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頑固一徹カズですのブログ一覧

2012年07月31日 イイね!

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その7

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その7
四駆は曲がらない?

~~~~~前回のレビュー~~~~~~~~~~~~~~
加藤 エンブレムまで作っちゃうんだもん。
伊藤 まずは見方から騙さないとね。GTRのエンブレムを実物で見せたのは、発表の何ヶ月か前に、ディーラーの店主とか社長とかに見せる場でした。ディーラーを呼んで説明会を開きましたが、車種のところはGTX。クルマだけGTRのバッチが付いてる。
加藤 もう時効なので、現物おみせしようと
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

清水 四駆のスポーツカーの操縦性に苦労していましたね、最後まで曲がらなかった?
加藤 はぁ
伊藤 時間がなかったですね。四駆に決めたのが1987年ですから。四駆でやろうと思ったのですが、ミッションの設計部隊ができませんって言った。量産は初めてだしね。
清水 相当困りましたね
伊藤 とにかく耐久性が問題というなら、まずそれを確認しようとなりました。一応四駆で話を進めるけど、もしダメだという結果がでたら元に戻す。だからやれと「ゴー」をかけたのです。
清水 凄いチャンレンジですね
伊藤 死にものぐるいでした。そのときに同じような機構を持つ電子制御の多板クラッチがポルシェ959でパリダカとルマンに出場したのです。ポルシェも多板クラッチの耐久性で苦労しているというのは知っていた。こっちはもしダメならビスカスを使おうと思いました。そのためにスペースを25㎜くらい確保していました。
清水 センターデフに?
伊藤 そうです。だから市販車にもスペースが空いている。
加藤 関係者しかしらない秘密。
清水 保険かけた。
加藤 要はビスカスが隆盛を極めていた時代で、その時代と逆行するように、電気と油圧を使い重たいも乗せて、一体何のメリットがあるんだという人が社内にもいたのです。
清水 敵ですね。タイヤだバネだショックだというアナログのシャシー性能から一気にデジタルの世界に突入していったのですがセットアップはどうやって成し遂げたのですか。
加藤 全部自分でやるしかない。相談相手がいないしね。自分を信じるしかなかった。
清水 電子制御の操舵と駆動。ぐちゃぐちゃになりそうですね。
加藤 自分は最初からグチャグチャですから(笑)。エンジニアみたいに時間をかけてマトリクスを埋めていくのだったらいいのですが。
清水 勘でやっていたの?
加藤 そうですよ、時間もないし。そこは自分しか信じるものがなかった。伊藤さんも必死でしたからね。
清水 加藤さんが最後に悩んだところはどこなんですか?
加藤 リヤがステアして動いたのがわかる人がいると言われました。「オレにもわからないのにシロートがわかるかのかよ」って腹では思ったのですが、これを言われたらオレの負けだなって。自分も電子制御が効いている感じがわかるのは大嫌いですから。
清水 7thスカイラインのハイキャスは明らかにわかったよ。
加藤 アレはおれがやってませんから(笑)
清水 それをわからせないように自然なコーナリングを目指した?
加藤 そうです。ところが時間がなくて、カウンターあてる領域は見ていなかったのです。そしたら、試乗会のときに清水さんがドリフトして走っていてカウンターあてるとお茶目な動きするぞって言われました。
清水 雑誌NAVIに書きましたね。「死に馬に蹴っ飛ばされ感じだ」と。
加藤 参りましたね。
清水 先輩もいない、手本もない、論文もない、まったく新しい領域の技術だったので孤独でしたね。
加藤 はい。四駆のABSも初めて。忘れもしない、村山のバンクに入るときに、入り口で探るじゃないですかブレーキを。そしたら、そのままバンクを登っちゃったのですよ。ABSがバカになっちゃって。それを言ってもエンジニアが信じない。彼らのアタマの中にそんなことはあり得ないわけです。つまり全開のまま左足でブレーキを踏むと言うロジックがないわけですよ。それが四駆なわけで、余計にアタマがこんがらがる。「だったらおまえがヤレ」ってなりました。
清水 そこまでチャレンジした当時のモチベーションは?負けたくないという気持ちですか。
伊藤 そうですねゴールまでは責任を果たさないといけないという責任感です。
清水 ゴールとは欧州車と肩を並べるということですね。
伊藤 いや、抜くということ。だって90年に世界一って言ってしまったからはね。
Posted at 2012/07/31 07:31:50 | トラックバック(0) | 感動シリーズ | 日記
2012年07月23日 イイね!

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その6

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その6

~~~~~前回のレビュー~~~~~~~~
伊藤 エンジニアに直せっていっても直さないのです。なんやかんやと理屈を言って。
清水 当時の日産のエンジニアは理屈をこねる人が多かった記憶があります。
伊藤 結構いますね。そのエンジニアを怒っていたのです。相手の意見をチャント聞いておかないとね。
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設計部門と評価部門の意思疎通がスムーズに

伊藤 プリンスのときはホンネで議論していました。論争するときには職位の関係はなかったのです。部長だろうが課長だろうが新入社員だろうが。それは、中島飛行機の時代の精神が残っていたのですね。戦闘機はホントにいいものを採用しないと国が滅びるのですから。
清水 富士重工もそうですね。生きるか死ぬか、堕ちるか落とすか。
伊藤 そう言う風に叩き込まれていたからプリンスの血を受け継ぐ村山では技能員みたいな身分はなかった。日産でびっくりしたのは身分差があったのです。シャシー設計なのに課長と直接話をしたことありませんなんて。
清水 ホントにいいものとは何かってことでしょう。
伊藤 そう。それは本音でやる。社内の試乗会は嫌いなのだけどね。ぼくはいいけど、重役試乗会で「何々重役がこうおっしゃったとか」。僕はそんなの放っておけと言いましたよ。ドライバーが一番だと。そういう仕事をやらないと、R32みたいのはできない。
清水 なんでエンジニアをそういう風に教育しちゃうんでしょうかね。
伊藤 だから日産も1985年に久米さんが社長になって、社内を変えようといったときに、「~さん」と呼ぶことにしました。部長とか課長と呼ぶのをやめて。ぼくはもともとプリンス出身だったので、課長部長なんて言ったことない。だからやめましょうと。それくらいフラットな組織にして本音でやらないといけないと思いました。
清水 そこがポイントかもしれないですね。
伊藤 たとえばデザイナーもプライドが高いから、自分がやったデザインに文句を言われると素人が何言うのかって。だけどエンジン屋だって、実験屋だって、お客さんなのだから口を出していい。「自分がそう思ったら意見を言え」とみんなに言わせたのです。他の仕事に対して口だししろとね。エンジンなんて、こんなヘボイエンジンから、せっかく良い足を作ってもダメだとかね。こんなにエンジンが良くてもシャシーがコレじゃダメだとか。他人のところに土足で入って言い合いしました。
清水 いままではそんなことなかったですよね。やっぱり真剣に開発していたのですね。

R32の実験評価、雰囲気とか

加藤 やりたいようにやらせてもらったと思います。評価要素をたくさん描かされたという思い出はありますね。ポルシェ959、アウディスポーツクワトロ・グループB、10数年前に1000万円以上のクルマだらけ。あとはプジョー205ターボ16、ポルシェ944ターボは数知れず、ベンツは190の2.3リッター16。後はなにがあったかな?なんでも載せてもらったのです。ポルシェ911もあったしね。R32の開発にあたって、なんでも買ってくれた。959とかクワトロ、プジョーに乗れとね。「こいつら何を考えているのだろうか」と思ったことは覚えています。ポルシェ924、944,ドリフトやれと言われて、他の連中はみんなできない。こんなにやりやすいクルマないだろうって言ったら、お前見どころあるからきて運転しろとね。みんなはスピンする。オレはこんなにやりやすいクルマはないと思いました。結果は、バカ者扱いされてチームに呼ばれたのです。
清水 サスが全部変わってしかも四駆システムを装備して。
加藤 「これはタイヘンだなと」と。伊藤さんはオンロード四駆というイメージは持ってなかったですからね。生活四駆のちょっとスポーツ版くらいかな。それにしてもタイヘンだと。このクルマがGTRだなんて発表会まで知らなかった。写真なかったので、自分はGTXの開発担当者だと思っていました。
清水 GTRって知らされてなかったの?
加藤 はい。R32のハンドルって結構印象的なカタチで真ん中にGTRって描いてあるでしょ。オレが乗っていたテストカーはGTXって描いてあったのです。GTのトップモデルだけどGTRじゃないよとね。
清水 でもね、伊藤さん、なんで隠していたの?
伊藤 GTRっていうと、みんな興奮しちゃうから。いろんな情報も漏れたりするから最初からGTRは使わないつもりでした。
清水 GTXの「X」で「R」を隠したのですね。スバルのインプレッサと同じだ。WRXの「X」でWRCを隠したそうです。頭隠して尻隠さずw。
加藤 エンブレムまで作っちゃうんだもん。
伊藤 まずは見方から騙さないとね。GTRのエンブレムを実物で見せたのは、発表の何ヶ月か前に、ディーラーの店主とか社長とかに見せる場でした。ディーラーを呼んで説明会を開きましたが、車種のところはGTX。クルマだけGTRのバッチが付いている。
加藤 もう時効なので、現物お店しようと思ったのですけれど、出てこないんですよ。
Posted at 2012/07/23 13:27:55 | トラックバック(0) | 感動シリーズ | 日記
2012年07月18日 イイね!

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その5


R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その5

~~~~~前回のレビュー~~~~~~~~
伊藤 メカタイプは基盤技術の開発でしたね。
清水 電子制御四駆と四輪操舵のハイキャスしかもマルチリンクサスペンション
伊藤 そうです。
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新しいサスの開発をGO!

伊藤 それはR32の企画をするときに、絶対にサスは変えると決めていました。スカイラインの前はFF車を担当していましたが、CG(カーグラフィック)の小林さんから「ところで最近の日産は技術で遅れてきたんじゃないですか?」と言われたのです。当時は7thスカラインはフロントがストラットタイプで、リアはセミトレでした。
清水 トヨタとかホンダが新しいサスを開発しているけど、日産はいまだにストラットのセミトレで進化していない。
伊藤 清水さんにも言われましたね。走りはスカイラインで頑張っているよと。
清水 7thは頑張っていないですけど(笑)
伊藤 それがアタマにあったのです。ストラット+セミトレは70年台にでた3代目スカイラインのGC10から使っていました。
清水 他社も新しいサスをやっていたしね。
伊藤 僕もシャシー屋だから興味があったのです。だからサスは全部やる。四輪ダブルウィッシュボーンで。最初はマルチリンクじゃなかったですけど、途中からマルチリンクになりました。
清水 中央研究所で先行開発していましたね。
伊藤 リアのマルチリンクですね。実際に実用化したのはR32の前のローレルからでした。
清水 200Km/hの世界を考えると、セミトレはいろいろ問題があったのですね。
伊藤 とにかくリアのスタビリティを確保することを重視していました。たまたまベンツのリヤサスペンションにE型マルチリンクが採用されました。日産もコレだ!と思ってやったのです。リアはマルチリンク、フロントも同じようにマルチリンクにすると私が決めたのです。
清水 前も後のサスも新しくする。時間も3年しかない。その間に煮詰めると決心しましたのですね。失敗をおそれずに挑戦したわけですか。
伊藤 ぼくもいろんなクルマやらせてもらいましたけれど、途中からのリリーフが多かった。R32で先発完投は初めて。最初の企画から最後まで責任持ってあたりました。
加藤(評価ドライバー)伊藤さんが主管というのは安心感がありましたが、設計のエンジニアからはかなりおっかない方だったと思います。と言っていました。
清水 R32開発のときには伊藤さんは加藤さんにどういう指示をだしたのですか?
加藤 「オレはわかんないからお前の好きなようにしろと」。そう言われたらヤルしかないですよね。一番クルマに乗らない主管だったかもしれません(笑)
伊藤 アンタがいないときに乗っていたんだよ(笑)
加藤 私の前では絶対に乗らなかったですね(笑)
伊藤 日産はクルマの開発では組織の壁が強いのです。いわゆる部署間の壁というヤツですね。「あんたにそんなこと言われる筋合いはない」とか「ウチの部署の方針はこうだ」とか。実務的には実験部の中にでもドライバーがテストをし、それをエンジニアが聞いてから、私に報告する。
清水 ドライバーのとなりにチーママがいるのですね。
伊藤 ややこしいですね。伝言ゲームみたいに途中で意見が変わったり、ドライバーの意見がそのまま通らなかったり、ドライバーが何か言ってもエンジニアがオレの計算と違うと。
清水 設計エンジニアの色に染まるわけですね。
伊藤 そこで、栃木でエンジニアを集めて言ったのは、ドライバーの声は神の声だと思って聞けと。
清水 さすがです。
伊藤 エンジニアが自分の独断みたいなことでヘンなことでオレに報告するなと。必死にテストしているのは結局ドライバーですから。それまでははっきり言ってドライバーの発言力が弱かったのです。
加藤 というか厚木(設計部門)に呼ばれることがあまりなかったですね。厚木に行く機会が増えたのはR32からです。
清水 直接設計部門と何を話すようになったのですか?
加藤 評点は10段階なのでわかるでしょう。でも、コメントになってくるとエンジニアが通訳しないとわからない。ケツが流れたとか、リアの追従性が悪いとか、まあわかったような、分からないような言葉の伝言ゲームとなってしまいます。それが積み重なってくると、いつの間にか何がどうなっているのか、分からなくなりますね。伊藤さんはそれをキラってドラバーの話しを直接聞け!と設計部門に仰ってくれたのです。
伊藤 エンジニアに直せっていっても、直さないのです。なんやかんやと理屈を言って。
清水 当時の日産のエンジニアは理屈をこねる人が多かった記憶があります。
伊藤 結構いますね。そのエンジニアを怒っていたのです。相手の意見をチャント聞いておかないとね。
Posted at 2012/07/18 01:32:58 | トラックバック(0) | 感動シリーズ | 日記
2012年07月09日 イイね!

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その4

R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その4

~~~~~前回のレビュー~~~~~~~~
清水 ところであのGTRはいつごろ提案したのですか?
伊藤 86年の経営会議で提案する前に、開発担当役員にGTR構想を打ち明けたのです。技術の日産のイメージを高める象徴が必要だと。
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清水 GTRの話しが出てくると「それはプリンスの車」だという社内の差別はなかったのですか
伊藤 ぼくはプリンスの人間だからひがみもあるけれど完全にゼロだったわけではないですね。
清水 当時のトップは園田副社長?
伊藤 そうです。園田さんは話しを聞いてくれました。GTRはここで出さないといけない。技術の日産のイメージを強烈に打ち出さないと。
清水 かつての連勝記録をもう一度、グループAで実行しようと。
伊藤 レースで高性能や日産の技術をPRしましょうと。そのときにGTRを提案するんだけれど、R32に高性能エンジンを積んで走る。レースでは四駆を積むつもりはなかったのです。
清水 650馬力でFRですか。フォードのコスワースと同じ(自分も乗っていた)。
伊藤 なぜかというと、個人的には四駆はイメージになかった。なぜかというと、重くなる、値段が高くなる。またレースで四駆が勝った実績があまりない。故障する場所が多くなるし。
清水 それだけネガティブな要素をリストアップしたが、かなり腰がひける。採用しない十分な理由でしたね。では電子制御ETSを伊藤さんに売り込んだのは誰だったのですか?
清水 中央研究所(総合研究所)だけど、その前のモデル(GTSR)でもグループAのレースをやっていいというお墨付きをもらってあるので、せっかくだから勉強も兼ねて四駆を急遽作ったのです。だから役員会にも承認受けないでね。GTSRのレース用を設計してくれと頼んだらシャシーとかエンジンとかから断られました。「そんなヒマなんてない、なぜ会社が苦しい時期にレースをやるのか。レースはR32でやるんだから32でいいじゃないかと」というんで困っちゃいました。
清水 ぼくはフォードコスワースでグループAに乗っていて、亜久里(鈴木)がGTSRに乗っていましたね。四駆にしようというきっかけは?
伊藤 結局、四駆にしたのは、GTSRでシエラに対抗しようとすると、パワーを上げる。パワーを上げていくと、アクセルを踏めなくなる。じゃあどうしようかで。タイヤはこれ以上、レギュレーションで大きくできない。じゃあ四駆しかないかなぁという三段論法で四駆に行きつきました。

清水 レースで勝つために四駆になったのか?
伊藤 まあそうですね。市販車だけならFRになっていた?
伊藤 いやね、どうなのですかね?ぼくの考えは違うかもしれないけど、レースは二駆、市販車は四駆でいいかもしれないと考えていましたから。清水 一般の人が乗るGTカーは安全性や全天候を考慮して四駆。それでポルシェ959を買って評価していたのですね。
伊藤 迷っていました。一方で、レースはサーキットは四駆じゃないといけない。これ以上馬力あげるのは難しいという意見もありました。
清水 栃木にぼくも連れて行かれて、スキッドパッドでプロトタイプをテストドライブしました。

伊藤 実は市販車の研究開発の段階ではR31で四駆をやるはずだった。ファーガソンタイプのメカニカル四駆です。マイナーチェンジでやることを進めていた。
清水 センターデフをオイルパンの中に入れる、ベンツの4マチックと同じやつ?FRベースで!
伊藤 そうです。四駆はすぐできた。
清水 それでR32ではセンターデフを油圧電子制御にしたのですね。
伊藤 そうです。ところが、R31を出してみなさんに叩かれて、スカイラインの四駆はこれでいいのかと見直したのです。それでスカイラインとしては電子制御がふさわしいと思いました。
伊藤 メカタイプは基盤技術の開発でしたね。
清水 電子制御四駆と四輪操舵のハイキャス、しかもマルチリンクサスペンションといよいよウェポンが揃い始めていたのですね。
伊藤 そうです。
Posted at 2012/07/09 16:09:56 | トラックバック(0) | 感動シリーズ | 日記
2012年07月05日 イイね!

R32GTRチーフエンジニア伊藤さんとインタビュー その3

R32GTRチーフエンジニア伊藤さんとインタビュー その3R32GTRチーフエンジニアの伊藤さんとインタビュー その3

〜〜前回のレビュー〜〜
清水 そこに901活動があった。
伊藤 世界一をやろうと
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

伊藤 R32の企画を提案したのは86年の2月ですが、会社として合意したのが86年の7月。経営会議のトップで決まりました。
清水 大きな会社なので提案から決定まで半年もかかるのですね。当時、ポティアックフィエロ(スポーツカー)の取材でGM本社を訪れましたが、GM広報は自分のレターが会長のデスクに届くまでに何週間もかかると苦笑していました。
伊藤 そこで次期型スカイラインはこうやって作って、スペックはこう、原価はこう、収益はこれくらい、販売はこれくらいを目標にと提案しました。経営会議で最終的に承認されますが、そこにいたる過程が大変なのです。多くの社内部署の合意を得ないといけません。その前にもっと大切なことはプロジェクトチームの合意を得ないと。
清水 でもみんなの意見を聞いたらまとまらない(笑)。
伊藤 はい。ですから僕がたたき台を出して、こういうスカイライン作るから「この指止まれ!」という作戦でした。そんなコンセプトはダメっていう人もいます。ボクは直さないといけないのは直して、直さなくていいのは直さない。殺し文句として社内で言ったのは「クルマはいっぱいある。しかし、どれ買っていいか困っちゃうでしょ。オレはこういうのが欲しいんだからこのクルマを選ぶってってパッと言えない。ですから存在価値のあるクルマを作らないといけない」と思いました。
清水 人間もおなじですね。アイツは勉強もそこそこできるし人付き合い下手ではない。だけどパッとしないのがいますよね。特徴がないヤツ。あいつは勉強がダメだけどサッカーやらせたら世界一とか。数学が得意、国語は苦手だとか。あいつは勉強だめだけど女の子にはもてるとか。
伊藤 そうなのです。野球の王さんにはホームランを期待している。いくら3割打っても、盗塁してもホームラン打てなかったら存在価値がない。スカイラインは走ってナンボだから、走らないスカイラインは存在価値がない。ある役員からはこんなターゲットを絞ったコンセプトでは年寄りは寄りつかないぞと脅かされました(笑)
清水 ところでR32はヒットしたのですか?
伊藤 結構売れましたね。マイチェン後にバブルが弾けてセダン全体が落ち込みましたがそこまではヨカッタ。スカイラインの販売も、ジャパンのときが絶頂で、モデル毎に10万台ずつ落ちたのです。累計ではジャパンが53万台、R30が40万、R31が30万台を切りましたが、R32は31万ちょっと。販売が低迷していた歯止めになりました。
清水 いちいち説明しなくてもわかるような存在価値がカギだったわけですね。
伊藤 86年の暮れに若手ジャーナリストを集めて意見を聞いたことがありました。スカイラインに何を期待しますかと。みなさんからの意見を元にして、自分が考えるスカラインがホントに正しいのか。
清水 色々な人に、ですか?
伊藤 スカイラインが大嫌いな人達から女性の意見、また、高校生やクルマ好きのおじさん。のべ600人くらいに聞きました。
清水 そこでスカイラインに対して何を望むのか、ですね。
伊藤 こういうスカイラインはどうかとR32の考えをちらちらと出しながら聞きました。その結果は、自分が考えた方向で間違いないと確信したのです。
清水 ところであのGTRはいつごろ提案したのですか?
伊藤 86年の経営会議で提案する前に、開発担当役員にGTR構想を打ち明けたのです。技術の日産のイメージを高める象徴が必要だと。

つづく
Posted at 2012/07/05 19:16:02 | トラックバック(0) | 感動シリーズ | 日記
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