東日本大震災から今日で12年。
あの日の私はまだ小学4年生。
校舎は軋んで音を立て、机の脚をしっかりと持っていないと弾き飛ばされそうになるほどの激震。目の前に落ちてきたのはほんの数時間前の昼休みに2つの給水タンクを満タンにして、重さ10キロはあろうかという大型の加湿器。あと数センチズレていたら、おそらく私の命はありませんでした。
あの揺れの中で、まだ10歳にもなっていなかった自分が本能的に死を覚悟したことは今でも鮮明に覚えています。
幸い、我が家や沿岸の久慈市にある母の実家に被害は無かったものの、震災前年に新築したばかりのオール電化住宅の我が家は、3日間に及んだ停電で苦労しました。
また、その後も4月頃まで続いた燃料不足によって移動やその他生活上での苦労は絶えませんでした。
あれから12年の月日が経った今。
我が家では昨年、父が新型ノアを購入しました。
「ノアにハイブリッドの四駆が出たら絶対にそれにしたい」
現在では我が愛車となった70ノアの購入から半年も経たないうちに、ノアがフルモデルチェンジをしてハイブリッドが追加されたときから、父がそんなことをふと呟くこともありました。
燃費の良さによる日々の経済性の良さと、雪国で暮らしの足として使っていることが一番の要因だというのは言うまでもなかったのですが、もしかしたら、震災の翌年から復活させた趣味の釣りで沿岸に出入りすることが増え、あの津波の惨状の跡を目にしたり、震災で燃料不足に悩まされた経験もどこかに活きていたのかな、という思いがあります。
オマケに我が家の新型ノアは、アクセサリーコンセントが標準装備。いざというときには電源もしっかり確保できるのです。
「天気が悪くなったり、夜になって太陽光発電が使えなくなっても、いざとなれば父ちゃんのノアの給電機能があるからそれも使おうか」
思えば震災当時、停電の中でも太陽光発電システムの給電機能を使って携帯電話の充電や給湯・炊飯をして何とか暮らしを繋いだ経験がありました。
でも、夜になれば発電できなくなるので、お湯を沸かせるのも携帯電話の充電ができるのも、ご飯を炊けるのも日没まで。テーブルタップを入れ代わり立ち代わりで使っていました。
でも、新型ノアの給電機能があれば、日没までの勝負で焦ることなく、気持ちにいくらか余裕を持って電気を使える。それが何よりも我が家の大きな安心に繋がっているのです。
そして、燃費の良さ。あの時に痛いほど燃料不足の大変さを身を以て実感しただけに、電気も使えて燃費もいいノアは、我が家の移動手段だけでなく、災害時の強い味方にもなってくれる、まさに鬼に金棒の愛車なのです。

photo:我が家の新型ノア
撮影は2022年8月、久慈市の諏訪緑地公園にて
そして、そんな鬼に金棒な新型ノアが我が家にやって来る5年ほど前。
まだ私が高校2年生だった時の夏休み。
生徒会の代表として福島で開かれたハイスクールサミットに参加し、避難所生活体験として体育館での寝泊まりを経験しました。
その体験を基に夏休みの家庭科の宿題で、避難生活について考えてみました。
やはり、避難生活の中では車中泊も考えることが出てくるもの。
「実際に我が家で車中泊を余儀なくされたら…」と考えたとき、この型のノアのシートアレンジの多彩さが役立つのではないか、と、ふと考えました。
言われてみれば回転対座ができる7人乗りは恐らく、この70後期がラスト…。
「意外と使わないまま終わった」という声も多いようですが、きっといざというときには簡易的にでも家族が集まれる即席のリビングとして活躍してくれる、秘めたる心強いアレンジなのかな、と思うようになったのもあの時です。

photo:高2の夏休みの家庭科の宿題より、車中泊のページ
言われてみれば、我が愛車の70ノアは既に10万キロ超え。
昨年、父から譲り受けてからはまだトータルで1000キロ走ったか走らないかぐらい。
その10万キロを稼いだ多くには、父が釣りのために沿岸と内陸を行き来してきた距離があります。
沿岸をドライブしながら、釣りをしたり、その魚を味わったり、沿岸の道の駅で食事をしてお土産を買って休憩したり。
復興に向けて歩みだした沿岸の街、そして、三陸の海を、この70ノアもきっと陰ながら支えていたのだと思います。
震災から12年が経つ今日を機に、改めて震災とノアについてもう一度考えてみました。
いざという時には、家族の暮らしを支えて繋いで守ってくれる。復興に向けて頑張っている人たちを応援することができるドライブに連れて行ってくれる。そんなことを想ったとき、我が家の、そして、自分の愛車がノアで良かったと改めて感じます。
Posted at 2023/03/11 18:27:09 | |
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