ペルーのアルベルト・フジモリ元大統領 死去 86歳
2024年9月12日 11時47分
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南米のペルーで日系人として初めて大統領に就任し、1996年に日本大使公邸人質事件で救出作戦を指揮したアルベルト・フジモリ元大統領が11日、亡くなりました。娘のケイコ氏がSNSで明らかにしました。86歳でした。
アルベルト・フジモリ元大統領は両親が熊本県出身の日系2世で、1938年、ペルーの首都リマで生まれ、1990年に日系人として初めてペルーの大統領に就任しました。
在任中、インフレを緊縮財政で克服して経済を立て直すとともに、反政府武装グループを徹底的に取締り、治安を劇的に改善させるなど手腕を発揮し、1996年に発生した日本大使公邸人質事件では救出作戦を指揮し、大半の人質を救出しました。
その一方で、強権的な政治姿勢が国内外からの批判を浴び、2000年日本に事実上、亡命し、大統領の職を失いました。
2005年に日本を出国し、チリに入国したところで身柄を拘束され、その2年後にペルーに引き渡され、在任中に治安部隊を指揮して市民を殺害した殺人などの罪で禁錮25年の判決が確定しました。
フジモリ元大統領は去年、ペルーの憲法裁判所の命令によって刑務所から釈放されていました。
娘のケイコ氏はSNSで11日に「がんとの長い闘病の末、父、アルベルト・フジモリは神のもとに旅立った」としてフジモリ元大統領が亡くなったことを明らかにしました。
86歳でした。
ペルー大統領府がSNSに投稿「心より哀悼の意を表します」
フジモリ元大統領が亡くなったことについて、ペルーの大統領府はSNSで「フジモリ元大統領の死を遺憾に思い、遺族の深い痛みに寄り添い、心より哀悼の意を表します」と投稿しました。
林官房長官「2国間関係強化に尽力 哀悼の意を表したい」
林官房長官は記者会見で「故人とご遺族に哀悼の意を表したい。フジモリ元大統領は在任中に日本を何度も訪問されるなど、2国間関係の強化に尽力された。1996年に発生した日本大使公邸の占拠事件でテロに屈することなく人質解放に至ったことは忘れることはない。一方、在任中の人権侵害の罪で有罪判決を受け服役した事実など、評価には、さまざまなものがあると承知している」と述べました。
そのうえで「いずれにしても日本国政府としては、今後とも中南米で最も長い歴史を持つペルーとの良好な関係を発展させていきたい」と述べました。
Posted at 2024/09/12 12:31:22 | |
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