ネタないですからねw
というわけでちぃとマジメな話。
もう皆様ニュースで知っていることですが、足利事件において再審が確実となり、再審の結果、無罪となることがほぼ確定となりました。検察が無罪と主張するようですからほぼ、というより確定でしょうね。
事件の内容についてはいいんですが、今回の結果というのは警察・司法においてかなり大きな影響を与えることは間違いないと思います。
昔から自白の証拠能力については問われていましたが、今回は、決めてであったDNA鑑定ですら信用性がなかったことを明らかにしてしまいましたですね。
要するに、何の証拠がその事件の容疑者を犯人と断定することができるのか、ということの指針にブレが生じてしまうということになります。
現在のDNA鑑定の制度はテレビによると4兆分の1の確率といわれているようですから、今回の足利事件のようなことは起きないと思われますが、それ以外の証拠物に対する信頼も怪しくなってくるというものです。
すなわち裁判員制度の影響が考えられるということですね。
警察官も遊んでいるわけではなく、何としてでも犯人逮捕しようと思っています。
そこで必死で証拠集めをするわけでしょうが。
その証拠は、本当に信じられるのか?
犯人が犯行を自供しているけれども、本当に自供したのか?
一貫して罪状認否で犯行を認め続けているのであればまだしも、今回のように最初は自供を強要されて、そして公判になって初めて罪状を否認したとき。
裁判員は、何を信じてどのように判断すればいいのか、それが今回の結果により影響が大きいのではないかと思うわけです。
今日の朝のテレビでもいっていましたが、今回の足利事件、死刑判決がでなくて本当に良かった、と思われます。
たしか、この人は3件の殺人事件を自供したこととなっており、そのうち2件は不起訴、1件で無期懲役となったわけですが。
もし仮に、死刑判決がでていて、執行されてしまっていたらどうなっていたのでしょうか。
今回の事件は裁判員を萎縮させる結果につながるおそれがあると思います。
死刑判決を出す恐怖がまざまざとみせつけられたわけですから。
人を裁くということの難しさを感じさせますね。
どちらにせよ、今回の事件は真犯人がまだ存在することを表し(公訴時効だけど)、捜査に問題があったことが露呈されました。
裁判員制度が開始された直後。本当に難しい課題をつきつけた事件でしたね。
と、なんか突然思ったんで、マジメにブログ。
スルーよろしくですw
追加:
うん、いま偶然判例タイムスを読んでいたら、布川事件の第2次再審請求抗告審の決定があったので読みますた。
布川事件については→
布川事件(wiki)
この東京高裁の判断は、今回にもつながってますねー
布川事件は、62歳の男性が殺された事件で、共犯として2名が逮捕、無期懲役とされた事件でしたが、その自白が警察官による強要されたものとして一貫して無罪を主張していた事件でした。
今回の平成20年7月14日の決定では、確定判決における事実認定について各証拠構造に即して合理的な疑いの有無を検討して、2名を被害者の家付近で目撃したという供述の信用性に重大な疑問があること、自白について録音されていたテープがあるが、その録音テープが今回の再審に至るまで開示されておらず、そのテープに編集の跡が認められるとされました。また、指紋が多数採取されたにもかかわらず、2名の指紋はなかったこと、毛髪すら発見されなかったことなどから、その自白自体、信用性は否定すべきものと判断されました。
本決定は自白の信用性でよくいわれる、いわゆる「秘密の暴露」についても述べています。
本決定では、いわゆる「秘密の暴露」とは、たとえば捜査官が未だ知らない凶器の隠した場所を明らかにするとか、その秘密の中身が犯行に直結したものでなければならないとしました。
この布川事件の「秘密の暴露」は、どうやら事件近くの駅などの行動について2名の供述が目撃者等によって事実と確認されているとしたものであり、犯行そのものからは距離的にも時間的にも離れた事象であり、これが供述の信用性を高めることはあったとしても、その自白が間違いなく信用できるということにはならない、としたものです。
この事件は、現在、検察が最高裁に特別抗告をしているので、まだ判断がなされていない事件です。しかし、新証拠などの比較から、再審→無罪という可能性もあると考えられます(現在は、再審するかしないかでもめてる状態)。
この布川事件からも、いわゆる「自白」というものがどういうものなのか、非常に考えさせるものとなっています。
現在の警察において、嘘を真実とした取り調べ(すなわち犯人のでっち上げ)がなされているとは到底思えませんし思いたくないです。
また、本当の犯人を捕まえるために必要な取り調べ等が、こういったことにより萎縮されてうまくいかないというのも問題があると思います。
こういったことを考えていると、本当に裁判員制度って大丈夫なのかな、とか思います。
冤罪事件というのはあり得ない、という考えよりも、あり得るのだ、と考えてしまうと、何が正しくて何が正義なのかがわかりづらくなります。
これを一般の人が判断していかないといけなくなり、仮に冤罪事件であったときは、その犯人とされた人の一生を左右し、真犯人は永遠に問い詰められることなく罪を償わなくてよくなってしまいます。
難しい問題ですね。
と、またもマジメにブログしてみましたヽ(´ー`)ノ
Posted at 2009/06/05 09:56:58 | |
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法律関係 | 日記