いた。なぜ泣いたのか?誰の為に、泣いたのか?何に対して、泣いたのか、自分でも分からない。
 ただ、今こうして、点字ワープロに向かってこの原稿を書きながらも、止めどなく涙が流れて、仕方ないのである。恐らくこれは、私がこれまで経験したことのない種類の涙のような気がする。



 福島はその理由をあとの方でも考えているが、ただ一つ言えるのはそれが少年の死だからである。今日も一人の少年が死んだ。マイケル・ジャクソンである。

 マイケル・ジャクソンの音楽は時々耳にする程度だったが、彼の特異なキャラクターには興味をひかれる。彼の中では大人になる時計が止まっているようだ。止まっているというより頑なに拒否していた。しかし肉体は遺伝子のプログラミング通り老化の道を進む。あの顔の異様な整形は痛々しい。あそこまでやるというのは、彼の精神の中に重要な欠落が常にあったということだ。私は彼が障害者に見える。少なくとも健常者ではない。少年ゾンビだ。だが、そうだからこそ、そこに大事な何か、崇高なもの、あるいは私たちに強烈な負い目を抱かせるものが存在していたのではないかと思う。


 考えてみれば私達は皆あの輝かしい少年時代を過去に葬り去ってきた。毎日生きていることだけで楽しかったあの頃のことは忘れ、今は本当はあまり重要でないことに多くの時間を費やしている。よしんばその成果があっても真の喜びから程遠い。少年の死は実は皆自分の中で経験していたことだ。いつまでもネバーランドに留まるわけにはいかないのである。

  織田信長ではないが、人生50年。マイケル・ジャクソンには充分な人生の年月だったと思う。それ以上生きてもいいことはなかっただろう。















 
Posted at 2009/06/26 16:13:23 | コメント(3) | トラックバック(0) | 音楽/映画/テレビ
2009年06月23日 イイね!

ゆびさきの宇宙

ゆびさきの宇宙 最近読んだ本で最も感銘を受けたのが、生井久美子の「ゆびさきの宇宙」である。前に紹介した盲ろう者福島智の生活歴を追った本だが、その中でも指点字という手法でのコミュニケーションは、ヒトとは何かを考える上ですごく深遠なところまでいきついているような気がする。

 まず指点字がどうして発明されたかの下りがある。指点字はもともと点字のタイプライターを打つ時の指の配置を利用する。福島が聴力も視力も失った頃、病院に行くのに母親がもたついているのに腹をたて
「何時だと思てんねん。何モタモタしてんねん」と台所にきてまくしたてる。そこで母親は近くにタイプライターがなかったから、直接福島の指に重ねてタイプライターを打つように指でやってみた。

  さ と し わ か る か  

 その時息子はにっと笑って「わかるでぇ」と答えたという。

 だが、これが極めて有用な手段にグレードアップしたのはしばらく後の出来事があってのことだった。福島が盲学校の友人ら3人で喫茶店に入った。その時の会話を福島の横にいた女性(三浦)が突如、実況中継のように福島の手に打ち始めた。このように

 「三浦・伊山君はいつおうちに帰るの?伊山・うーんとね、二三日に帰ろうと思うんだけどね」

 これが今までの伝え方だったら

 「伊山君に夏休みの過ごし方を三浦が聞いたら、二三日に帰るんですって」

 とフィルターが一個被さる。

 たったこれだけの話法の伝え方の違いで福島はこの世界にコンタクトする仕方がよりリアルになったと感じ、大きな希望が持てたのである。

 これはATとMTにもいえる。ATは運転者に「今の状況では3速のギアですって」と言っているようなもので、MTとは違いクルマの設計者の考えが混じる。だからMTが常にリアルさで勝るのはそういう理由だ。

 だが、我々の感覚そのものこそ実は精緻なATなのである。視覚や聴覚は目や耳といった感覚器官を通して外界の電磁波や空気の振動が捉えられるが、それを使える感覚に変換し組み合わせるのは脳だ。その働きがすでにATなので、ここにバグが生じるとそれがバグだという認識ができなくなる。統合失調症などで起きる幻覚妄想状態がまさにそれである。(現代アートはそのAT的感覚に揺さぶりをかける)

 この世界の様々な出来事と、私たちの感覚系がまるで秘密協定のように深いところで通じていることは驚くべきことである。ポルシェに乗るということは、ポルシェ的な“快”が私たちの感覚に内蔵されていることであり、フェラーリに反応するということは、フェラーリなる“快”が私たちの感覚に同じく予め内蔵されているからである。これはお金のあるなしに関係がない。

 福島智の話は、ヒトがこの世界をどう感じるかのプリミティブなところに注意を喚起する。特に言葉を用いてつながるというヒト独特のコミュニティ。それがなければ宇宙の中でたった一人存在するかのような孤独を感じるという。
 最後に残された手段、指の感覚を通じて会話を理解できるというのは脳がそれ用に神経系が組み替わったことによる。そしてそこから伝わってくるのは、より本質的な精神性だった。

 彼は非常に知的でバイタリティに富むが、時折淋しそうな表情を見せる。それは喪失の悲しみを嫌というほど味わってきたからだ。
 ヒトはこの多様な世界を感じとる圧倒的な感受性を持って生まれるとともに、やがてそれらを奪われる運命からも逃れられない。

  「ゆびさきの宇宙」 とてもいい本である。
Posted at 2009/06/23 12:01:10 | コメント(4) | トラックバック(0) | クルマ
2009年06月21日 イイね!

雨にぬれても

雨にぬれても  レインドロップス・ホマ・ノマ・ヘ・・・。昔流行ったBJトーマスの「雨にぬれても」は正確には Raindrops are falling on my head なのだがそう聴こえていた。
 毎日湿気のあるうっとしい天気が続くが、雨の日のドライブもまたいいものだ。

 イタリアのスーパーカー等の類は雨の日は車庫でお休みだが、911のカレラ4はいつでもどこでもOKだ。ただ911乗りも雨の日は乗らない人も多い。だが911はフェラガモの靴とは違いそんな気を遣う必要はない。

 事実、かなりの大雨の時もアウディ・クワトロ並みに一般道でも高速道路でも安心して走れる。リア荷重リア駆動というのは、マスの弊害ばかりが注目されるが実際の街乗りの範囲ではしっかりトラクションがかかるので、滑りやすい路面で一層よさが発揮される。雪道でもそうだ。

 話は変わるが、一昨日いつも通っている近所の交差点で、小学3年生の女の子が自転車に乗っていてクルマと衝突して亡くなった。30秒くらいの時間差があったり右折車が信号が変わっても10秒くらいは無視して突っ込んでくるいい加減な交差点だ。交差点を渡るときの最も大事なことは『クルマを見て渡る』。信号機など信用してはいけない。芸能人の子も家の近くで横断中にダンプに轢かれて亡くなった事故があったが、信号がかわって手を挙げて渡ればクルマが止まってくれるというのは危険な思い込みだ。
 うちの子に以前からそう言っていたら「赤でもクルマのいない時は渡っているよ」とのこと。指導は正しかったのか?


 (写真:このよう大雨で、鏡面状になってもツーッと滑ることはない。車重が重いことも有利となる)
Posted at 2009/06/21 13:08:46 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「@terry997 人のクルマにのせられる時それを少し意識します。自分の運転の時はしないけど。(^_^;)」
何シテル?   05/02 14:49
  2007年型カレラ4に乗っています。オールシーズン、日常の足として使用し、すでに10万キロを越えました。  カレラ4の乗り味は、ゆっくり走ればメルセデス、...
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