本来、猫ビルのタイマンは、総長が引退を宣言すると、各支部の喧嘩自慢の頭が立候補する仕組みになっていた
そして、最後まで勝ち抜いた者が屋上からダイブして、初めて総長に就任出来る
なんとも、馬鹿げた伝統ある行事だった
なんせ、都内のゴーストも入るので、ちょっとやそっとの喧嘩自慢の支部長じゃ立候補はしない
最近では、豚美・パク・麻衣子が中学の時に行われたのが最後である
横浜の連中もギャラリーで来るが、単車はOKでも、特攻服は厳禁
そして、ギャラリーは絶対に喧嘩をしてはいけないのが、確固たる決まりだった
カネゴンのKHと豚子のインパルスが、ガス橋に着くと、既にパトカーと覆面が二台待機していた
猫ビルの周りと、橋の麓は、まるで集会の様に族車と四輪が停められ、駐車場の様に広がっていた
ガス橋の麓の特等席を、豚子と豊子とカプセル怪獣が、土手の上から見下ろすと
私服刑事と制服警官が二人づついて、一際目立つ集団がいた
「おい、巨魔が引退するのか?」
角刈りに黒いサングラスがトレードマーク、神奈川の族の広辞苑、西部署の少年課の大門刑事が赤毛に言った
「いや、いや、ただのタイマンですって」
「じゃあ、何でこんな集まってくるんだよ?」
「ほら、この前の産業道路のケリですよ」
「相手はどこだ、死天狂の松方か?」
「違いますって」
「何処だ教えろ」
「いやいや、大門さんだって、ビラ持ってるから来てんでしょ」
「ちっ、土手で喧嘩したら、支部同士でも速攻でパクるからな」
「分かってますって」
私服刑事の大門と制服警官の四人は引き返して、土手の階段を登って戻ろうとすると、丁度、豚子達と石段の途中で入れ違いになった
「おい、オマエら何処の支部だ?」
風船ガムを膨らませながら、豚子が堂々と石段を降りていくと、すれ違いに大門が声をかけた
「ナニワの天王寺支部ですわー」
豚子は敬礼して、ニッコリ笑う
「ふざけんてんのかっ!何処の支部だっ!?」
角刈りにサングラスの刑事が、怒鳴り返すが豚子はシカトして、石段を降り出したので
「すいません、ギャラリーっす」
慌てて、カネゴンが間に入り速攻で謝り、豊子がちょこんと頭を下げた
「ん、朝校か?」
「はい」
「分かった行け」
「アザース」
豚子は先に降りてしまったので、カプセル怪獣と豊子は再び頭を下げて、豚子を追いかけるように石段を降りた
四人で河原に降り、キョロキョロしてると、デブ巨摩さんと、北ウイングに居た、赤いリーゼントの人が
「おーい、豚子ちゃん!」
と叫んで、呼ばれたので
「こんにちはー」
豚子は手を振り叫返し、四人は呼ばれるがままに、集団に向かって歩き輪に入った
「二人とも、元気してた?」
「はい、おかげさまで、この前はありがとうございました」
「デブ巨摩さんは、いてないんですか?」
豊子がキチンと御礼を言ったのに、豚子がデブ巨摩と言ってしまったので、赤毛の周りにいた皆んなが、一斉に豚子を見た
「ははは、あの人は仕事だから来ないよ」
赤毛の人が笑い飛ばす
「それより、アンソンって強いの?」
「いや、弱いです!」
えっ(; ̄O ̄)
豊子がキッパリ言い切ったものだから、赤毛の幹部の人は驚いた顔をした
「ウチより弱いでっせー」
「マジかよっ!」
赤毛は、驚きを隠さず言うと
「なんで、そんなのが猫ビルでタイマン張れるんすか?」
突如、白い特攻服の、若い子が出て来て赤毛に言った
その少年はサイドバックで、特攻服さえ着てなかったら、肌も綺麗で、メンズノンノのモデルのようだった
「こいつは、新しく溝口の頭になった、裕也」
豊子が、裕也の第一印象は、京浜地区にはいない感じの、いかにも都会の不良だなと思っていると、赤毛が紹介してきた
「豚子ちゃん達と、タメかな?」
「17っす」
「ふーん・・」
豚子は品定めでもするように、裕也と紹介された少年を見る
「支部長でもなく、まして女より弱いのが、何で猫ビルで剣走の頭とタイマン張れるんすか?」
「なんや、文句あるんかい!」
再び、裕也が赤毛の人に不満気にたずねると、豚子が唸り飛ばした
「オメーには、聞いてねーよ」
裕也も前に出て、キス距離のように一気に距離が縮み、睨み会う二人
勿論、身長は裕也の方が10センチ程、高く175センチ
アンソンと同じくらいだった
「ちょっと、やめなさいよ」
豊子が豚子を引っ張って離そうとする
「おい、ギャラリーの喧嘩は御法度だぞ」
赤毛が裕也に睨みながら言った
「すいませんした」
裕也は、素直に謝り、一歩下がったので、豊子も豚子を引っ張った手を離し、一安心するも,束の間
「せやったら、今から屋上で、この僕ちゃんと、勝負したってもエエんやで」
豚子が合気道の手首ストレッチをしながら言いい、再び二人が睨み合いに
「いた、いた!おーい、風神雷神」
可愛い声がして、皆が振り向くと、麻衣子さんが怒羅美を数人引き連れて、手を振りながら、歩いて来た
風神雷神と大声で呼ばれ、豊子はスカジャンを着て来た事を少し後悔し、顔が赤くなると
「また、面倒くせーのが来たな、オマエはもう向こうに行ってろ!」
赤毛が、裕也に命令する
「うっす」
と挨拶はしたが、豚子を睨みつけると
「今度、浜川崎に挨拶しに行くから待ってろよ」
「上等や、吐いたツバ飲まんとけや」
風船ガムを吐き捨て、豚子が返すと、裕也はくるりと背を向け、白い特攻ズボンに両手を突っ込み、輪から離れて行った
「こんにちはー」
豚子、豊子、カネゴン、ミクラスが麻衣子に挨拶すると
「やっぱり、スカジャンいいね!豊子ちゃんは、赤銀が似合うよ」
皆んなの前で、麻衣子さんは豊子を見ると褒め、豊子が照れてしまうと
「風神雷神って、この二人のこと?」
「そっ、浜川崎の風神・豊子に雷神の豚子」
赤毛が訊ねると、麻衣子さんが、改めて紹介しながら答えたので
「ほっほっー」
声をあげ、皆んな一切に二人を見る
「雷神の豚子ちゃんが、剣汝のゆかりを半殺しにしたんだよ」
「おぉぉー!」
更に、関心するような歓声が起こった
「どおりで、さっきも、裕也にも引かなかったワケだ」
赤毛の人が納得
「それより、豚美ちゃんと京子は?」
麻衣子が豚子にたずねる
「さぁ〜家におらんかったから、来てると思ってたんやけど」
「なんだ、てっきり此処に居ると思ったのに」
「ウチは麻衣子さんと、一緒やと思ってたんやけど」
「あれ?蒲田であった、スカジャンのヨンフォアの子は?」
麻衣子さんは、カネゴンとミクラスを見て言った
「いや、来るとは言ってましたけど」
「うん、うん、」
カプセル怪獣が答える
「うーん・・」
「なんか、怪しいな〜」
「ですよね〜」
麻衣子、豚子、豊子の三人の疑問が一致した
時計の針は2時55分
川向こうの、Canonの3時の鐘が鳴った時が、タイマン開始のゴングだ
まだ、剣走の哀川は来ていなかったが、2時50分に、アンソンはパクちゃんと猫ビルの屋上に登った
「すいません、仕事なのに」
アンソンはパクが午前中で早退してくれたことを詫びた
「近くの現場じゃなかったら無理だったけどな」
「あざっす」
「オマエ、ここから飛ぶ気なのか?」
パクがアンソンにたずねる
「いや、それ以前にタイマンの方が・・」
アンソンは大袈裟に手を振り否定的に
「もし、飛ぶ事になったらよ、躊躇すんなよ、自殺みたいに落ちると、護岸に落ちて死ぬってよ」
「じぇじぇじぇ!」
アンソンは手摺から身を乗り出し、下を覗き込んで、ビビった
「ほら、カールルイスみたいによ、川の真ん中目指して、空中を歩くように飛ぶと成功するらしいぞ」
「マジっすか?」
「ああ、俺の先輩が言ってた」
パクが煙草を、下に投げ捨てると
ギギーと錆びたドアが開き、
剣走の哀川と、死天狂の松方が、二人の前に姿を表し、丁度、Canonから3時を告げる鐘が鳴った
キーン コーン カンコーン ♪
「なんだ、オマエが来たのかよ?」
右手の指三本に包帯がグルグル巻きになってる、松方にパクが言った
「一応、俺も浜連だしな、それより豚美はどうした?」
松方が、包帯グルグル巻きにされた右手を出して言った
「さあな、家で寝てんじゃねーか」
「ちっ、まぁ今日はいいけどよ、本当にオマエじゃなくて、そっちのガキがやんのか?」
松方がパクにたずねる
「ああ、コイツで充分だ」
「ふざけやがって!殺されてから文句言うじゃねーぞっ」
パクが答えると、一気に哀川が距離を詰めて来た
その瞬間、アンソンのチョーパーンが哀川の顔面に下から炸裂した
アンソンも身長が176あり、黒猫メンバーでは、かなり背が高い方だが、哀川は鮫島とおなじくらい178は超えていた
「ゴング鳴ってんだろーがっ!」
チョーパンが決まり、アンソンが腹に蹴りを炸裂させたが
哀川は倒れず、そのままアンソンの足を掴み、上から肘を落とし、さらに顔面をブチ抜いた
「今のは痛ぇーぞ」
いつの間にか、松方はパクの隣で煙草を吸いながら呟いた
浜連最大の支部を持つ、剣走の頭だ、弱いわけない
こっちの連合の総長を決めるタイマンバトルに参加してもおかしくないと、パクは思っていた
「舐めてんじゃねーぞっ!クソガキがあぁ」
そこから先は、アンソンはボロ雑巾のようにボコボコにされて、地面に転がされひっくり返され、最後のサッカーボールキックの連打で動けなくなった
「こんなの、意味ねーだろ」
蟻ンコが、死んだように、倒れて動けずにいるアンソンを見て、松方が吐き捨てるように、パクに言うと
「これからが、メインイベントだろ~」
ケンシロウのように、パクが指を、ボキボキ鳴らしながら、哀川に言った
「なっ、ふざけんなっ!ビラに書いてある事と違うじゃねーか!」
「オメーは馬鹿か?俺の右手を燃やそうとした、オトシマエつけてねーだろ」
言った瞬間に、哀川の顔面が吹っ飛び、一発でブッ飛んだ
「おら、今から、ちゃんとタイマン張ってやるから、さっさと立てや」
「おおー流石、タイマンでは無敵伝説の黒猫のパクちゃんだねー!」
パクが首と肩を回しながら、哀川にいうと、松方が笑いながら言う
「おい、テメーどっちの味方なんだよっ!」
鼻から出る血を抑えながら、哀川が松方に怒鳴る
「味方も何も、オメーも浜連の看板背負ってんならよ、こんなガキじゃなくて、パクをブチのめせや」
松方が吐き捨てるように言い、パクが哀川の向かって歩き出した時
「ま・ま・待って下さいよ」
倒れてたアンソンが、パクの足を掴み、立ち上がった
「なっ・・・」
パクがアンソンを見て驚く
「また、ここで助けられたら、俺は、また笑い者で終わっちゃうじゃないですか」
フラフラしながらアンソンが言う
「上等だよ、テメーぶっ殺してから、パクともキッチリやってやんよー!」
哀川の渾身のパンチが、アンソンの顔面をブチ抜き、さらに前蹴りで、アンソンは手摺まで吹っ飛んだ
「おい、もうやめとけって!」
パクが手摺まで飛んだ、アンソンに叫ぶ
「お前はな、俺に勝っても、ここから飛ばなきゃ、勝ちって認められねーんだからな」
ゴッホ・・
鼻と口から血を吐き出し、アンソンが哀川に言う
「馬鹿か!こんなとこから飛び降りるワケねーだろ」
哀川が怒鳴り返す
「いや、猫ビルのタイマンは、飛ばなきゃ勝ちじゃない」
「ふざけんなっ、それは、CRSのルールだろ、そんなの持ち込むじゃねーよっ!」
哀川が怒鳴りながら反論する
「じゃあ、俺が飛び降りたら、俺の勝ちでイイんだな」
「馬鹿言ってんじゃねーよっ!オメーは俺に負けてんだろうがっ」
「いや、負けてない、俺を落とすか、自分で飛ぶか選べ、じゃないと猫ビルのタイマンは終わらない」
「だったら、オメーが飛べよっ!」
「いいんだな?」
「飛べるもんなら、飛んで見せろって言ってんだよ!」
「上等だよ、阿李猫達 大師特攻隊なめんなよ」
アンソンは手摺を乗り越えたが
パクと松方は、引き留めもせずに沈黙した
3時半
その頃、河原では皆んな、ウンコ座りしながら、暇を持てあまし、
今晩のクリスマスは何シテ遊ぶ?
それより、横浜にナンパしに行かね
それより、今日は集会ねーの?
夜走るんなら、アケミが友達連れてくるってよ
好き勝手な事を、喋っていた
「どうなってるのかな?」
豊子が豚子に言うと、
「見に行きたいわー」
「入り口には、ラッシャー達、黒猫の三年連中が張っていて、誰も上がれないから無理なんだよねー」
麻衣子が、豚子と豊子にボヤく
「あれっ、豚美さんと京子さんじゃない!」
カネゴンが多摩川を指して叫んだ
カネゴンの指した方向を、女子の三人が見ると
東京側にある、レンタルの釣り船に乗って、豚美と京子が猫ビルの下に向かい、せっせとオールを漕いでいた
「あの二人、何してんのや?」
「そうか、アンソンが飛んだ時の為にだよ!」
豊子が答えると
「おーい!豚美ちゃ〜ん!」
麻衣子が叫ぶ
「おーい!」
京子がオールを振りながら叫び返して来たので、皆が一切に多摩川でボートに乗ってる二人を見る
「何してんのやぁ〜?」
豚子も叫ぶ
「遊んでねーで、焚火の用意とけぇ!」
豚美が皆んなに、叫んで命令した
「やっぱり飛ぶんだ」
「どっちかな?」
「剣走は松方が立会人だってよ」
「だったら、パクさんって可能性もあるぞ!」
土手が一気に盛り上がり
ゼットンが何処からか一斗缶を持ってきて、焚火の用意をしだした
「来たでー!」
豚子が叫ぶと、誰かが、屋上から身を乗り出していて
「おおぉぉ!」
皆の視線が猫ビル屋上の一点に集まり
「アンソンだぁー!」
「マジかっ、勝ったのか?」
「哀川に賭けたのによっ」
皆が口々言う
アンソンは手摺を乗り越え下を見たものの、朝、学校で吊るされた屋上の倍もある高さで、完全に足がすくんでいた
しかも、多摩川には盗んだタイヤやホイールも捨ててあるし、下手すれば、原チャリや単車も川に捨ててしまう馬鹿もいる
そんな事が脳裏を横切り、飛び降りるのを躊躇していると
「さっさと、飛べえぇ!」
京子と手漕ぎボートにのった、豚美が叫んだ
「誠意と根性みさらせやー!」
河原から、豚子の叫び声がして、赤いスカジャンの豊子も隣にいるのが分かった
でも、それでも足がすくんで動かないで震えていると
豚子と豊子がいる場所の、もっと上流から、赤い発煙筒の煙が視界に入った
よく見ると、豚子と豊子と同じ、黒と赤のスカジャンを着てる二人が発煙筒を振っていた
キムコとユンソナだ!
キムコがユンソナを連れて来てくれた
そう確信した時、腹の底から叫び声が上がり
「いったらあぁー!」
アンソンはカールルイスのように、屋上の縁から、豚美と京子が乗る、手漕ぎボート目指してジャンプした
豚美 京子 麻衣子 豚子 豊子 ゼットン ナムル クッパ カネゴン ミクラス 赤毛 裕也 キムコ ユンソナ
それ以外にも、ガス橋の麓で、たむろってた川猫全員の時が止まった
映画館で観た、ジャッキーチェンのプロジェクトAの比ではない
完全に皆んなの時が止まり、アンソンがスローモーションで落ちてくる
やっぱり、俺達のアタマは
喧嘩が強いだけじゃ駄目だ
仲間の為に、死ぬ覚悟がある奴じゃないと
俺達は、ついていかない
全員の時が止まっていたが
全員が同じ事を感じた瞬間
ドッボーン!
多摩川に水飛沫が舞った
「・・・・」
「よっしゃあぁー!」
豚美の叫び声で、皆が現実に戻る
豚美と京子が急いで、アンソンが落ちた場所にボートを漕ぐ
「ぶっはー!」
アンソンが浮かび上がり、顔を出すと、マグロの様に腰を掴み、豚美と京子が二人がかりで、ボートに引き揚げようとする
「ひっいぃー」
(´༎ຶོρ༎ຶོ`)(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
アンソンが鼻水を流しながら、豚美と京子にしがみつき泣き叫ぶ
二人ががりで、ボートに引き上げると
「おおぉぉ〜おかーちゃん!」
「大丈夫だっ、お前の勝ちだ!」
豚美に向かって泣き叫ぶアンソンを、持ってきた矢沢のビーチタオルで頭を拭いてやりながら豚美が言った
アンソンを乗せた、手漕ぎボートが河原に着くと、歓声が起こり、皆んなが集まる
「やったで!ホンマに飛びよった!」
「凄ぇーよっ!アンソン」
「早く焚火に!」
豊子が焚火の近くにアンソンを引っ張ると、皆んながアンソンと焚火を取り囲んだ
「しし死ぬかと、おお思いままたたた」
(´༎ຶོρ༎ຶོ`)(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
びしょ濡れのアンソンが、震えながら言うと
取り囲んだ、輪の中からキムコとユンソナが表れ、騒いでいた皆んなが、静かになった、
しゃがみ込んでいた、アンソンはヨロヨロと立ち上がり、ユンソナの前に行き
「お前の事が、好きだ・・」
「・・・・」
アンソンが告ると、ユンソナは無言でズブ濡れのアンソンを抱きしめ
ガス橋の麓に、大歓声が沸き起こり
例年より、一ヶ月も早い初雪が
ヒラリ、と冬の華のように、多摩川に舞い落ちた