ヘルプ
すべて
- みんカラ内 -
商品
ブログ
愛車紹介
パーツレビュー
整備手帳
フォトギャラリー
クルマレビュー
Q&A
おすすめスポット
グループ
ユーザー
メーカー
フォトアルバム
アルバム写真
- カービュー内 -
カタログ
ニュース
インプレッション
■ナビゲーション
車・自動車SNSみんカラ
>
Takuro
>
掲示板
The Long And Winding 道路
ブログ
愛車紹介
フォトアルバム
ラップタイム
▼メニュー
プロフィール
ヒストリー
イベントカレンダー
クルマレビュー
まとめ
おすすめスポット
ブログ用画像
リンク用画像の掲示板です。
1975年のF1グランプリ
[
Takuro
] 2011/05/01 22:41:08
モナコGPのニキ・ラウダ。
Loewsヘアピンの1コマ。
予選は、ポールポジション。
ニキ・ラウダ
[
Takuro
] 2011/05/01 22:42:31
この年のモナコGP、ポールtoウィンで飾ったニキ・ラウダ。
1975年のチャンピオン。
合理的で理性的、入念で感情を排した決定を下すことができたニキ・ラウダはアッという間に1970年代を代表する「考えるドライバー」として頭角を表した。
エマーソン・フィッティパルディ
[
Takuro
] 2011/05/01 22:43:45
1972年に23歳で(当時の)最年少のワールドチャンピオンとなった。
マクラーレンで、彼はそのドライビングスタイルにますます磨きをかけ、申し分のない正確さでM23を走らせると、それはまるでレールの上を走っているかのように見えたほどだった。1974年に再びチャンピオンに輝き、この(1975)年にはフェラーリのニキ・ラウダに次いでランキング2位となる活躍をみせた。
ジェームス・ハント
[
Takuro
] 2011/05/01 22:45:02
F1といえど、ニュルブルクリンクの(今で言う)オールドコースではラリーカーのように宙に浮くことに。
この年のオランダGPで、フェラーリのニキ・ラウダを一騎打ちの末に破って優勝している。ランキングは、4位。
ヘスケス・チームで名を上げ、著しい成長を遂げたハントは、翌1976年、マクラーレン・チームでエマーソン・フィッティパルディの後釜に座った。
そして、タイトルを獲得。
カルロス・パーチェ
[
Takuro
] 2011/05/01 22:46:18
スウェーデンGPのトップ争い。ロイテマンが2位、ラウダが優勝。ハントとパーチェは、リタイヤ。
この年、カルロス・パーチェは、母国の人々が見守る中、インテルラゴスのレースで優勝した。
バーニー・エクレストンのブラバムBT44という小型車を駆った"モコ"パーチェは、同じサンパウロ出身のエマーソン・フィッティパルディのマクラーレンに真っ向から勝負を挑み、打倒したのだった。
ジョディ・シェクター
[
Takuro
] 2011/05/01 22:47:27
その少なすぎる経験に関わらず、生意気なこの南アフリカ人は初期の頃は恐ろしいほどのスピードで走り、観戦していた人々は、半分目を覆いながらレースの展開を見守ったぐらいだ。
1974年には、やっと落ち着いて、ケン・ティレルとともに3シーズンを過ごすこととなった。
この(1975)年、母国「南アフリカGP」で優勝している。そして、古めかしい Tyrell 007 で、ランキング7位。
翌年、6輪のTyrellで大活躍。
ロニー・ピーターソン
[
Takuro
] 2011/05/01 22:48:49
1973年にロータス・チーム入り。
チームメイトのエマーソン・フィッティパルディと同じ高性能のタイプ72を駆る彼を、世界中の人々は息をのんで見つめた・・・
期待を裏切られた人は一人もいなかった。彼の車のコントロールはスリル満点でチャップマンの作品は出場した全てのレースのあらゆるコースをグリップの限界ギリギリのところで走りまわった。
彼はその後2年間、1975年までロータスにとどまるが、チームの戦闘力が下がると、彼の積極的なドライビング・スタイルはますます気違いじみていくことに。
このモナコでは、4位。ランキングは13位に終わった。
ヘルプ
・・
利用規約
・・
サイトマップ
© LY Corporation