
初めて行ったSHCC大磯ジムカーナでゲットした1冊
シトローエンSM特集だ‼️
フランス車は冬が似合うがSMでスキーに行くというのもいいなあ。こち亀の世界だなw
リポーターは小林彰太郎
今回はリポート内容については触れないが
このようにヘッドライトの変更に対して嘆かれていた。

六甲山頂の夜
大迫力の見開き写真
夜景をバックに佇むSM
夢のような光景

イギリス人らしく皮肉のきいた説明
日本の大衆車を考える
われわれはどんぐりの背比べのように類型的なものが目白押しに並んだ国産車の中から"Car of the Year"を選ぶことはナンセンスだと考えている。
って約50年前のその時でさえそうだったのか❗今の国産車はさらにおなじよーなクルマばかりなのが皮肉だな。
日本では10年ほど前までは自動車なしで大衆の生活が成り立っていたところへ、いわば強引に自動車が割り込んできたのである。
自動車がこれほどまでに普及する必然性がなかったのである。メーカーは日本人の国民性の中にある贅沢心をくすぐり強引に普及させた。
日本の大衆のアメリカ車への憧景と結び付いて出来上がった化物が現在の国産車である。大衆の衣食住の生活に比べて異常に立派すぎる。
たしかに70年代の国産車ってデカいバンパーと野暮っくてなんとなく保守的なスタイリングであまりかっこよくない。
ヨーロッパの標準から言えば大きすぎるエンジンを積んで不必要に性能を追及している。
これでもかといわんばかりのおどろおどろしげなスタイリングとまったく機能に関係のない虚飾
機能的な特徴のなさ、本質的な個性の欠如を鬼面人を驚かせるスタイリングで補って、1台でも多く売ろうという魂胆である。
これは今の国産車にも当てはまるな。トヨタのデザインなんていい例
こうした傾向が道具としての大衆車の進歩の方向として間違っていることは、子供にでも理解できるはずだ。
この公害と事故と過密の甚しい今こそ、自分自身と自動車のかかわり合いをもう一度考え直し、賢くなるべき時だろう。
人口密度の高いわりに文化面の発展とか精神的知性度が低く、物質文明のぜいたくさばかり目立っているという風潮、これは僕が特別愛国心に富んでいるわけではないのだけれど、とても恥ずかしい事や腹立たしい出来事がよく目につくし、また直面するからだ。
つまり本物と偽者とがゴッタ煮になってしまった乱れた世の中というより、偽者やインチキ、ハッタリが幅を利かせる様にしてしまったという情なさがあるのだ。
国会議員にしてこのザマァであってみれば、それぞれのジャンルにみるその小さなせまい世界では尚更のこと、権威を持ちたがる批評家、評論家の多い事、映画、音楽、文芸、美術はいうに及ばず、競馬、競輪、テレビ、旅行、はてはキッス評論家、パンダ評論家などときいた事もない種類のおでましとなる。
Posted at 2022/11/15 22:50:29 | |
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