「畜生〜ここもねぇのかよ!」
俺は北口の貸しレコード屋から出て、一人でボヤキながら、ホークⅡに跨った
モスラの幼虫は、悪夢のような治療のせいか、かなり治ってきていて、今は小便するのも,怖くなくなってきた
だから、矢沢の新しいアルバムを借りたく、川崎市内、全ての貸しレコード屋を廻ってみたが全ての店で貸し出し中だった
「しょうがねー横浜まで行くか」
以前の俺だったら、ビビって行けなかったけど
豚美さんやパクちゃんに鍛えられてるうちに、昼間なら、なんとかなんだろーと思い
六角橋の貸しレコード屋まで、ホークⅡを走らせた
アーティストは偉大だ、なんせ俺を一人で、地獄の一丁目、敵地の横浜まで走らせちまうんだから
念のため、ステッカーは剥がして来たんだけど
しかし、六角橋の貸しレコード屋も、矢沢は貸し出し中~
とんだ無駄足で、急いで地元に帰るべき、直ぐに店を出ると
コルク半持って、赤銀のスカジャン着た女とすれ違い、
その、女が「あっ・・!」
と、俺を見て立ち止まった
最初は、誰か分からなかったけど
うん、俺に淋病を感染させた、あのカオリではない事は間違えなかった
「おう、久しぶりだな」
俺を見て立ち止まり、声をあげたのは、ユンソナだった
「学校、同じじゃん」
俺の時間を止めたくせに、俺が引き留めた口振りで、ユンソナはそっけなく答えやがった
「誰のレコード借りにきたんだよ?」
「矢沢」
「新しいやつなら、なかったぞ」
「マジで?」
「川崎にも一枚もなかったからな」
「ちっ」
ユンソナは舌打ちした
ナムルに、コイツとは関わるなと警告されてたので、俺は、単車に跨りメットを被ると
「ねぇー今から、走りに行かない?」
ユンソナは勝手に、ホークⅡのケツに乗って来た
「バカ!勝手に乗んじゃねーよ」
「いいじゃん、ほら川崎でもいいから、どうせ暇してんでしょ」
「ふざけんなよ」
「こんなとこで、川猫が単車乗ってると襲われちゃうって」
ユンソナはコルク半を被り、俺の背中越しから耳元で呟き
彼女の息が、俺の耳を刺激した
ブォーン!ブォーンー
微かに、直管の音が聞こえてきて、それはユンソナの耳にも届いたらしく
「ホラ、きた」
今度はもっと、耳に近く腰に手を回してきた
「帰りは送んねーからな!」
俺が叫ぶと
「分かってるって!」
俺の腰に回したユンソナの手は更に密着され
ブォーン!ブオォー!
俺は勢いよく、ホークⅡを発射させた
海側の南口だと、鮫島さん支部や豚美さん支部の顔見知りが多いので、
とりあえず、一回だけ来た事がある北口の茶店にした
「まぁ、飯ぐらいは奢ってやるけどよ」
そう言いながら、単車から降りて二人で店内に入り、席に座ると、ユンソナは俺より先に煙草に火を点けて
「サンキュー」
と、言いながら煙を吐いた
ガリガリの鳥の抜け殻のような、幸薄そうな、ウェイトレスが注文を聞きにきて
俺はナポリタン、ユンソナはサンドウィッチを頼んだ
しかし、女ってのは変わるもんだ・・・
鼻水垂らしていた、あのユンソナが、今じゃ化粧して、煙草を吹かし、完全な女に変わっているのを感じていると
「なによー、人の顔ジロジロ見て~」
「いや、大人になったなーって」
「お互い様でしょ」
ユンソナが言うと、今度は力士みたいな太ったウェイトレスが、サンドウィッチとナポリタンを運んで来た
「黒猫に入れたんだって?」
ユンソナがサンドウィッチを摘みながら、俺に聞いてきた
ユンソナがいう、黒猫とは俺が入ってる川猫の支部で特攻隊なんだが、他の支部の白と違って黒の特攻服が制服だった
「そんなの、大分前だぞ」
「やっぱり、黒猫は喧嘩ばかりなの?」
「そうでもないけど、喧嘩の時は絶対だな」
「土手部落の不良は皆んな、黒猫?」
「いや、そうでもねーけど、キムコとゼットンは同じ」
「あのチビのキムコが!黒猫?嘘でしょー」
「アイツも結構〜修羅場くぐってんぞ」
「マジで?」
「ある意味、違う意味でな〜」
俺が笑いながら言うと
「なに、楽しいーの?」
「まぁ、身体はボロボロになるけど、やっぱ楽しいよ」
「意外、川猫ってそうなんだ、パクちゃんが黒猫の支部長でしょ有名だよ」
「パクちゃんもだけど、隣の女支部長がハンパねーんだよ」
「あっ、なんか聞いた事ある、鶴見で大暴れしたって噂」
その時は俺も一緒だったんだが、自慢せずにあえて隠した
「オマエ、マジで浜連の集会でてんだな」
「悪い、アンタに関係ないでしょ!」
急にユンソナは怒りだし
「いや、別に悪いーなんて言ってねえし、そうそう、豊子とも結構一緒なんだぜ」
「えっ・・・」
「オマエら初級の頃、仲良かったろ」
「昔だよ、つーかあの子、ウチらの高級に居ないけど、何してるの?」
「豊子は、オマエが横浜に転校した直後に、親父さんが帰って来たから、神父さんの勧めで日本の中学に変わったんだよ」
「豊子のお父さん、帰ってきたの!」
「だから、高校も日本の学校だ、頭イイんだよ、情報ナントカって科」
「お母さんは?」
「チビの弟も居たのに蒸発したんぜ、そんな者、帰ってくるわけねーだろ」
タバスコをブッかけて答えた
「ふーん、そうなんだ」
何故か、ユンソナのテンションが下がり、声が小さくなり
「じゃあ、また!」
いきなり、ユンソナは立ち上ったので
「本当に送らなくていいのか?」
「平気だって、自分の心配しなって」
「じゃあ、送んねーけど」
「ごっそさん、またバイク乗せてね」
そう言って、ユンソナは足早に店を出て駅の方に歩いて行き、赤銀の鳳凰の背中を茶店の窓から見送ると
店内から、俺の一番嫌いな歌が流れて来やがった
また、来週~🐷
皆さん、よい週末を