『出合い』
2001年9月、爽やかな秋晴れ
僕 長男Y(当時14歳) 次男K(当時10歳)の3人で
O川上流にてフライフィッシングを楽しんでいた
川沿いにある営林署の専用林道を2時間程歩いて入るその場所は
一日釣りをしても他の人に会うことはなく、ザイルが必要なほど難しい遡行を必要としない
精密なキャスティングなど必要なく、子供でも釣れる程素直な鱒たち・・・
長男が先頭に立ち、後ろからは僕がポイントをガイドして次男に釣らせながら遡行していた
「・・・・」
先行していた長男Yが神妙な面持ちで岩の上に立っている
どうしたのだろう?と思う間もなく かすかな動物の香り
長男の視線の先を見ると・・・
巨大な黒い物体が藪を掻き分けて対岸に降り立とうとしている
人間では絶対に歩くことができないような垂直に近いところを平然と降りてくる
ツキノワグマ・・・北海道のヒグマに次ぐ「森の王者」
林道も近く、営林署の車が時々走っている 時として釣り人が通るこの場所で・・・
「どうしよう?」声が出せない
「こっちに戻れ」と 目で合図する
Yも急激な動作は危険と思っているのか 怖気づいているのかゆっくり後ずさり
その距離数メートル・・・
激流の場所で我々が風下な事が幸いしていた
視力の弱い熊は嗅覚 聴覚で物事を判断する
水の流れが激しく 風下であることは数秒の猶予を僕たちに与えてくれた
Yが距離を稼いでから猛ダッシュで逃げることに成功
逃げてきたといっても 奴との距離は10mはないだろう 野外ではかなり近くに感じる
後ろは崖になっており我々に逃げる場所はない
奴は僕たちの存在に気付いたように首をゆっくり左右に振りつつ確実にこちらの様子を伺っている
奴がゆらりと立ち上がった・・・でかい!
山釣りをしているため文献やネットで熊について調べてはいた
一般的にツキノワグマの成獣は体長130cm程度 体重100kg程度と言われている
しかし眼前にいる「奴」はゆうに150cm以上 Yの身長よりやや低い程度
全身漆黒の体毛に白い首輪模様
腕は異常に太く その先にある爪は僕の指くらい太い
首らしきものはなく体に直接巨大な頭が載っている
眼球は真黒でどこを見ているのかわからない
頭上に無数の蠅らしき昆虫が飛び回り きつい「動物園」の匂い・・・
あまりの迫力に声が出せない
まともに戦って勝てる見込みは限りなく0%に近いと確信した
YとKを岩陰に逃がしてその前に仁王立ちをして睨む
目だけで手頃な流木を探す 近くに振り回せそうな「木刀」がある
山に入る時に必ず持参する屈強なBuckのフォールディングナイフを取出して刃を起こす
逃げられないならば徹底抗戦あるのみとハラをくくる
緊張のあまり心拍数が急上昇するさまが手にとるように感じられるが
絶対に弱味を見せず ただただ睨み続ける・・・
数十秒が経過した後に奴が背中を向けて 四つ足で もと来た道を帰り始める
悠然と歩くその後姿に威厳を感じつつ しかし動くこともできず見送る
運が良かった・・・完全に消えた後でヘナヘナと座り子供たちの無事を確認した
親の心情とは不思議なもので
恐怖心をも飲み込んで 何とかして子供を守ろうと必死になるようだ
僕たちは神に感謝しつつ「王者」に敬意を払って渓を後にした
『再会』
2002年8月 僕は「王者」の出没地点を大きく迂回してフライフィッシングをしていた
その時は単独釣行 まずまずの釣果に満足しつつ大物の陰を追っていた時に
視界の隅に異様な気配を感じる 同時に例の匂い
岸際の笹が揺れて またしても「奴」が現れた
去年とまったく同じ状況 同じ風体 間違いなく「奴」だ
距離は5mくらいしかなく 呼吸まで聞こえる
奴は戸惑うようにゆっくり近付いてくる
「もう駄目だ」と観念しつつも去年と同様に対抗手段を考え ただただ見据える
しかし奴は僕を確認した後くるりと背を向けて帰って行った・・・また助かった
帰りに出会った杣人(山仕事の人)に尋ねると
奴によく出会うらしいが被害は特にないようで周辺数kmを縄張りにしているようである
性格が温厚で相当賢いらしく 杣人の顔を覚えているらしい
僕は王者の聖域に踏み込んだことを心の中で詫び 許されたことに感謝した
『2009年9月 接近』
今期最後のフライフィッシングに単独釣行
数年前の遭遇を考えO川の一本隣の渓に降りた
数km離れているので大丈夫だろう
型は小さく いじめ抜かれた鱒たちは神経質だがポツポツ釣れてくる
周囲に神経を張り巡らせて釣りを楽しむ
初秋の景色を楽しみながら休憩
ふと周囲を見渡すと巨大な真新しい糞があり
周辺に人間の足跡・・・いや 人間サイズの足跡には爪跡がある
足跡が垂直に近い急斜面に続き 木の枝がへし折られている 紛れもなく熊だ
とたんに心拍数が急上昇し 辺りをそっと伺う
物音ひとつなく あの匂いは感じられないが
物陰から見られている気がしてうかつに身動きできなくなる
ゆっくりゆっくりと移動し 出来るだけ開けた場所を目指して・・・
やっとの思いで林道に這い上がり またしても助かったことを感謝した
『マタギに教えを請う』
奥志賀方面にマタギの子孫が存命されていると聞き 数年前に伺ったことがある
・熊は小心 聡明 平和主義で人間を恐れるが
テリトリーを命懸けで守り いざとなれば勇猛果敢に挑んでくる
鉄砲に噛付かれざま引金を引いたこともあるという
・テリトリーは広範囲 10km四方にも及ぶこともある
・狡猾な一面もあり 狙った獲物に異常な執着心があり 手に入れるまで何度も奇襲する
人の味を知ると 危険を冒して何度でも襲う
・火炎はまったく恐れず 爆竹の音なども慣れると平然とする
・一度手負いになると人間に憎しみを持ち トコトン攻撃をしてくる・・・
要するに手が付けられない猛獣と考えてよいとのことであった
対策としては
・山菜採りではバッタリ出会うことが多く 驚いて興奮し 襲いかかってくるので
こちらの存在をあらかじめ知らせてやる(鈴 笛など)
・枝の折れ具合 樹木の傷 暗い藪 糞 足跡 匂い ガサゴソ音 うなり声・・・
常にこれらを注意して 感じるものがあればその場を離れる
・子熊を見かけたらゆっくり距離を離してから逃げる かわいい子熊に絶対に近付かない
・遭遇した場合はいきなり逃げない 充分に睨みつけて強さをアピールして熊にあきらめさせる
弱味を見せるとトコトン追いかけられ 絶対に振り切れない
・お菓子など注意をひくものを置き 逃げるチャンスをつくる
・最後は徹底抗戦 絶対にあきらめず断固として闘う 負傷するが かなりの確率で助かる
どうしてもテリトリーに入る場合 ナタ 大型ナイフを「生き延びる武器」として持参する
・鼻面が弱点 ここを執拗に攻撃する
‐‐‐最後に‐‐‐
先日の熊とのニアミス 乗鞍の熊騒動を考えて
僕の体験 エキスパートの教えなどを挙げてみました。
これからの後楽シーズンに山に足を運ばれる方や
山を登られる方に少しでも参考になれば幸いです。
三毛別事件などをご存知の方もいらっしゃると思いますが
充分にご注意のうえ素晴らしい山河を満喫されることを願っています。