みんカラでも話題?😅
今日は昭和でいうと「99年9月9日」だそうです。9並び。
ワタクシ昭和34年生まれ、レベル65になるのだから、昭和99年だね~😅
親父もお袋も昭和7年生まれだったから、生きてれば92歳だったわけだ・・・
お袋は80歳で、親父は81歳で他界した。
お袋は東日本大震災の3ヶ月後に肺がんが判明。
既にステージ4で余命6ヵ月、「高度医療」を謳っていた仙台○○病院で「何も出来ないから病院出ろ」と言われたときには目の前が真っ暗になったなぁ・・・
1ヶ月間は入院させてくれとお願いして静岡に戻り、駆けずり回って静岡がんセンターに転院することが出来たのはある意味ラッキーだった。
遺伝子検査でイレッサが効くことが判り治療開始。肺がんの組織は縮小していったが、脳にまで転移したがんはダメだった。翌年5月に亡くなったが、頑張ったよね。
仙台に親父を残して、先にお袋を静岡に連れてきていたが、親父は認知症で大変だった。親父の面倒見てくれていた叔母さんが音を上げてしまったので、お袋の容態が安定して一時帰宅出来るタイミングで、親父も連れてきた。
介護認定で、目の前の息子(俺)を「甥っ子だ」と言われたときはさすがにショックだったなぁ・・・。
嫌がっていたがデイサービスに行かせるようにしてから、親父の目に生気が戻り、顔つきも若い頃のように変化するのを見て、外に出て人と触れ合わないとダメだなぁと実感した。(デイサービスの若いお姉ちゃんが来ると、嬉々として出掛けるのには笑ったが、俺もそうなるかもしれない、というかなるんだろうwww)
ヘビースモーカーだったことが災いしてか肺はスカスカだった。最期は肺炎で亡くなった。お袋が亡くなって1年半後だった。
平均余命の表が厚労省HPにある。残念ながら昭和7年のデータは無いが、昭和22年生まれ(0歳)男の平均余命が50.07歳だから、親父もお袋もそこそこ生きたということか・・・
そういう自分が生まれた昭和34年生まれ(0歳)では「65.21歳」。
ぬはは、何時死んでもおかしくないってか(爆)。
2009年時点で65歳男の平均余命は18年くらいなので、やはり83歳くらいまで生きるのが平均ですか。
NYPで十二支完成まではあと9年なので、そこまでは頑張りたいところです(笑)
昭和99年の話から、脱線した話でした・・・😅
Posted at 2024/09/09 21:20:19 | |
トラックバック(0) |
日々のいろいろ | 日記