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頑固一徹カズですのブログ一覧

2012年04月08日 イイね!

東日本大震災の写真集

東日本大震災の写真集 友人でもあるカメラマンの初沢亜利氏の被災地の写真集が発刊されました。氏はGTR好きのプロカメラマン。お父様とはナビ時代によく一緒に仕事しましたが、息子さんの初沢亜利氏はかなりの社会派。昨年の震災の翌日3月12日に現地に行き、取材したそうです。

 その作品はゲンロク誌で一年間連載していましたが、今回新たに写真集『True Feelings』(爪痕の真情)が発刊されたのです。表紙の桜は見事な美しさですが、それとは対象的に悲しい現実も描写されています。真実報道と芸術性がラッピングされた初沢亜利氏の写真集は3月11が日本の復活の日であることを訴えているのだと私は感じました。お勧めの写真集です。

問い合わせ先:三栄書房 受注センター 
TEL 03-5357-8802(平日10:00〜17:00)

Posted at 2012/04/08 09:34:04 | トラックバック(0) | 感動シリーズ | 日記
2012年04月06日 イイね!

インフラ整備は自分達で!

インフラ整備は自分達で!「インフラの老朽化 3/31のNHK特集」とてもいい番組でした。みんなで正面から向き合わないといけないと思います。自動車専門家もそろそろ社会整備について考えましょう。クルマを使い易くするにはエネルギー・道路&駐車場がないとね。インフラを考えないとクルマ社会は持続可能ではないのです。

■財源の確保
高度成長期に一斉につくられた道路、橋、水道などのインフラの老朽化が深刻化し、インフラを作れば必ず必要となる維持・更新費・・2040年には16兆円必要との見積、今後新しいインフラをひとつも作らなくても、今あるインフラの維持さえ出来なくなるかも知れない。インフラの問題が日本の将来にどのように影響及ぼすのか、膨大な費用をどうするのか住民にも選択が迫られている。

自分達の地域の将来を見据えた対策にいち早く取り組んでいる地域のキーワードは「住民参加型」であると強く感じました。住民の負担も増えるが、自分達で納得して決断し実行することにより、地域に適したより実用的(無駄を省いた)な環境つくりが早期に実現する。その為には住民への情報提供をおこない明確な目標を示す。時間をかけて充分な意見交換により将来の目標を住民と一緒に選択する。住民参加(税など金銭的負担も含む)により即行動して成果が見えるようにする。そうすることにより成果、または問題点や修正など明確になり、参加住民の励みともなる。住民参加により郷土愛も芽生えてくる。行政に住民の力を活かしていく、そのようなプロセスが重要なのだと思いました。

・通行規制されている橋は全国で1300箇所
・インフラ維持・更新費用 年間9兆円必要

■首都高速道路
開通から50年の首都高、1日100万台が利用する大動脈  全長300km
建設当初の予測を上回る交通量が劣化を早めている
道路の割れ目からしたたる雨水で鉄骨が腐食し、繰り返される振動・・疲労亀裂
修維持補修費用・・年間600億円  補修が追いつかず未補修・・9万6000箇所

首都高 橋本圭一社長・・首都圏の大インフラであり社会的に影響が大きい道路なので長い間 利用出来ることにもつながってくるので行政も含めてみんなで向き合う問題であると思う。

■水道
水道 60万km その1/4が耐用年数超える 京都市 水道管交換費用は1500億円
財源不足の中でどのようにして費用を捻出するかメドが立っていない。

■物理的な崩壊に向かうのか、借金をして財政的な崩壊に向かうのか
1990年バブル崩壊後新規建設がおこなわれた道路上下水道の他に、景気対策としてつくられた施設やホールなど箱物も多い、総務庁発表の調査ではインフラ更新料の半分は箱物にかかる。バブル後 景気対策として必要があってやったわけではない、国からの指導があり、半分補助金で補填できると言うことで借金をして整備してきた。当時将来を心配していなかったわけではない、景気が良くなれば税制でまかなえると考えていた。

静岡県浜松市
現在は建物・土地の売却を積極的に進めている・・しかし公共施設などの売却については住民からの反対もあり(体育館など子ども達や地域活動の場が無くなるという理由)悩ましいところである。住民の要望が有れば老朽化した施設の建て替えや莫大な補修費用がかかる。

■人口減少に伴い無人化の地域が増える
日本の人口 2010年 1億2800万人   
      2050年    9700万人  △3100万人の減少

インフラ投資の地域を集中的に=コンパクト化して集中して住民に住んでもらう
○被災地=高台でのコンパクト化
○富山市=5年前からコンパクト化し住民を集めるための積極的な投資を行っている
・市が4億円以上補助 都心部に超高層マンション110戸建設(低家賃)
 ・購入者には最大で50万円支給
 ・路面電車19億円で整備
市長:まだ体力のあるうちに拡散型の町つくりを止めてコンパクトにしていくアプローチは避けて通れない。その地域から外れた住民(高齢者など先祖から引き継いだ住み慣れた土地を離れたくない人達)にどのように納得してもらうかが課題

■住民参加型
○ アメリカ ヤングスタウン=中心部のオフィス街の整備を集中的に行ってきた=新企業の進出が続き新たな雇用がうまれている。
7年前の計画どおり大胆なインフラ削減を進めている。
人口が著しく減少した地域は建物の取り壊しを行い、道路の整備も行っていない。未だ住民が居る周辺は最低限の整備でいずれは人の住まない緑地にする計画。
住民との対話と参加感で納得感を生み出す・・住民との話し合いに費やした費用は30万ドル以上・・7500人以上の住民の意見をとりいれた。

○福島県合図若松市 2年前水道事業を民間に委託=浄水場の運営、水道管維持管理、水道料徴収=年間1億4700万円削減→水道管の交換、浄水場の建てかえ費用100億円以上を捻出を目標
情報公開して住民に説明・・住民の一番の関心は「水質の安全性」であったことがわかった。

○長野県下條村(伊藤喜平村長)=住民を巻き込むことでインフラ問題を解決している(人口4000人)
休みの日に住民が集まる=生活道路を住民が補正している=コンクリートなどの資材は村が提供するが、機材、労働力は住民が行うため人件費はゼロ、業者発注の1/5の予算で実現。
村長の働き=生活道路の舗装を求める住民に対し、厳しい財政状況を詳しく説明した。自分達でやれば多くの道路を整備出来ると数値に表して説得。
行政は正しい情報を住民に知らせ お互いに目的意識、危機感を持ってお互いに頑張る みんなで知恵を出して地域作りをしましょう。「それは行政の仕事」と抵抗感のある人もいたが、汗を流すことは村のためにも自分達のためにもなるという意識が自然に芽生えていった。
住民:道を造るのは自分達のため、自分達でやれば思い立てば直ぐにできるのが一番有り難い。
長野県下條村の下水処理にもあらわれている。
生活排水をバクテリアの働きで分解する、合併処理浄化槽を下水処理の代わりに一軒ずつ整備している。設置や検査にかかる費用は住民も一部負担する。流す物にも気をつかい面倒はかかるが住民は納得している。「検査に来てくれた人が、とても綺麗に使っている」と言ってくれるのが嬉しいと住民のお婆ちゃんがコメントしていました。

村が浄化槽の検討を始めた当時、国は補助金をつけて下水道の整備を推奨していた。
浄化槽 補助金3億円 村の負担1億5000
下水道 補助金29億円 村の負担12億7000
村は、この情報を住民に公開し身の丈にあった浄化槽を設置したいと説明した。
村はこの様にしてうみだした財源を地域の発展に向けたインフラにあてている。家賃を安く抑えた住宅=若い家族が移り住むようになり、出生率2.2倍 村に新たな活力を生んでいる。
村長:その地域のオリジナルな方法はかならずある、地域も今度は責任をもたなければいけなくなるが、運用も楽になり画一的な考えではなくその地域にあった独自な使い方でいい物が出来る。6割の合意が得られれば行動に移すことが重要行動に移せば成果が目に見えてくる。


  



Posted at 2012/04/06 17:20:52 | トラックバック(1) | 持続可能なモビリティ | 日記
2012年04月06日 イイね!

安全シリーズ エアバッグの巻〜

安全シリーズ エアバッグの巻〜安全シリーズ エアバッグの巻〜
4)エアバッグの作動メカニズム

 エアバッグの目的はシートベルトだけでは防ぎきれないような衝撃にたいして乗員の傷害値を低減することである。実際の事故調査の結果、シートベルトをしている人の損傷がエアバッグのおかげでさらに軽度の損傷になってきたというのである。それではエアバッグの作動メカニズムはどのようなものなのだろうか。
 エアバッグは衝突の状態に応じて展開するようにコンピューターで制御されている。一昔前は機械式センサーも存在していた。
 またセンサーは衝突時に破壊されては信頼性に関わるのでクルマの室内のセンターコンソールのあたりに置かれていたが、最近はサテライトセンサーと呼ばれるものが出現し、衝突の激しさを検出するようにフロント前端部に左右に置き、室内中央に置かれたセンサーと合わせて合計三つのセンサーを使うクルマもある。
 国産車ではスバルレガシーとトヨタの一部の車種がこの方式を採用しており、エアバッグの点火タイミングをより正確にセンシングしている。今後アメリカで必要となるスマートエアバッグでは、さらに衝突の激しさまで検知し、段階的にエアバッグを展開する技術も確立されてきている。
 エアバッグに関してはパイオニア的な存在であるホンダはいち早くアメリカのスマートエアバッグを商品化した。コンピュターのアルゴリズムを工夫し、またセンサーに早く衝撃を伝えるボディ特性を持っている。さて、実際衝突が生じると一般的には0.01秒でコンピューターはエアバッグを展開させるかどうか考え始めるといわれている。
 メルセデスの場合は衝突の衝撃が2Gを越えると、これをゼロポイントとしてアルゴリズムが作動開始する。衝突後ハードなクラッシュではそれから約0.015秒でエアバッグが展開する。つまり15ミリセコンドでエアバッグは開き始めるのだ。一方ソフトな衝突(オフセット率10%前後で、お互いのフロントフェンダーが衝突したような場合)では、0.025秒位で展開する場合もある。加速度に対してそのデータを微分したり、あるいは積分したりしながらコンピューターは最適な点火タイミングを判定するのだ。

 自動車メーカーはエアバッグのセンサーの開発に細心の注意を払っている。なぜならセンシングを誤ると誤爆や失爆が起きてしまうからだ。それでもその信頼性には一抹の不安が残るだろう。なぜならエアバッグは絶対に開いてはいけない時もあるが、絶対に開かなければいけないな時もあるからだ。開くか開かないかを決めることは非常に難しいだろう。ところでエアバッグといってもその展開速度やタイミングは各社まちまちである。というのはボディとシートベルトの特性によってエアバッグに求める機能が異なるからである。10~40ミリセコンドという短時間でエアバッグを開かせるせるには、ベルトによる乗員の拘束性能とボディ特性に深く関係しているのである。
 さてエアバッグの中身はどのように構成されているのだろうか。エアバッグは内部にガス発生剤(アジ化ナトリウム、窒素とナトリウムの化合物)がペレット状(粒)もしくはドーナツ形の個体で入っており、センサーから衝突による展開指示がでると酸化剤と反応し、窒素ガスが膨張する仕組みになっている。この量で展開する大きさや膨張速度が決まる。アジ化ナトリウムは世界的に普及したガス発生剤であるが、日本の自動車工業会では自主的に代替を考えてきた。また解体時の問題もあり、97年より各メーカー統一のコネクターを開発し、一括動作処理を可能とした。最近は顔面の加害性を低減するために、エアバッグの中央部が窪んだ形状のエアバッグも考案されている。実際にエアバッグが展開すると少なくとも顔には擦過傷が残る。エアバッグの爆発力はかなり大きい。ベルトとボディだけでは防げないような激しい衝突、あるいはベルトを装着しない乗員も助けるためのエアバッグ(米国のみ)は衝突事故の最後のサバイバル技術なのである。
Posted at 2012/04/06 15:40:22 | トラックバック(0) | クルマの安全 | 日記
2012年04月05日 イイね!

安全シリーズ エアバッグの巻〜3

安全シリーズ エアバッグの巻〜3その3)シートベルトを締めてこそエアバッグ

 アメリカがクルマの安全性を強く意識するようになった1980年代に、消費者団体からNHTSA(道路交通安全局)にたいして法規制を早く整備するようなロビー活動が起きた。そこで1984年には衝突安全基準「FMVSS208条」では乗員の傷害値に関する法律が全米の三分の二にあたる州で制定されたのである。その結果、コンクリートの壁に正面から時速30マイル(48Km/h)で衝突したとき乗員の傷害値が制定されたのである。これは日本の保安基準(1994年制定)と同じであり、その内容はHIC(Head Injury Criteria 頭部傷害値)が1000以下、また胸部の衝撃は60G以下でなければならないとされている。
 このような規定を生体工学として研究してきたのはデトロイト市にあるミシガンのウェイン州立大学。ここでは長い間、GMと共に死体を使った実験を行い、人間を模擬したダミー人形を完成させたのである。その実験結果はNHTSAに提出され、その基準が採択されたのである。
 1984年にFMVSS208条が制定されと、エアバッグだけでなくパッシブベルトという自動的に3点式ベルトが締まる装置が考案された。当時はエアバッグの信頼性に不安があったので、GMやフォードはパッシブベルトで対応した。この時、経営的に窮地に立たされていたアイア・コッカCEO率いるクライスラーがエアバッグを採用し、クライスラーのクルマは売れに売れた。クライスラーはエアバッグのおかげで息を吹き返したのである。
 この当時のアメリカではシートベルトの装着率は30%台と低く、残りの70%のベルト非装着の乗員の死亡者数が問題となった。エアバッグをいち早く普及させたクライスラーは208条で規定されたベルト非装着者の安全性を確保するために、大きなエアバッグを開発しが。これがアメリカにおけるエアバッグの加害性の問題の根源なのである。しかしベルトをしない乗員の安全性を守るというのはいかにもアメリカ的な発想である。エアバッグは本来SRS(補助拘束装置)すなわちシートベルトの補助装置と理解するのが正しいが、アメリカではベルト非装着者の安全性を確保しなければならない。208条は悪法ともいわれ国際的な矛盾となっている。
 ところでアメリカ自動車技術会(SAE)の論文によれば、エアバッグのみの救命効果は18%に過ぎず、 一方シートベルトだけでは42%の効果がある。さらにシートベルトとエアバッグ併用では46%までに達するという。エアバッグはサッカーボールくらい硬さの物体が時速160Km/h前後で展開するので、ドライバーは前屈みになりすぎず、助手席同乗者はシートの先端に浅く腰かけず、またインストルメントパネルに顔や手足を近づけすぎないように注意する。

つづく
Posted at 2012/04/05 00:17:31 | トラックバック(0) | クルマの安全 | 日記
2012年04月02日 イイね!

エアバッグのすべて〜その2

エアバッグのすべて〜その22) エアバッグはいったいどこから来たのだろうか

 ブログやフェイスブックに多くのレスありがとうございました。血がついたエアバッグの写真は昨年8月東北・岩手県で実際に遭遇した交通事故です。事故直後に通りかかったのでレスキューすることになりましたが、乗用車(ウイングロード)とトラックの正面衝突でした。雨でハンドルを取られた乗用車が対向車線にでて、トラックと約70%オフセットの衝突。お年寄り二人が乗っていましたがベルトを装着していたおかげで重傷ですんだと思います。
 詳しくは2011年カーグラフィック11月号(10月1日売り)の連載でレポートしましたので、バックナンバーをお読みください。日欧ではエアバッグは「ベルトだけでは防げないような激しい衝突から乗員の傷害を低減するもの」と考えられているので、その意味ではトラックと正面衝突で二人のお年寄りが生還できたのは、クルマの衝突保護性能、ベルト&エアバッグの拘束装置の効果が発揮したと思います。しかし、エアバッグに血がつくほど顔面がステアリングホイールに強打したわけで、そこから推測すると「エアバッグの展開タイミングが適正だったのか」と疑問に思いました。あらゆる事故でも最適なタイミングで開くエアバッグが必要ですが、そのアルゴリズムはどうやって開発されているのだろうか。その場合、エアバッグのセンサーはあらゆる事故形態に最適に機能しているのだろうか。この事故から学ぶべきことは沢山あったのです。

 さて弟二回目のエアバッグシリーズに話しを戻すと、衝突安全に効果的なエアバッグは現在のクルマにはほとんど標準で装備されるようになった。見た目にもエアバッグがいかに効果的か理解できるが、ダイムラーの衝突安全の責任者であったインゴ・カリーナ氏(現在はダイムラーを離職している)はかつてこうボクに述べていた。「エアバッグはステアリングについているのです。衝撃でステアリングが上を向いてしまったら役に立ちませんね。安全にとって重要なことはシートベルトとボディなのです」
 なるほど、エアバッグはシートベルトの助装置として有効な手段であるが、基本となるのはあくまでもボディとベルトであると主張している。しかしより高速の衝突ではボディとベルトだけでは限界があるのは事実である。死亡に直結するような激しい衝突ではエアバッグはきわめて効果的であることは紛れもない事実である。

1970年代、アメリカのNHTSA(高速道路交通安全局)のダグ・トムス長官はESV(Experimental Safety Vehicle)という計画を打ち立て、世界中の自動車メーカーを巻き込んで安全なクルマを作るように号令をかけた。このESVは自動車の安全技術開発に拍車をかけ、トヨタ・メルセデス・GMが競ってエアバッグの開発を加速させたことは容易に想像できる。このような背景のもと、1974年にGMが、エアクッションという商品名でキャデラックに搭載したのでがエアバッグの歴史の始まりであった。

 時間をさらに10年ほど戻すと、1960年代は自動車黄金の時代を迎えていたアメリカでは、その一方で交通事故の死者が5万人をこえる悲劇を抱えていた。アメリカの消費者運動家ラルフ・ネィダーは自身の著書「Unsafe at Any Speed 」 (いかなるスピードでも危険、1966年)の中で、クルマの安全問題を取り上げていた。この本がアメリカ人のクルマに対する安全を意識づける大きなきっかけとなっていったことは間違いない。
 そこで、これをうけた第89連邦議会では「1966年国家交通並びに自動車安全法」(National Traffic and Vehicle Safety Act of 1966)を成立させ、その推進部署として現在の高速道路交通安全局(National Highway Traffic Safety Administration, NHTSA)が設立されたのである。
 この安全法案に基づいて連邦自動車安全基準(Federal Motor Vehicle Safety Standard、FMVSS)が制定され、乗員保護法としてはエアバッグやオートマチックシートベルトといった受動的拘束装置(パッシブレストレイン)の義務化と乗員の傷害値基準が議論された。この法案は関係各所の激しいロビー活動によって成立、廃止の紆余曲折を経ながら1984年に正式に208条として制定されたのである。
 その一方で、1972年には自動車安全情報NCAP(New Car Assessment Program)が成立しユーザーに新車の安全情報が提供されたのである。日本は衝突安全の法制化はアメリカに遅れること10年、1994年に衝突安全を保安基準に取り込み、情報公開ではなんと24年遅れて、1996年に初めて実施されたのである。
 アメリカで自動車ビジネスを成功させたホンダは1970年にエアバッグの開発に着手、1982年京都で開催されたESVの国際会議ではアコードにエアバッグを付けて出展し、ライバルメーカーを驚かせた。またトヨタでは1960年代後半にはガスバッグという名前でこの種の研究が行われていた。エアバッグで先陣を切ったかに思えたGMはその後エアバッグ開発に消極的になっていった。この裏にはおそらくエアバッグの加害性を技術的にクリアする事が困難であったにちがいない。またPL訴訟を抱えるアメリカではエアバッグ加害性は即PL訴訟の対象となったのである。

 つづく〜
Posted at 2012/04/02 10:42:36 | トラックバック(0) | クルマの安全 | クルマ
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