
高校時代、田中先生(仮名)という地学の名物教師がいました。当時は、共通一次試験があり、全国と自分の高校の平均点を比べることができました。地学だけは、全国平均を圧倒的にうわまわっており、田中先生の功績であることは、一目瞭然でした。
田中先生は、大正、明治、あるいは、それ以前の時代からタイムスリップしてきた高僧のような雰囲気がありました。実際に、どの教師よりも威厳がありました。その厳格さと授業中にときどき見せる指導法とのギャップが、たまらなく面白かったのです。
あるときの宿題を今でも覚えています。地質時代を暗記してくるという内容で、次回の授業で小テストを行うとの説明がありました。また、一般的なペーパーテストではなく、ストップウォッチで計測する形式で行うことが予告されていました。早く、正確に、を求められていたのです。
当日、まずは、一人目が暗唱しました。
「先カンブリア、カンブリア、オルトビス、シルル、デボン、石炭、二畳、三畳、ジュラ、白亜、第三紀、新第三紀、洪積世、沖積世」
タイムは、15秒程度でした。二人目、三人目と続きますが、やはり同じようなタイムだったと思います。
「まったくなってない!」という田中先生が一喝しました。続けて、「模範演技をする」と宣言されました。
「せっ……カ……オ……ルル……デッ、じょう、だき、き、……せっ!」
ストップウォッチを頭上に掲げ、「3秒7 !」と勝ち誇った表情です。
教室中が一瞬静まり返ったあと、割れんばかりの拍手が沸き起こりました。異様な早口ではあるのですが、間違いなく、先カンブリアから沖積世まで、すべて明瞭に聞き取れました。見事な芸でした。
種明かしとしては、早口言葉ありということだったのですが、四人目の生徒からは、必死に3.7秒を切る努力をしました。何人か田中先生のタイムを上まわりましたが、全語を発声できておらず、記録として認定されませんでした。
授業が終わったあとも、3.7秒を切るまで自主的に練習するようになり、30年以上経った今でも芸としてそれを実行することができます。
田中先生は、いつも木刀のような長い丸棒を肌身離さず持ち歩いていました。先生曰く、「地軸の棒」ということでした。
まずは、「ここが天頂だあ!」と叫びながら、教室の天井を突き刺します。軽く天井が凹みました。「よく見ろ、20個傷がついている。この高校にきて20年目だからな」と笑いを取ります。さらには、棒の根元を両手で股間にあてがい、それを仰角35度の角度で保持します。これが地軸の意味だ。北極へ向かうとこうなる、と説明が続き、棒が天井に向かって直立した状態へ遷移しました。この動きがコミカルで、教室は爆笑の渦に包まれていました。
地学自体は、受験科目としては超マイナーで、現役生で地学対策の勉強をするほど時間的余裕のある者は皆無でした。実質的に、田中先生の授業だけで共通一次試験に臨んでいたのです。なのに、上述の大躍進でしたので、偉大かつ不世出の教育者だったと思います。
Posted at 2023/07/28 07:59:59 | |
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