父は外車嫌いだ。
日本人では生み出せない卓越したデザイン性や合理性を認めつつも,外車に乗る日本人が嫌いなのだ。
戦後の日本を生き抜いてきた父は,御多分に洩れず苦労の積み重ねで今の地位を築いた。
そんな父からすると「外車=成金趣味」が平成の世になっても拭(ぬぐ)い切れないでいる。
ところが,そんな父の愛車はベンツである。
一見矛盾した話だが渋々ハンドルを握るに至ったのには理由があった。
それは苦労を共にし,如何なる時でも父を支えてきた母の忠言だった。
母は自分にも他人にも厳しい性格の持ち主だが,こと父に対しては何故こんなにも慈愛に満ちているのかと周囲を呆れさせるほどだ。
運転が下手な父は,今まで幾度となくクルマが廃車になるぐらいの事故を起こしてきた。
父の身体を第一に考える母にとって世界一安全なクルマに乗せるのが長年の夢で,たまたまその該当車がベンツだったというのが最大にして唯一の理由である。
しかし,母はこの本音を私にすら打ち明けようとしない。
「人生であと何台運転できるか分からないからベンツぐらい乗せてあげたかったのよ」と照れを隠す。
私はそんな母が健気に思え,2代目となるベンツが納車された折に最初の時の逸話を彼女に漏らした。
すると「素敵なお母さんね。妻にしか分からない気持ちだわ。あたしもあなたをポルシェに乗せてあげたいな」
母を褒められて妙に嬉しかったが,よく分からなかったのが最後のくだり。
なぜポルシェなのか?
安全面で言えば同じくベンツで構わないはずだが,スポーツカー好きの私に対し「スポーツカー=ポルシェ」といったイメージから出た他愛のない言葉だったのだろう。
その時は特に気にも留めず,正直言って受け流していた。
ところがどうしたことであろうか?
それから彼女と別れ,会うことも話すことも儘ならぬ状況に置かれると,記憶を辿り彼女の些細な言葉さえ探してしまう自分がいた。
そうした言葉を一度探し当てたが最後。もう頭にこびり付き離れなくなってしまう。
それからの私は,妥協を許さぬ設計哲学とクルマ造りはポルシェの右に出る者なし!世界最高峰の自動車メーカーと言ったらやっぱポルシェ!セカンドカーを持つならポルシェ!
自己暗示というのは恐ろしいもので,好きでもなかったスタイリングさえ愛おしく目に写るようになっていた。
そして今日,注文から半年以上待って私の元にポルシェが納車された。
当然のことだが,私は欲しくもない外車を手に入れるほど金持ちではない。
しかし,やはり蛙の子は蛙。父と同様で,それ以上に彼女が望んだクルマという動機で大きな買物をした。
もちろんナンバーは「I LOVE YOU」(8と3と1参照)だ。
叶うことなら彼女を助手席に乗せ,風を感じて何処までも駆けて行けたら,どんなに愉しいことだったろうか…

Posted at 2022/10/08 15:29:15 | |
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