• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

堅雪かんこのブログ一覧

2013年06月18日 イイね!

「ぴん」と「もやもや」

「ぴん」と「もやもや」  先日の慰安婦問題をめぐっての橋下市長とコメンテーターの論戦は、例によってコメンテーター達の惨敗だった。しかも「小金稼ぎのコメンテーター」という形容詞まで頂戴して。TVのコメンテーターというのは、無難な正論を「もやもや」と言うのが仕事。一方、橋下市長は「ぴん」と立つものは立つんだから、どうにかしろと言って「もやもや」派から嫌悪感を持たれた。




  性の問題は昔から謎で、今でもよくわからない。生物学的には子孫を増やす行為にからんでの派生的なことまでは皆共通に理解できるが、ではなぜそれを明らかに語ったり、映像化してはいけないのか?モネが「草上の昼食」を発表した時もそうだった。神話の世界の裸体ならよいけど、現実的な裸体はよくないとブーイングの嵐だったと言う。しかしこれもなかなかエロティックで、“寝取られ願望”という屈折した性的嗜好のジャンルに入る優れものだ。ここでも「もやもや」と「ぴん」の対立がみられる。




 フロイトがヒステリーの原因としての性欲の役割を当時の医学界に発表した時もそうだった。彼は自分の報告が科学的に評価されるものと期待していたのが、「ふれるなかれ」とされるのものにふれたため、彼と世間との間に深い溝が出来て、人々は彼を避けるようになった。これが19世紀の終わり頃の話だが、そのまま今の現代でも再現されていることがおもしろい。大谷昭宏は橋下市長の風俗発言に関して「吐き気を催す」等と言って高尚ぶっていたが、この心理機制こそがフロイトが100年以上も前に暴いたものなのである。




 このようにネット社会になった現代でも、私達の精神の集合体は相変わらず「もやもや」しており、あからさまにされることを無意識に拒否する傾向にある。コメンテーターが言葉による論戦で橋下市長に勝てないのは、彼らの主張の根拠が「もやもや」としたムードに由来するからである。つまり、そんなこと言わない方がいいんじゃないのという、それだけ。19世紀のウィーンの知識人と同じ心境なのだ。



   人間の知性が、超精巧な人工知能に将来置き換わったらこういう問題はなくなるのだろうか?しかし、そうなったらもはや人間の精神とは言えない。なぜなら、人間とはこのようなおかしな思い込みや恥じらい、矛盾があるから面白いのであって、完璧な知性など不要だ。そういう意味では「もやもや」も大事なのである。
Posted at 2013/06/18 13:08:47 | コメント(3) | トラックバック(0) | その他
2013年06月12日 イイね!

最強の自動車評論家現る!!

最強の自動車評論家現る!!  水野和敏氏が日産を辞めたのは、会社から戦力外通告を言い渡されたからだった。昨年1月、60歳の定年を迎え、その後常勤嘱託社員として毎年更新するはずだったのが、会社から「後進に道を譲ってはどうか」と言われたため、3月末日で円満退社したと自分から言っている。しかし、今のGT-Rはまだ発展途上であり、まだやり残したことはあったはず。水野氏自身も、今のGT-Rは90%の出来と言っていた。しかし、会社の方針であればやむなしだったのだろう。





  かくしてフリーになった水野氏だが、さっそく今月の『ベストカー』にも登場し、試乗車のインプレッションを述べている。彼はメカニズムを知りつくし、実際ハンドルを握って走らせると、各パーツの動きが画面をみているようにイメージできるのだという。特に足の動きに関しては細かい指摘をしている。そして日本クルマ雑誌史上初めてBMWを「どこがいいの?」と酷評した!詳しくは雑誌を読んでもらうことにして、簡単に言うと、彼が試乗した328iは100km/h以下の常用域では軽快でキビキビ走るのだが、ハイスピード領域では危険なくらい足が暴れるのだという。これだったら同時に試乗したレクサスGSの方が全速度域ではるかにいいと断言している。





 一方、ケイマンSは「見事」と最高点をつけている。911よりも圧倒的に楽しいクルマに仕上がっているとベタほめである。玄人好みのケイマンS。私が乗ったのは素のケイマンだったが911の方がはるかに面白いと思ったのに・・・。他にトヨタ86GT、スバルWRX STIが俎上に上がっている。おそらく水野氏が正確なメカニズムの知識に基づいてクルマの動きを評価したものについて、反論できる既存の自動車評論家はいないだろう。




  しかし、最強の自動車評論家、天才エンジニアの水野氏だが、彼にも唯一弱点がある。それは彼の持っている「美意識」だ。彼が最近自分で開設したホームページを見て欲しい。全体的に稚拙で乱雑、レイアウトや文字の色の選択がなんか変である。実はこういうことが、走りは世界一級に達したものの、クルマのデザインがそれに追いついていないGT-Rの致命的欠点、ひいては販売不振の大きな原因になったのではと勝手に思っている。




     画竜点睛を欠く?






Posted at 2013/06/12 17:23:12 | コメント(16) | トラックバック(0) | クルマ
2013年06月08日 イイね!

初夏に映えるレーシングイエロー

初夏に映えるレーシングイエロー   ティプトロ故障の警告ランプが点いてしまった。先月も1回点いたが、エンジンを再起動させたら消えた。今回は一昨日、再起動させても3回も連続で警告灯が点いたため、ディーラーに持っていくことにした。ついでにオイル交換も予定に組んでもらった。幸い、昨日と今日は正常に動いている。久しぶりに東北道を南下した。




  泉インターで降りると、いつもならフェラーリやマセラッティが置いてあるディーラーを横目で通り過ぎるのに、それがない。そこには代わりにボルボが並べてあった。
 「なんである、ボルボである」(これは植木等の古いTVCM 「なんである  アイデアル」のパクリ) 別に倒産したわけではなく、ボルボも売ることになったようだが、店構えは立派にボルボ店に改装してあった。東北のフェラーリ乗りは、今度はボルボ店に点検・修理を依頼することになる。




  ディーラーに着いて、点検とオイル交換をしてもらっている間、新型ケイマンの試乗をお願いした。すでに写真では見ていたが、実物はシンプルでまとまりのあるデザインだ。陽光の下で輝くばかりのレーシングイエローが似合っている。この外観を優・良・可・不可でいうなら良!初代ケイマンはなんとなくポルシェ904似の曲線だったが、今度の新型はよりカレラGT似にふってある。ではなぜ「優」でないかというと、分かり易す過ぎてデザインに深みがないからである。458みたいに、最初はなんだこいつは?とショックを与え、見るたびに理解できてくるような楽しみはない。




       991の複雑なリアとは対照的なあっさり味



  高速道路に乗り入れて走ってみた。素性の良い安心感はポルシェならでは。内装も虚飾なく好感が持てる。これは推測だが、このケイマンはアクセルを踏んで200キロに到達するには多少時間がかかる。911だと200越えは割合短時間で容易だ。最新のフェラーリはそれが200キロ代後半まではがんばらなくても出てしまう。つまりはそれがすべてである。
 ケイマンは“良い人”と同じ意味で“良いクルマ”であった。もちろんこれは素ケイマンの話。





  カレラGT風のサイドヴュー。しかしそれを連想させないのは柔和なケイマンだから。




  おっ、フェラーリ?



  東北道から脇に出ている高速道を走って、折り返しのためいったん降りてまた乗ったのはいいが、方向を間違えて逆に走ってしまい時間を食ってしまった。ディーラーに着いたら次の試乗希望者が外に出て待っていた。申し訳ない(汗)
 カレラ4のティプトロの件は、おそらくスピードパルスセンサーか他のセンサーの不具合だろうということで、リセットして様子をみることにした。ティプトロ本体の故障でなくてよかった。もしこれを交換となるといくらかかるか、担当メカニックさんに聞いたら300万円はかかると言われた。(絶句)



  帰りはまた東北道を盛岡に向かって自分のクルマで北上した。そしてあらためてケイマンと911の違いを考えてみた。911は"良い人”ではない。そして運転しているといろんなことを囁きかけてくる。中でも一番いけないことは「飛ばせ、飛ばせ、もっと飛ばせ」と後ろから誘惑することである。ちょっとでもアクセルを踏み込もうものなら、エンジンそのものが歓喜しているかのように唸りだし、後輪の太いタイヤに即座にかかるトラクションで身体を前に押し出す。だからそれを途中でやめるのも強い意志がいる。ヤメナイデ・・って言っているのを。


 
 
  なので、品行方正な人にはケイマンはお勧めである。邪心に満ちている人は911でないと満足しない。これが結論。











Posted at 2013/06/08 18:03:10 | コメント(13) | トラックバック(0) | クルマ
2013年06月06日 イイね!

911、50執念深いデザインの苦悩

911、50執念深いデザインの苦悩  911の50周年アニバーサリーモデルがつい先日発表されたことはご存じだと思うが、最新式991カレラSをベースに最初期のナロー911のテイストをちりばめたレトロ風911に仕立てたものだった。50年間も同じフォルムを維持してきたところが911の魅力の一つでもあるのだが、911のデザインにはパラドックスがいつもある。それは「もしかしたら、昔の方がデザインいいんじゃね?」という疑念だ。








  911をかっこよくたらしめているポイントは大雑把に言うと二つあって、一つはフロントフェンダーから前方のライトにつながる直線的なライン。これはリボルバー式拳銃の銃身を連想させ、攻撃的で前に突き進む力強さを感じさせる。それからストンとルーフラインからエンジンフードまで落ちていくリアの曲線。この二つの対比が911の特徴なのである。。




  このフォルムが911の“イデア”に近いと個人的には思われる。





  それは964までは確実にあったのだが。





   911フォルムのエッセンス。



   その特徴が、モデルチェンジの度に薄められていく。もちろん新しい911もかっこいいのだが、それはジャガーやアストンマーチン的なかっこよさであって、911のオリジナルなオーラはだんだん消えていく。要するに911の50年間のデザインの変遷は、リボルバー式拳銃からメロンパン型に変わっていったということだ。





   メロンパンなんかじゃないよ~(泣)




   「和」よりも「個」が大事なんだよと、本田圭佑を彷彿させる戦闘的な911




   だから911のモデルチェンジは本当に難しいと思う。過去の遺産で食いつないでいる観光都市みたいなもので、大胆な都市計画を実行できない。であれば門司みたいに、残った建物でレトロを売りにしてみるか。そのような発想で登場したアニバーサリーモデルは、本当は情けないといえば情けないモデルなのである。フェラーリは40周年の時に何を作ったか、思い出してみよ。





  でも、いいな~♪(←矛盾しているじゃないか)



   そ、もともと911乗りは変な奴の集まりだからね。まともじゃないw










Posted at 2013/06/06 14:34:42 | コメント(8) | トラックバック(0) | クルマ
2013年06月04日 イイね!

宅間守はシリアルキラー

宅間守はシリアルキラー  今から12年前、大阪教育大付属小学校に包丁を持って侵入し、児童8人を刺殺した犯人宅間守の精神鑑定書が公開された。これは岡江晃著「宅間守精神鑑定書」(亜紀書房)としてつい先日出版されたので誰でも読むことができる。自ら鑑定に臨んだ著者は、宅間守が精神医学のどれにもしっくりとあてはまらないもどかしさを正直に述べている。だが、これを一読してみると、宅間守は連続殺人者の特徴そのものだ。精神医学には連続殺人者という疾病分類は存在しないから、精神科医が理解できないのはもっともなことだ。




  前にも書いたが、精神医学というのは「唯名的本質」の学問である。例えば「不安神経症」という診断名があったとしても、本当にそのような病気が他と区別されてしっかり存在するわけではない。「うつ病」にしてもそうで、「うつ病」に「不安神経症」が合わさることもあり得る。Auは金、Cuは銅といった明らかに存在するもの(実在的本質)とは異なる。要するに名前をつければそこにあたかもそういう実態があるかのように思い込んでしまう。そういう学問体系だから、はっきり言えば精神鑑定書なんて、冗長なたわごとに過ぎない。本当は簡潔に書けるのにそうしないのは、見栄と報酬が絡んでいるからだ。


 この鑑定書の結論は漢字五文字で足りる。それは著者の言葉で書かれているように彼は「情性欠如者」なのである。これをもう少しわかりやすく言うと


  良心が欠落し、悔恨がなく、自分の快楽しか眼中にない。他人は自分の衝動や欲望を満たす道具でしかなく、その衝動や欲望がどんなに歪んだ邪悪なものであっても意に介さない。                     (ジェームス・アラン・フォックス他著「殺し過ぎた人々」草思社)  



  宅間守は子供のころから空想癖があった。それがあまりに強いので日常に支障をきたすほどだった。中学校の頃は、クロロホルムを嗅がせたり刃物で脅かして強姦するシーンの空想に耽ったりと、内容は性的なものであったり、猟奇的なものが多い。私がこの鑑定書を読んでまず注目したのがこの空想癖である。これこそが連続殺人者、特に快楽殺人の動機を構成するものだからである。ロバート・K.レスラーの「快楽殺人の心理」(講談社)にはこう書かれてある。


  まず彼らは、長いあいだ、きわめて頻繁に空想に耽る習慣を持っており、しかもそのことを自覚していた。第二に、なかでも暴力的かつ性的な空想や思考に固執していた。


  われわれは殺人者とのインタビューを通じて、彼らの子供時代の空想や遊びがきわめて自己中心的であり、他の子供や家族を自分の内的世界の延長としか見なしていないことに気づいた。自分の行動が他人にどんな影響をもたらすかということへの配慮は、彼らにまったく見られなかった。



  
   宅間守は4度結婚している。彼は一部の女性にはもてたようだ。お見合いパーティーとか出会い系を利用して、虚偽のプロフィールを演じで女性をだまし“やり逃げ”を繰り返している。結婚は女を都合よく利用するためである。この他風俗の女性に対しても猟奇的な性行為を強いたり料金を踏み倒して逃げたりしていた。こういうことは統合失調症の患者には絶対できない。



  宅間守の事件の後、精神科医療をこういう犯罪者にも適応できるようあらたな法律(医療観察法)が出来たが、残念ながらこういった連続殺人者に精神科医療は無力である。相手を思いやる気持ちが欠如している人間、殺人に快楽を覚える人間を矯正する術は今のところないのが現状だ。



  2045年問題というのがある。人工知能が人間の知性を追い抜く特異点に達するのだという。演算能力が人間を追い抜いたとして、はたしてそこに「情性」が創出されるのか。ある意味、宅間守は人間のプロトタイプだと思う。性欲が強く、他人を好き勝手に利用し凌辱する。今いる多くの人間がそうではないのは犬の育種と同じで、人をかみ殺すような犬は除外されフレンドリーな犬が残るように、宅間守のような人間は、集団で暮らすには有害なので300万年の人類の進化の過程で排除されてきた。だが、今でも人口の何パーセントかには、そういう人間が出現することも事実なのである。



  でも、彼にまったく同情の余地がないかというとそうでもなく、彼は生まれながらにセッティングの狂ったクルマに乗せられ、それを必死に苦労して運転してみたが、周囲との接触(トラブル)が避けられず最後は自爆してしまった。鑑定書を読むと、驚くべきことに彼はこれを自覚していたのである。自覚していながらそう生きざるを得なかった。



   マグロの解体ショーを見て何とも思わず、その刺身によだれを垂らしているあなた。あなたもマグロに対しては立派な情性欠如者です。










Posted at 2013/06/04 23:30:46 | コメント(7) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「@terry997 人のクルマにのせられる時それを少し意識します。自分の運転の時はしないけど。(^_^;)」
何シテル?   05/02 14:49
  2007年型カレラ4に乗っています。オールシーズン、日常の足として使用し、すでに10万キロを越えました。  カレラ4の乗り味は、ゆっくり走ればメルセデス、...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2013/6 >>

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      

ブログカテゴリー

リンク・クリップ

八戸のBMW正規ディラーであるアルファオートさんの試乗会! 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2015/06/22 09:17:07
GT3のような犬 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2015/05/23 17:29:12
CCDL=Classic Car Driving Lesson by Takumi Yoshida、第3報! 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2015/05/23 14:37:44

愛車一覧

ポルシェ 911 (クーペ) ポルシェ 911 (クーペ)
 見てのとおりのキャララホワイト。右ハンドル、Tiptronic。オプションはPASM、 ...
アウディ S3(セダン) アウディ S3(セダン)
A4の後継車です。
ホンダ プレリュード ホンダ プレリュード
私が白、弟が赤。クルマを所有して一番楽しい頃だったかな。
アウディ A4 (セダン) アウディ A4 (セダン)
2014年7月27日に退役しました。盛岡の冬もなんなく走り、非常に頼もしい家族車でした。
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2019 Carview Corporation All Rights Reserved.