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JR120XEのブログ一覧

2011年01月31日 イイね!

元禄赤穂事件と47人目の義士

元禄赤穂事件と47人目の義士12月14・15日近くになると

テレビなどでも放送される「忠臣蔵」

元赤穂藩の浪士が高家旗本・吉良上野介義央の
屋敷に押し入り主君の仇を取る有名な話です

当時は、旧暦なので、実際に討ち入りが行なわれたのは
現在だと、1月30日の午後~31日に入っての未明午前4時頃
江戸時代の慣習では日の出の明け六つ鐘(1月31日では6時45分頃)を
1日の区切りとしたので、当時の日付としては「14日(30日)の斬り込み」
となります。

映画やテレビではこの時雪が降っていますが、
実際は冷え込みが厳しかったが満月のほぼ快晴
だったと記録されているので、今年のような天候だったんですね

さて、赤穂事件の後、切腹したのは四十六名なのですが
普通、赤穂四十七士と言いますよね

そうなんです、切腹した人数は一人足りない?

その人物は、泉岳寺へ向かう途中に同士と別れて生き残った
「寺坂吉右衛門信行」
現在公開されている映画「最後の忠臣蔵」
で主佐藤浩市氏が演じにわかに注目を集めている
四十七人目の赤穂義士です。
その生き残った彼の墓が、実は仙台にあるんですね

その場所は、仙台市泉区市名坂にある「実相寺」
(宮城県仙台市泉区市名坂字実相寺1)





何故に、遠く離れた仙台なのでしょう?
説明によると、足軽身分であった寺坂吉右衛門は
討ち入り本懐の報告をする為に、同士と別れ
その後、幕府に自首するも許され、仏門に入り
理海坊を名乗り、亡き主君や同士の御霊を弔いながら
諸国を行脚し、1742年に亡くなった
最後の地が仙台だったそうです

ただ寺坂吉右衛門信行の墓は、他にも
・東京都港区西麻布・曹渓寺
・長崎県五島列島久賀(ひさか)島・恵剣寺
・鹿児島県出水市
・福岡県八女市・一念寺
・島根県益田市
・静岡県西伊豆町・慈眼寺
7箇所もあり何故このようなことになっているのかは不明ですが


一説によると当時仙台藩は赤穂藩に技術者を派遣して塩田技術を学んだ
とされ、また討ち入り後に泉岳寺へ向かう際に仙台藩の屋敷前で軽い
食事を取ったとされています、何らかの交流があったのでしょうか

謎です・・・

ということで、忠臣蔵と言えばこのテーマでしょうか



Posted at 2011/01/31 22:27:42 | コメント(2) | トラックバック(0) | 雑感 | 日記
2011年01月30日 イイね!

またまた、詳細に調べていただきました♪

またまた、詳細に調べていただきました♪いつも、様々な車両のデータを
調べて、UPしてくれる 「E33ASNGS」さんが

またまた、詳細なデータをUPしてくださいました
今回は、『FFジェミニ』 『ピアッツア』 『117クーペ』
です。

こんなに詳しく調べていただいて
ほんとに感謝です

ありがとうございました<(_ _)>









この記事は、旧車の生存台数&生存率公開!(その17、いすゞ3車種一気公開!)について書いています。
Posted at 2011/01/30 02:47:12 | コメント(2) | トラックバック(0) | いすゞ車 | クルマ
2011年01月29日 イイね!

つけ麺の有名店に行ってきました~

つけ麺の有名店に行ってきました~寒い日が、続いてますね~

こうなってくると、ラーメンを
食べたくなります。

昨年、仙台にやってきた

元祖つけ麺のお店へ行ってきました♪

詳細はこちら↓

https://minkara.carview.co.jp/userid/360315/spot/556095/

普通盛りの注文でしたが、かなりのボリューム
サイドメニューの餃子も大きくて、満足でした~♪

ということで、矢野顕子の「ラーメン食べたい 」です








Posted at 2011/01/30 00:39:19 | コメント(3) | トラックバック(0) | 食べ物 | グルメ/料理
2011年01月28日 イイね!

赤い「ムスタング」を作ってみようか・・・と考えた

赤い「ムスタング」を作ってみようか・・・と考えたジャンクキットで、購入した
ハセガワ1/32のP-51D ムスタングが届きました。
中途半端に製作放棄された物です。

まだ手をつけていない、キットが
あるにもかかわらず何故?なのですが

無性に画像の使用が作りたくなり
失敗してもいいかな、なんて感じで
ジャンク品に手が行ったしまった次第です

さて、この画像のムスタングですが
当方が子供の頃に売っていた
グンゼレベル1/72のボックスアートでして
ある意味かなり有名なものです。
少ない予算で、キット購入する時のポイントが、
ボックスアートのかっこよさでした。
その頃、目に止まったのが
この目にも鮮やかな赤いムスタング

第八空軍のエース、エドワード・ギラー少佐の
機体なのですが、実は本来赤の部分は
オリーブドラブなのです。考証ミスってやつですね



しかし、実際の史実などあまり知らない
少年は、当時、やはり戦勝国の飛行機は
派手でかっちょいいな~なんて勝手に
解釈して、このカラーのかっこよさが
脳内にリスペクトされた訳です。

実際の機体を忠実に再現するのとは
また一味ちがい、お気楽モードでの
作成は、ちょっと、難しそうなスケールモデルも
ストレスを溜めずに楽しんで良い発散になりそうです♪

ということで、これもストレス発散にはいいかもしれません

Journeyで「Separate Ways 」


Posted at 2011/01/29 00:01:52 | コメント(4) | トラックバック(0) | プラモデル | 趣味
2011年01月27日 イイね!

ロッキード P-38 ライトニングの初飛行と「テールフィン」

ロッキード P-38 ライトニングの初飛行と「テールフィン」双発・双胴の個性的な形で知られる
ロッキード「P-38 ライトニング」
の初飛行は、1939年1月27日

1930年代、各国の戦闘機よりも装備で劣っていた
アメリカ陸軍の開発要請によって誕生した
単座・高々度防空用の迎撃戦闘機です。

第二次世界大戦当初は、開発の目的とは違う
戦地に送り込まれ、低高度性能が低いP-38は
格闘戦に持ち込めば・・・
「容易に撃墜できる=ペロリと食えるP-38(=Pろ8)」から
「ペロハチ」などと、日本軍パイロットにありがたくない
ニックネームをつけられましたが、P-38の持ち味である
高速・重武装を生かした一撃離脱戦法に徹した戦い方で
速度で圧倒的に劣る日本機を寄せ付けない強さを発揮し
て「双胴の悪魔」と称されるようになりました。

P-38は昭和18年(1943年)4月18日、
ブーゲンビル島上空で前線視察のため訪れていた当時の
日本海軍連合艦隊司令長官山本五十六大将が
搭乗していた一式陸攻の撃墜に成功しているので
特に日本人の記憶に残った戦闘機かもしれません。

『星の王子さま』で知られるサン=テグジュペリが、
行方不明になった任務で用いていたのはP-38の派生型
非武装の偵察型・F-5です。

さて、1950年~60年代に掛けて、
米国車に数多く見られる「テールフィン」と呼ばれるデザイン、
第二次世界大戦の戦勝国である米国は豊かな経済力を背景に、
大型で派手なデザインのクルマとなり、当時の米国デザインを象徴が、
テールフィンでした。



●1953年 キャデラックシリーズ60スペシャル

このデザインはGMのデザイン部門の責任者である、
「ハリー・アルー」がこの個性的なP-38の二枚の尾翼に触発され
具体化させたもので、、他の米国車や欧州車に影響を与えて行きます。



●1956年 フェラーリ 250GT T.d.F.

ということで、50年代のアメリカと言えば、ロックンロール

Jerry Lee Lewis の「Great Balls of Fire 」

Posted at 2011/01/27 22:50:47 | コメント(1) | トラックバック(0) | 飛行機 | 趣味

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「竹内まりやさんへの河合奈保子さんの祝福メッセージ http://cvw.jp/b/360315/42231256/
何シテル?   11/25 22:44
現在 117クーペ(PA95N)とOPEL CALIBRA16V  Piazza /NERO 2代目( JT221型)と生活しております。 残念ながら現...
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