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すつーか@BPEのブログ一覧

2016年05月02日 イイね!

飛騨方面の道の駅ドライブ

こんばんは、すつーかでございます。
GW前半の話でございますが兼ねてからの宿題だった飛騨方面の道の駅を攻めに行ってきやした。

関金山線経由で飛騨地方入りして
1発目の道の駅馬瀬。


南飛騨小坂はなもも。
名前の通り数千本のはなももが売りのようですがちょっと時期外したっぽいです。

混雑を避けるためにここで早めの昼食(時間的には朝食)。

飛騨地ビール牛カレー800円也。サラダとスープ付き。
んまかったですよ、肉少なかったけど。
あ。地ビールで育てた牛を使っているのであって地ビール入りではありません、念のため。

飛騨海道なぎさ。
はなももから近いのですが道が大きく迂回する関係でめっさ時間かかりました。

ジェラートが美味しいらしいです。

ひだ朝日村。


飛騨たかね工房。

長野へ抜けるR361沿いにあるからか僻地(失礼)にも関わらず盛況でした。
「うま辛王」なる調味料が売りとの事。
同社さんの別の調味料に心惹かれたのでそちらを買う俺マジヒネクレモン。

んで本日のメインイベント奥飛騨温泉郷へ。
ナビでの検索距離がたかね工房から70ンkm。
ここがま~遠い事遠い事。しかも渋滞で思うように進めなくて往生こきました。

道中のながーい登りの直線で遥か先を見ると…。
おお、先頭におわしますは大渋滞を形成することに定評のあの車ではございませんか (諦観)。

大名行列に付き従う事2時間近く。ようやく到着。
奥飛騨温泉郷上宝。

駅でスタンプゲットの後目星を付けといた温泉でしばらく休息。
するはずがそこにはウェーイする某国の方達の姿が。
踏んだり蹴ったりとはこの事よCrz

入浴もそこそこに萎えた心を奮い立たせ次の駅まで流れに乗りつつバビューンと。
はい来ました30km/L越え。

エコ運転?微塵もしてませんよ。下り多めでしたけど。
大名行列にハマったりヒャッハー(意味深)したりすると下三つくらいの燃費になります。

宙ドーム・神岡。
ニュートリノ素粒子をアレしてコレする大規模実験装置で有名な所ですね。

スーパーカミオカンデのセンサー模型~。

キモイ物体が写り込んでいたらそれはきっと温泉を堪能できなかった無念で化けて出たすつナントカさんの生き霊でしょう。

ここから南下して。
アルプ飛騨古川。

コンビニが主体(?)な駅でした。

ラストは滑り込みセーフで、
飛騨古川いぶし。


なーんか建物に見覚えがあるなと記憶を手繰ってみるとレガ時代に濃霧に遭って退避させて戴いた事があったようです。


ここまできたら「ななもり清見」と「モンデウス」も制覇しときたかったってのが本音ですが温泉郷への道中で時間を使いすぎてしまいました。
この後はR41をひたすら南下し美濃加茂から自宅方面へ帰還。

当分クネクネ道はお腹いっぱいです。

Posted at 2016/05/04 22:55:05 | コメント(6) | トラックバック(0) | 観光 | 旅行/地域
2016年02月03日 イイね!

大和ミュージアム外周散策編

大和ミュージアム外周散策編タイトル変更してのその4です。

気がついたら12時を回っていたのでミュージアム敷地横の某カフェで昼食を。
こちらとお隣の物産館のレストランも大行列でした。

護衛艦「さみだれ」のレシピ再現カレーと迷って海軍カレーとノンアルビールをチョイス。
割かし美味しかったですがハイパー観光地価格にちょっと辟易。
ちなみに呉市は海自とコラボしていて各護衛艦のレシピ再現カレーがアチコチで食べられるそうですヨ。
お近くの方は制覇してみては。
と言うか近ければ制覇しに行きたい。

カフェから出て敷地の北側へ。
大和型の前級、長門型戦艦「陸奥」の40cm砲の砲身です。
柱島沖で停泊中に謎の爆沈事故を起こして沈んでしまったんですよねこの船。
1470余名もの方が犠牲になられましたが当時の軍の隠蔽体質もあり今日に至るまで原因は分かっておりません。

展示されているのは戦後に沈没地点からサルベージされた4番主砲の左砲身。
と書いてありましたが4番砲って確か砲塔丸ごと江田島の旧海軍兵学校で展示されてたような…?
それにしてもでかい(小並感)。


奥の人達と較べるといかに大きいかお分かりいただけるかと。
長門型の主砲でこれなので大和型の46cm主砲身はいかほどの迫力だったんでしょうね。
戦没した大和・武蔵用の交換用予備砲身が存在したようですがどうも戦後アメリカに持ち去られてスクラップにされてしまったようです。
ギネス級の主砲なんだから一本くらい博物館に保管しとけよぉ。
以前尾道にあった映画「男たちの大和」の実物大ロケセットを見る事ができなかったのが実に悔やまれます。

同じく「陸奥」の錨とフェアリーダー。

スクリューと舵。

対比物がありませんけどもこれもばかでかいです。


南側へ回ってミュージアム全景。


敷地内の池ではマニアの方達が思い思いのラジコン艦艇を浮かべて楽しんでおられました。

ビスマルクかっこええ。

大和波止場へ。

大和の艦橋より前の左舷部分を原寸大で再現。
「大和坂」もバッチリ再現?

ちなみに恋人たちの聖地認定されているんだそうで。
なぜに。

大和の主錨…ただしレプリカ。


ここは絶対に見たかった大和を建造したドック、通称「大屋根」。

ドック自体は1993年に埋め立てられちゃいましたが建物の骨組みは当時の物。
時間さえ許せば「歴史の見える丘」へ行って上からも見たかったですハイ。
て言うか極秘裏に建造されたと言う割には丘の住宅街から丸見えな気がするのは僕だけでしょうか。
当時もなんかよく分からないけどすげえの作ってるって話が公然と噂されていたらしいですし。
もっとも驚きの46cm砲搭載艦だったってのは戦後までアメリカも知らなかったそうですが。


すぐ横では貨物船?タンカー?が建造中でした。
館内の説明にもありましたが、軍艦建造で培ったノウハウが今でも日本の造船業に活かされているとの事。
月並みですが軍事技術だったものが平和利用されるのは良い事ですね。

アレイからすこじま方面を一枚。

時間があれば以下省略。

日本初の有人深海調査艇「しんかい」。


お隣のてつのくじら館前のゆうしお型潜水艦「あきしお」。

想像していたより遥かに大きかったです。

もう一回だけ続きます。

Posted at 2016/02/05 21:09:25 | コメント(1) | トラックバック(0) | 観光 | 旅行/地域
2016年01月28日 イイね!

呉まで行ってきた その3

間が空いてしまいました。
まだまだ続ぜその3です。

大和ミュージアムには呉の港の歴史や造船技術、更には海底に眠る大和から回収された乗組員の方のご遺品等貴重かつ多岐にわたる展示資料がありましたが人多杉かつフラッシュ禁止のため殆ど写真を撮っていません。
長期連休に人気スポットへ行くもんじゃないですね。

大和最後の戦い天一号作戦での布陣図。

ブレたよ。
11隻の米空母から発艦したのべ400機近い航空機の猛攻に晒され、この中で生還できた艦は大和より後ろに配置された駆逐艦4隻のみ。
大和だけで2700名超、随伴艦も含めると3700名もの方が亡くなられております。
壁一面に貼られた戦没者の方の名簿を見て本当にやるせない気持ちになりました。

この作戦に限らずアホ軍令部の身勝手でどれだけ失われなくて良い命が失われた事か…。
組織としての日本軍は本当に嫌いです。

●気を取り直して巡洋戦艦「金剛」のヤーロー式ボイラー。

レプリカかな?と思ったらなんと大規模改装時に取り外された100ン年前の当時物!
しかも1993年まで建物の暖房用として現役で稼働していたそうでダブルで驚き。
とても貴重な工業遺産ですよこれ。
すごいなあ。

展示されていた1/200スケールの模型シリーズ。
●金剛型巡洋戦艦の3番艦「榛名」。
イギリスで建造された金剛の設計を元に川崎重工に発注された日本初の民間製超ド級戦艦。

艦橋に装備された21号電探、副砲が一部撤去されて8門になっている事から1943年頃の姿でしょうか。
その1で書いた通り呉空襲の際に江田島沖で大破し着底。戦後に解体。

伊勢型戦艦「伊勢」。

後部主砲を撤去して飛行甲板を装備した改装後の姿ですね。
目立った活躍はありませんが、全滅してもおかしくない状況の中困難な輸送作戦を姉妹艦「日向」を始めとする5隻の僚艦と共に無傷で成し遂げております。

●利根型重巡洋艦「利根」。
日本最後の重巡洋艦利根型の1番艦。

前部に集中配置された主砲と後部の飛行甲板がいかしてますねぇ。
上記の榛名、伊勢と同じく最後は呉空襲の際大破着底。

●航空母艦「赤城」。
かのミッドウェー海戦で戦没した4空母の一隻ですね。
仮にこの海戦に勝利していたら当初の目論見通りアメリカとの早期講和は果たせていたのでしょうか。

巡洋戦艦からの改造空母だけあって重厚なフォルムが実にステキ。
この全通式甲板へ改装後の姿も好きですが初期の三段式甲板もゲテモノ感満載で好き。

●甲型(陽炎型)駆逐艦「雪風」。
名だたる海戦を駆け抜け大和最期の出撃にも随伴し、そして生還を果たした昭和の異能生存体。

戦後は復員船として活躍。あの水木しげる先生もこの船に乗って日本へ帰ってきたそうです。
その後は賠償艦として台湾に引き渡されて台湾海軍の旗艦「丹陽」へ名を変えて活躍。

●最期におまけ程度の車要素。

戦後復興のコーナーに展示されていたマツダのオート3輪です。
広島といえばマツダですよね!

館内はこの手の物に多少なりとも興味をお持ちの方なら1日居ても飽きないと思います。
もっとじっくり見たかったなあ。

その4へ続く。
Posted at 2016/01/28 21:29:44 | コメント(1) | トラックバック(0) | 観光 | 旅行/地域
2015年09月28日 イイね!

呉まで行ってきた その2

呉まで行ってきた その2間が空いてしまいました。
その2です。





呉二日目。
ついに念願の大和ミュージアムへ。
開館時間30分前にwktkしながら到着すると…

ナニコノ行列。建物の裏まで延びておりますヨ。
しかも並んでいるのはスキモノばかりと思いきや大半がご家族連れとカッポゥ。
恐るべしシルバーウィーク。

入館すると最初に目に飛び込んでくるのは史上最大の戦艦、「大和」の1/10スケール模型。
これが見たかったんです。
残された資料や図面、坊ノ岬沖に眠る本物の大和から得られた情報を元に造船会社(!)が制作した巨大な模型です。

全長263mと言う巨艦でしたので1/10スケールでも全長26m超。いやはや凄いもんだね。
下手な漁船より大きいのではないでしょうか。

大和を大和たらしめている世界最大の艦砲、45口径46cm三連装主砲。
最大射程距離42kmを誇りましたがそれが目標に当たるかどうかはまた別のお話。
有効射程は20km程度だったと言う説が有力なようです。
砲塔の重量は一基につき2500t以上。
大型の乙型駆逐艦ほどの重さのあるバケモノ大砲でした。

しかし残念ながらその実力を発揮する事なく沈没へ至ったのは周知の通り…。
これを旋回させる装置の技術が戦後ホテルニューオータニの展望レストランに転用されたと言う話はご存知の方も多いのでは。


よく大和は空母全盛の時代に作られた時代錯誤の遺物呼ばわりされますが現実はちょっと違いまして、大和が建造され始めた頃はまだまだ大艦巨砲主義真っ盛り。
空母自体はもう建造されていたものの実のところまだ山の物とも海の物ともつかないシロモノで補助艦艇扱い。
航空機で戦艦を沈めるとかバッカジャネーノって言うのが通説だった様です。
(先見の明のある人たちは航空戦力の時代を予見していましたが)
海戦の勝敗を決める戦艦を沈められるのはやはり戦艦って事で各国せっせと新型戦艦を作っておりました。


と こ ろ が 。
当の日本がマレー沖海戦と真珠湾攻撃において空母と航空機でアッサリと戦艦を沈められる事を証明してしまい時代は一気に航空戦力の時代へ……。
ちなみに大和の起工が1937年で進水が1940年8月、マレー沖海戦と真珠湾攻撃が1941年12月。生まれた時代が悪すぎたとしか言いようがありません。

自分の所の決戦兵器を自ら陳腐化させるとかロックンロールな連中だぜニポンカイグン(呆)。


写真は新時代の主役となった航空機に対処すべく改装で大増設された対空機銃と高角砲の山。
その大和の壮絶な最期はあまりにも有名なので割愛。

海洋国である日本を守る世界最強の戦艦として生まれながら、生みの親の手で時代遅れの存在へと落とされ凄惨な最期へと至った戦艦大和。
その悲劇性が僕も含んだ多くの人たちの心を惹きつけてやまないのかもしれません。

あと今回この1/10模型を見て大和って本当に綺麗な船なんだなと再認識しました。

機能美の極致とでも言うんでしょうか、46cm砲を効率的に運用するためのプラットホームとして無駄を切り詰めた結果が均整の取れたこの姿。
日本人である自分の贔屓目を差し引いても世界で一番美しい戦艦なんじゃないかなあと思います。
何キモい事言ってんだって?ほっとけ。

兵器と戦争の是非は置いておいて、70数年前の日本にこんな空前絶後のフネが存在したと言う事実はただただ凄い事だなあと思います。
見に来て本当に良かった。

続いて他の展示物。
戦艦「長門」の軍艦旗。

終戦時、戦艦としては唯一動かせる状態で残った長門はアメリカに接収されビキニ環礁での核実験の標的にされてしました。
一緒に持ち去られたこの旗が「なんでも鑑定団」に出品され、石坂浩二氏が私財で買い取った……
所までは知っていたんですがここに展示されていたんですね。

次です。
日本軍の悪い部分をギュッと濃縮100%。悪名高いアレ兵器「回天」。

何も言いますまい。

気を取り直して我等スバヲタの愛してやまないスバルボクサーのご先祖様、栄エンジン。
崇め奉るがよいぞ!
写真は撮っていませんがピストンやプラグも展示されていましたよ。


名機ゼロ戦。
日本国内に現存する数少ない本物の内の1機なんだそうです。

ヒコーキのバリエーションの見分け方はサッパリですが展示機は62型と言う戦闘爆撃機(今で言うマルチロール機)で、この個体は特攻(またかよ)に使われる予定だったとか。
愛知県安城市にあった基地に所属していた機体でエンジントラブルにより琵琶湖に不時着し沈んでいたものを引き揚げたものとの事。

潜水艇「海龍」の試作型。
母艦の潜水艦から発艦し、敵に魚雷を撃って母艦に帰投する小型潜水艇。

のはずが実戦配備される頃にはナンタラの一つ覚えで艦首に爆弾を詰め込まれて特 (ムナクソ悪いので以下省略
かなりの数が製造されたようですが敗戦により実際はあまり使われることはなかったようです。
こう言った負の遺産もしっかりと展示されているのは良い事だと思います。

主砲弾各種。
白いのが91式徹甲弾(対艦戦闘用)、赤いのが三式弾(対空戦闘用)。
大和の主砲弾は一発1.4t程の重さがあったそうな。
ン10km先からBPレガシィ程の質量をもった砲弾がぶっ飛んで来る光景はちょっと想像がつきませんね。

後ろにチラっと写っているいる筒は呉空襲で大破着底した巡洋艦「青葉」から取り外された20.3cm砲の砲身。

長くなっちゃったのでその3へ続く。
Posted at 2015/09/29 21:35:06 | コメント(1) | トラックバック(0) | 観光 | 旅行/地域
2015年09月23日 イイね!

呉まで行ってきた その1

呉まで行ってきた その1
こんばんは。
ブログらしいブログを上げるのは実に1年と8か月ぶりになりますね。
すぴんどるです。

今回はシルバーウィークを利用して10年前に開館してから一度行ってみたくて仕方がなかった大和ミュージアムまで行ってきました。
仕事の都合で今まで2連休すらまともに取れなかったものでして…。

当初の予定ではCR-Z5周年全国オフに参加させていただき翌日しまなみ海道を巡って呉まで至る予定でございましたが、19日に予定が入ってこの時点で計画瓦解。
5周年オフめっちゃ行きたかったですCrz。

9/20当日は朝4時頃に自宅を出発。
途中までは順調だったんですが吹田JCから大渋滞発生。どうやら見積もりが甘かったようで。

この後も渋滞が続いたため福山JC辺りで堪りかねて下道に下り、ほうほうの態で尾道に到着。
瀬戸内海は島々が連なる風景がとっても趣があってステキです。

ここで食べた尾道ラーメソは色々???だったので写真と感想は割愛w
この時点13時を過ぎてしまいしまなみ海道入りを諦めて(血涙)ひたすら国道を西進。

ヘッロヘロになりながらやってまいりました呉市でございます。
時刻は15時近かったのかな。


音戸大橋で景色を堪能しつつ休憩し。


江田島入り。


そしてまたもや片側規制の渋滞はまりつつ小用港へ。

パッと見ただのフェリー港なんですが…

ここは僕の好きな戦艦榛名が70年前の呉空襲において最期を迎えたまさにその地なのであります。


戦艦榛名は日本初の超ド級戦艦「金剛型」の3番艦として1915年(100年前!)に竣工。
イギリスのヴィッカーズ社で製造された「金剛」、ノックダウン生産の「比叡」に続きニポンカイグン念願の国産化を果たして川崎重工で誕生しました。
ちなみに同時に発注された4番艦の「霧島」は三菱製。

太平洋戦争開戦当時はすでに艦齢26年を数える老朽艦でありましたが、ワシントン軍縮条約で戦艦の建造が禁止された影響もあり二度の魔改造大改装を経て現役でした。
クラシカルな外観から現代人がイメージするであろう戦艦のシルエットに変貌する様は実にドラスティック。

1915年頃にはこうだったのが、


第二次改装を終えた1934年にはこうなります。

とても同じ船には見えませんね。
船体を切り開いてのエンジンスワップにより馬力に至っては倍以上(64,000馬力→141,211馬力)になっていたってんだからこの頃の技術の進歩ってのはすごいもんです。
ニポン驚異のメカニズム。

先の大戦では戦艦に代わって主力となった空母に随伴できる速力を持つ戦艦として重宝され、各地を転戦しました。
艦歴を語り出すと止まらなくなりますので興味がおありの方はwiki先生からどうぞ。
(画像はwiki様及び光人社艦艇写真集4より)

最期はマリアナ沖の戦いで損傷し修理の為に日本本土へ回航。
しかしもはや日本には出撃する為の燃料すら残っておらず大半の対空火器を陸揚げされた上で浮き砲台として係留。
1945年に前述の呉空襲で襲い来る米爆撃機を撃墜するも爆弾20数発を浴びてついに力尽き多数の艦艇と共に大破着底しました。
しかし乗員の皆さんはもうこれ以上沈まねーから存分に戦えるぞと意気盛んだったとか。
昔の人は凄いと言うかなんというか…。

戦後に解体され、その資材は戦後復興の礎になった、との事です。


↑は戦後に撮られた写真。
末期の榛名の特徴であるダズル迷彩を施された主砲塔と艦橋トップの大きな防空指揮所がよく分かりますね。

ちなみに米軍の調査でカラー写真や動画が残っており、往時の姿を現在に伝えてくれる貴重な一隻であったりもします。

今はそんな戦いがあった事を感じさせない穏やかな小用港。
平和を感謝しつつ過去に国のためと信じ戦ってくださった方達に思いを馳せるのでした。

軍靴のアシオトガーと言うなかれ。
太平洋戦争で日本は道を間違えましたが、元々軍艦達は海洋国である日本を守るための盾。
強力な海軍力が無ければ問答無用で欧米の列強の支配に飲み込まれてしまう時代だったのです。

ここで申し訳程度の車ネタを一つ。
この戦艦榛名、名前の由来は群馬県の榛名山ですが聞き覚えのある方もいらっしゃるかと思います。
そう、某国民的ドリフト漫画の舞台となったあの秋名山のモデルとなった山なんです。

更に当時の日本海軍の戦艦12隻の中で最速の30.5ノットの最高速を誇っておりました。
秋名最速伝説ならぬ榛名最速伝説。
……閑話休題。

そんな戦艦榛名と一等巡洋艦出雲
(ちょっと前にニュースで騒がれた護衛艦いずもの先代。日露戦争において日本の勝利に多大な貢献した殊勲艦です。が、長くなるのでここでは割愛)
の乗組員の方の合同慰霊碑もまたこの地にあります。

港を見守る小高い丘の上にひっそりと建立されておりました。
手を合わせてから写真を一枚撮影させていただきました。

この後二等巡洋艦利根最期の地と資料館や戦艦伊勢・日向最期の地、はたまた呉の自衛隊基地も見たかったのですが日が暮れてきてのでまた渋滞にハマりつつ撤収。
予約しておいたビジネスホテルでバタンキュー。

広島市で開催されていたオクトーバーフェスト(ドイツビール祭り)へ行きたかったなあ。
ひたすら渋滞に巻かれていた1日でございました、ハイ。

1日目の道程は総走行距離543km、平均燃費は18.9km/L。
いやはや合計すると4時間近く渋滞にはまっていたのに大したものですCRーZくん。

その2へ続く。
Posted at 2015/09/23 22:39:41 | コメント(3) | トラックバック(0) | 観光 | 旅行/地域

プロフィール

「@モダンワゴン さん。ですね!ここまで来たら是非優秀まで行って欲しいです。」
何シテル?   08/19 22:29
ホンダ、スバル、マツダの車を渡り歩く ちょっと変わったエンジンと田舎道ドライブを愛するオッサンです。

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