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昔書いたミニ小説でも。
年賀状で打診した情報をもとに!
同窓会でもどうでしょう。

当然、メールアドレスや、個人情報の公開は無し。
懐かしの井戸端広場で。

サバより。
夜空を眺めていた。
眠らない都会の中、夜空は明るく星はよく見えなかった。
マンションの150階の一室からの眺めは絶景と言うより恐怖を感じる。
天の星々の代わりに地上の人工の光の海原が広がっていた。
この高さになると、地平線が丸く見えるのである。
他のビルがマッチ棒のようだった。
地上より空のほうが近く感じる。ここでは地上の喧騒が嘘のようだ。
街の雑音はここまで届かず、ただ風が吹き抜ける音と
時折車のクラクションの音が微かに聞こえる程度だった。
マンション最上階の部屋のバルコニーに幸子は
肘をかけ、夜景を見つめていた。

「ふう。。。」
「疲れた…わ。」
髪を掻き揚げる仕草は同姓から見ても目を奪われるように決まっていた。
しかし、自然な仕草なので嫌味は微塵もない。
腰近くまである黒髪は長く癖は無い。
幸子は仕事で今日ニューヨークから戻ってきたばかりだった。
時差ぼけは慣れているが、今回はうまく調整できないでいた。

「まったく、昨日のプレゼンテーションは何よ!」
「ニューヨークまで飛んだのに」
「契約寸前の計画が、っっぱあぁ!じゃないの!」
「判ってるの?武!」

ヒステリー気味に白い肌を紅潮させていた。

バルコニーから振り向きながら幸子はピアスを投げつけた。
ピアスはソファーに座っていた武の手前2メーターにポトリと落ちた。
「まあ、そんなにカッカすんなよ。せっかくの夜景が台無しだぜ」
缶ビールを片手に笑っている

「まあ、今回はおじゃんだったけど、そんな日もあるわな」
「気にしないよ---に」

「なに言ってるのよ!この計画に何社の運命が掛かっていたのか
知ってるでしょ?中には自殺未遂起こした、担当も出てるのよ」
「武が二日酔いなんかでプレゼンするから…あんなところでもどすなんて…。」
思い出した幸子は、半泣きでその場に座りこんだ。

ぐびぐびと、1缶飲み干しカラの缶をテーブルに置き2本目の缶ビールを
持ち、立ち上がった。
座っていると小さく見えたが、立ち上がると長身なのがわかる。
足がかなり長い。すらりとした体型は見事に均整がとれていた。
顔は際立って整っている訳ではないが、何か不思議な魅力があった。

「まあ、そんなに落ち込むなよ。プレゼン内容は良い出来だったんだ。
事実、あのアト数社からのオファーが入ったらしいし。」
「今回のは報酬金は無かったけどな。」
「早く忘れて、次にそなえようよ。これからだよ幸子。なあ」
「一杯やるかい?」
そう言って、缶ビールを差し出した。
「いらないわよ!!」
武の差し出した缶ビールを払いのけた。
「あっ!」
缶ビールはしばらく空中に静止したように感じたが、ふっとバルコニーの
外の闇に消えていった。

「やべぇ!」
バルコニーに走り寄り下を見下ろすが、そこには闇があるだけである。
「え?落ちたの?」
「あ、ああ、落ちた。150階からな…」
缶ビールといえども地上500mからの落下である。
人に当たれば間違いなく死ぬであろう。

「下に行って来る」
上着を羽織り部屋に設置されている専用高速エレベーターに乗りこんだ。
「え??き、気をつけて」
鼻を赤くし混乱している幸子は言った。

幸子は立ち上がり部屋を何気なく見渡した。
この最上階の部屋は2人で数々の企業に
プレゼンを行いその成功報酬で購入した、いわゆる血と汗の結晶である。
企業が2人に依頼するのは成功率がたかいからだ。
商品説明を用意するのは企業で、そこにプラスαの言葉を
付け加えて発表する。
商品がいいのはもちろんだが、それに付け加えて、2人の言葉に
何か魅力があるからである。
言霊と言うのであろうか、プレゼンが完璧なのも、もちろんだが相手企業・
客先から商品についての質問や、疑問、文句が出ないのが特徴であった。
中にはトンでもない商品の契約にも成功している。が、それは後で
企業間で裁判沙汰になっているが、2人にはもう関係無い事である…。

2人は結婚している訳ではない。
5年前に出会った時、付き合った事もあるが武の酒癖の悪さに
幸子は1週間で冷めてしまい今に至っている。武はちょっかい出す度に
幸子にうまく避けられて、今では自分でも解らなくなっていた。
仕事上のパートナーとして暮らしている関係だけでスッタモンダは無かった。

エレベータが下から上がり始めた。
武が戻ってくるようだ。
落ち着いた幸子は投げたピアスを拾い付け直した。

「ポーン」エレベーターが到着した。
ドアが開く。

「どうだった?」小走りに駆け寄ろうとした幸子の足が止まった。
武の後ろに3人の男が乗っていた。

「もう1人いたんだがね、、お嬢さん。重量オーバーだってんで
置いてきたんですわ」
妙に派手なセーターを着ている男が言った。
首が短い、いや、筋肉の上に脂肪がついているので、頭が体に
埋まってるように見える。
服とは不釣合いの姿だったがそのアンバランスが怖さをかもし出している。
一目で一般人と違う様相をしていた。

「いや~ねぇ、お嬢さん、車で通りかかったらねぇ、いきなり
ボンネットにドカンと当たってねぇ、それでブシュ-ッと弾けたんですわ。
そりゃ、どっかの組の弾かとおもいましてねぇ」

「そのままスピンで、交通情報の掲示板にどかん!」
派手な仕草で両手をあげた。左の中指から小指が、、無い。

「…武、ほんとなの?」
「あ、ああ、そうらしい。」
「ら、らしいってどう言うことなの」
「下に着いたら落下物が車に当たったって、…。」
「それで信じたの?そんな車道まで届くほど強く飛んでいないはずよ」
「説明したらそうだって…缶だって」
「説明なんかなんでするのよ!?」

「まあまあ、そんなに言い合わなくても。」
一見普通の人のような紳士風の男が言った。
「我々もとくに怪我をした訳ではないし」
ステッキをコツコツとフローリングの床に突きたてた。

「…判ったわ、、払います。幾ら必要なの?」
幸子は小切手帳を取り出し、ペンを握った。
この種の輩は早期解決しないと後々面倒になることは解り切っていた。
しょぼくれている武を横目に交渉をしようとした。

「まあ、待ってください。私は貴方達にたかるつもりはありません」
「下の表札を見たんですが貴方方企業系のプレゼンテーション
専門の会社を経営してるのですよね?」
「…」幸子は黙って紳士風の男の目を凝視した。
ここで、はいそうですと答えるのが得策か、
この男が何を考えているのか理解出来ないでいた。

「【アルファオメガさざんくろす社】と言えば有名ですからね。」
「数多くの企業への商品の売りこみ、プレゼンテーションを専門に行い、
一級品の商品を高額で契約を結んだり、ガラクタ同然の商品を
言葉巧みに法律ギリギリの販売法を駆使し、契約を成功させている」
「ある意味、我々に近いものを感じるのですが、いかがでしょう?」

「い、いいえ!貴方方ヤクザ者とは何の共通点もありません!」
「私達は企業が提示した商品を解りやすくユーザーや販売会社に説明
し契約するのが仕事であってピンはねや賭博とは無縁の仕事です!」
幸子は言った後にゾッとしていた。
もう1人の男が背負っていたバックからドスを取り出していたからだ。
無言のままそのドスをスッテキを持った男に渡した。

「おい」無表情にステッキの男が言った。
「ちっ」ちらりと幸子を見て舌を鳴らしたセーターの男が空缶の置いてある
テーブルに左手を置いた。
「運転していたのはこいつなんですよ、幸子さん」
ステッキを男に渡し、上着をソファに掛け、セーターの男に寄った。

「私共は何事もケジメで動いてるんですよ」
「成功か失敗か、YESかNOか。」
「デジタルみたいなものです。0か1かしかないのですよ」
「こいつは私を目的地に連れていく事が出来なかった」
「どんな理由であれ、、失敗したのですよ」
くっと音がし、ドスが鞘から引き抜かれた。

「ひっ」幸子が言った。
武は声も出せずに立ち尽くした。膝が笑っていることに気づいていない。

この世のものとは思えない美しいライン現れた。
片側に刃つけがされていた。
まるで濡れて輝いているようである。刃紋がうねって照明が反射して
宝石のようであった。
しかし、恐ろしい輝きであった。見たものを萎縮させるほどの
威圧感が幸子と武を襲った。
見ているだけで皮膚がパックリと裂けてしまいそうであった。

抜き身のドスをセーターの男に渡した。
「な、何する気なの?」
咽でつかえていた言葉をひり出して言った。

「なに、ここでこいつにケジメを着けさせるんですよ」
「何、ひと指し指の第一関節だけです。手としては使えますよ」
「…やれ。」ステッキの男が冷淡に言った。

「止めて!!どうしたいのよ!?あなた達なんなのよ?」
我慢していた感情が一機に溢れ、叫んだ

「待て」
セーターの男は指を詰めるのを止めた。
突き立てられているドスと人指し指の間から血が滲んでいた。

堪えきれず座りこんだ幸子に男が近づき、膝を付いて言った。
「これも何かの縁です。」
「ちょうど私達は交渉人を探していたとこなんです」
「ある商品の交渉をお2人にお願いしたいんです」
「受けていただけるなら、この事故はチャラにしましょう。報酬も出します。」
呆然と話を聞いていた武が言った。
「駄目だ!そんなの、、受けられない!」
幸子もその意味がよく解っていた。
1度で終わるはずが無いからである。
手を出したらもう表の世界には戻れない。
危険な交渉であることは間違い無かった。

「ではケジメをつけさせてから話を進めましょうか…」
ちらりとセーターの男に目をやった。
「グ…ゴリッ…」ドスを持った男の右手が動き、枯れ枝を押し潰すような音がした。
透明のガラス製テーブルに赤い染みが広がっていった。
その赤い池の中に異物が浮かんでいた。
セーターの男は一言も発しなかった。が、額には玉のような汗が
浮かんでいた。
赤いフィルターがかかったように、強化ガラスのテーブルの下の白い
絨毯(じゅうたん)に赤く映っていた。

幸子はそれを見て意識を失ってしまった。。。
。。。。。。。。。。。。。。。

「ン…」
どのくらい経っただろうか。幸子が意識を取り戻した。
「私…」ソファーに横になっている今の状況が把握できないでいた。
綺麗に片付いているガラス製テーブルを見て我に返った。
「武!!あの人達は!?どうなったの!?…」
不安な顔をして武に尋ねた。
「あ・ああ、帰ったよ」
幸子に背を向けた武がベランダに立ってタバコをふかしていた。

「…うん。…でも、、でもしょうがなかったんだよ!」
振りかえった武の右手小指には赤く血の滲んだ包帯が巻かれていた。
「武!手…」青ざめた幸子が叫んだ。
「奴らの仕事、、受けなければ切り落とされるところだったんだよ!」
「頑張ったんだけど、駄目だった…」
キズは追ったものの無事だったようだ。
幸子が失神している間に武に仕事を受けるように迫った。
気の弱いところを見透かされ、その上脅しを受けた武には、
もう請け負うしか方法は無かった。

「ふう…。」指が無事なのを聞いた幸子はほっとして、冷静に考えた。

今思うと奴らは初めから私達を狙っていたとも考えられる節がある。
落下したビールが車に当たったと言っていたがビールは、きっかけを
与えただけで、当たった車も実際見てはいなかった。
会社の名前も知っていた。いや、調べていたと考えるのが妥当だろう。
そう、仕事を請け負わせる為に全て仕組んでいた、、様子を伺っていた
可能性が高い。しかし、その為にあのセーターの男に指を切断させる
なんて事が、あり得るのだろうか…。
そこまでして私達に請け負わせたい仕事って。。。

「ねえ、武、、仕事は、、何を請け負ったの?」
落ち着きを取り戻した幸子が言った。
150階のベランダに背を持たれかけた武はうつむいたまま答えた。
「ま、麻薬の販売ルートとその品質のプレゼン…。」
「え?」
幸子は自分の耳を疑った。
逃れようの無い犯罪幇助である。国によっては終身刑になる重罪である。

「後で連絡するからって…。」
「…け、警察に行きましょう…、もうそうしないとだめだわ」
「ダメなんだ…。」
頭を抱えた武が言った
「なんで?なんでだめなのよ?」
「奴ら知ってるんだ、知ってたんだ!あの事を」
「あのよるの事を」

     >>>続く
4基のジェットエンジン音が甲高くなった途端、
強烈な加速でシートに身体が押しつけられ息ができないような
恐怖感に襲われていた。
飛行機の前輪のタイヤからの振動が無くなり機体が上がり始めた。
エコノミークラスに搭乗していた藤村透は右手にハンカチを握り締め
手は震え足は突っ張ったように硬直し、ふんばっていた。

「たのむ。無事離陸してくれ…!」
心の中で今まで信じたことの神様が現れては消えていった。
「神様、仏様、星の王子様、、ええっと…あ、爺ちゃん、婆ちゃん
う~ん。。とにかく どうか、どうか無事に離陸できますように」
混乱した意識の中で叫んでいた。

藤村透は、会社の出張の為、シンガポールに向かっていた。
昔から乗り物が苦手で小さい時はバス遠足では
必ず前の席に座らされていた。
いくら、薬を飲もうが梅干を食べようが、30分もせずに酔って吐いてしまった。
あだ名はゲロだった。
必ず吐くせいで俺の隣には引率の先生すら座ってくれなかった。
遠足では必ず吐いてしまう俺は
そのことで小中学生の時はよくいじめられた記憶がある。
友達と言えるほど親しい友人もできなかった。
高校・大学の時は友人はできたが、そのことがトラウマで
旅行の前日となると必ず腹痛を起こしていたので旅行の思い出は全く無い。

そんな俺が7時間を超えるフライトだ。
しかも、高所恐怖症ときている。
普通の海外出張であれば他のプロジェクトを予定に重ねて断っていたが
今回だけは断る訳にはいかなかった。
自分の乗り物が苦手な事など言えるわけが無かった。

この商談がうまく行けば昇進は間違い無いからである。
役職も管理側に出世し、年収は2倍になることはほぼ確実だろう。
駅前の狙っていたマンションも手に入れる事ができる。
兼ねてからの夢だった。
全てを見返すチャンスでもあった。

握り締めた手から汗が滲み出ていた。
目の周りの骨が陥没してしまいそうなほど目じりと鼻をしわしわにさせて
目を閉じて歯を食いしばっていた。
「ううぅ~っ」
本人は堪えてたつもりだが、口元から嗚咽が漏れていた。
後輪が浮き機体の振動は無くなったが、加速と上昇感と浮遊感はまだ続いていた。


2つ空けた窓側の席に搭乗していたフリーターの佐藤恵美は
目を剥いて楽しんでいた。
シンガポールへは観光旅行だ。
雑誌で見たマーライオンに会いたい。
そんな理由での思いつき、無計画の1人旅であった。
ファミレスのバイトで貯めた8万円を持っての旅であった。
恵美は今まで20万円以上貯めたことが無い。いや、貯まらないのである。
この前はTVの番組で焼肉特集を観て次の日、韓国へ食べに行った。
その前は外国の大地震の記事を見て貯った7万円を寄付してしまった。
気前が良いと言うよりは自分の感性に素直な性格をしていた。

どこかに出かけるたびにバイトは辞めてしまった。
上昇する飛行機の窓から、まるで子供が電車の車窓から外を見るように
小さくなる街並みに見入っていた。その目は輝いていた。
「おおお、、昇る昇る!すっごいなぁ~。私、空飛んでる♪」
「やっぱり、飛行機乗るなら前の席じゃないとネ。景色見えないし。」
ぶつぶつと独り言を言っていると隣の隣からの席のうめき声に気づいた。

振り返り通路側の席に座る25・6歳の男の人が岩のように固まっていた。
額に玉の汗を浮かべている。
「大丈夫ですか?汗、出てますよ?」不思議そうに聞いた。
「い、今話し掛けないでください。」透は目を閉じたまま必死で声に出した。
「ふぅーん」不思議そうに透を見ていた恵美は、思い出したようにまた窓に向い
ジオラマのように小さくなったビルや山脈に見入った。

しばらくすると旅客機は水平飛行に移った。
「ぽーん」シートベルトを外しても良いですと、マークが変わった。
途端に透はベルトを外しトイレに掛けこんでいった。

すっかり陸は見えなくなり海も小さくなって海面の波も見えなくなった。
空が天頂に向けて空色から藍色にグラデーションがかっていた。
満足した恵美がやっと窓から離れた。
「ふぅ~綺麗ね~飛行機は最高ね」ニコニコとしているところに
吐き戻すものが無くなった透がふらふらとトイレから戻ってきた。

「大丈夫ですかぁ?」
「さっきはナンカ固まっていましたけど…」
恵美は青ざめてふら付いている透にニコっと話し掛けた。
「いや、、、はい、飛行機は苦手でして。。。」青ざめた顔が赤くなった。
「そうなんですか…。大変ですね。そんなにまでして嫌いな
飛行機に乗らなきゃいけない理由があるんでしょうね。」

「はは・・。ま、まあ仕事ですから」
そう言いつつ、透は自分の欲については言えないでいた。
(金が入りゃ、楽できる、いい女もモノに出来る。欲しいものは手に入るしな。)

「あ、はじめまして。私、佐藤恵美と言います。」
「シンガポールへは観光なんですよ。へへ。」
「雑誌で見たマーライオンを目で直に見たくなって。」
雑誌の切り抜きを広げて見せた。
二十歳くらいに見えるがもう少し上かもしれない。
「そうなんですか、私は、藤村透っていいます。」
「このスーツ姿で判るうと思いますがビジネスマンです」
「会社の出張なんです。」
額に浮かぶ汗を拭きながら言った。
「え~っそうなんですか!?気づきませんでした」
「え?」透は一瞬ぽかんとなった。
「具合が悪そうなのしか目に入らなかったもので、…そ、そうですね。
よく見ればサラリーマンですよね。はは。」

「旅行はお一人なんですか?」
3席ある列の透と恵美の間の席が空いているのを見て透は聞いた。
気分は最悪だった。目が回って平衡感覚もおかしくなっていた。
「はい。気が向いたときにサッと旅に出るのが好きなんです。」
「計画とかめんど臭くて…お金が足りればすぐ出かけちゃうんです。はは」
「無計画なので、友達とかとは一緒に出かけられないんです。友達も少ないですけどね。えへへ。」
ふ~んと、透は思った。
(てことは、まともな職には就いていないな。。)
「フリーターなんですよ。私。まあ、じゃなきゃこう言う生活できませんしね。」
今まで体験した旅や、感動したこと、泣けたこと、怖かったこと、等を
勝手にベラベラ話し始めた。
商談のいつもの癖で聞き上手な透もちょっとウザッタく思う程、
恵美は喋り続けた。
気分が最悪な中、脳みそが恵美の言葉で埋め尽くされていた。

「あ、私、、お喋りしすぎましたかぁ?」
無表情になりつつある透の表情を覗きこんだ恵美が言った。
「はは、、人に話すのって好きなんで、、、て言うか
久しぶりなんで色々な話、話すの。。。」
ちろっと舌を出して、ポリポリ頭を掻いた。赤くなっていた。
「い、いえいえ、、楽しかったですよ。色々と経験されてますね。」
その仕草を見た透はあわてて自分の話を始めた。
「私は仕事仕事で休日はアパートでゴロゴロしてるのがほとんどですから」
「PS3も買ったけど、あ、知ってます?家庭用ゲーム機です。
ソフトは買ったんですがやる気が起きなくって。結局無駄金です。。。
はは、大抵ヒゲも剃らずに月曜日になってしまう日々ですね~」

うんうんと頷き、まじめに話を聞いている恵美を見てたらいろんな話が
透の口から溢れた。
「…定時なんてほとんど無し。でも残業は5時間以上ついたこと無いんです!…」
「~で、ムカツイて、アパートの外の2F用階段の支柱蹴ったらボッコリ
穴開いて、慌てて1Fの自分の部屋に駆込んで…」
話の途中でアナウンスが入った。
「ぽーん」とシートベルト着用のサインが出た。
「あれ?シートベルト??」透は腕時計を見た。
透はさっきまで気分が冴えないので機内食は断ったが、気づくと既に6時間以上が過ぎていた。
乗り物に乗るといつも何度もトイレに掛けこむのがさっきの1回だけだったようだ。
と言うかさっきトイレに駆け込んだ他、吐き戻した記憶が無かった。気分は…今は何とも無い腹が減っていた。

「あ、もう時間ですね。シートベルトしなきゃ。。。」恵美が言った。
カチリとベルトをして透は考えた。
(酔わな…かった?この俺が??嘘だろ~。克服したのか!)
頭の中はこの考えがぐるぐる回っていた。
恵美はまた窓に貼り付き次第に近づいてくる大地に感動していた。

酔いを克服できたのか問答していたためか気づいたときには着陸していた。
飛行機が着陸し扉が開いた。外は30度近くあった。
むっとした熱気が機内に入ってきた。
「到着しましたね!ふぅ~。楽しみです。」恵美はニコッと言った。
「そうですね。旅行楽しんでくださいね。恵美さん。」
透はいつもと違う爽快感を味わっていた。

日本は冬だと言うのにここは熱い。しかも湿気がある。
入国手続きを済ませ、透の夢であった明日の契約成立に向けて
会社が予約していたホテルにチェックインした。

その晩、書類に目を通しながら酔わなかった自分の事を思い出していた。
(そうだ、あの子が話し掛けてくれたんで酔わなかったのか。いつもは
胃の具合やら、浮遊感の恐怖しか考えてなかったからなあ。。。
小さいときから乗り物に乗ると、酔うな酔うな酔うな…・
そんなことしか考えていなかった気がする…)

ふっとあの子にお礼を言わなかった事が悔やまれたと同時に
いつもの癖で相手を値踏みするように、あの子を見ていた
自分が恥ずかしくなった。
(ほんと自由な考えを持つ子だったな。。。それに比べ俺は、、
何を話してたんだろ。愚痴しか言わなかったなぁ。
金、地位、女…か。。何考えてんだろ。)
自問自答を繰り返えしながら、書類のチェックを遅くまで続けていた。

翌日朝9時に会場に入り15時には商品の説明、仕様、
今後の発展性などを再度確認し、契約も無事交わす事も出来た。
社内でもこの契約はこの数年の中でも最大のものであった。
「ふう。やった。やったぞ!俺の契約だ!取れたぜー!」
約2年を掛け成立させた透の結晶だった。
「これで昇進は間違いない!!」
ホテルに戻りベッドの上ではしゃいだ。会社には契約成立と連絡をした。
帰れば昇進と社長賞が待っている。
待ちに待ったマンション購入プランも立てられる。
皆に羨ましがられ
総務の独身連中も寄ってくるだろう。
「はは、いい事尽くめだ、女には気をつけないとな。」
言った後で何か虚しくなっている自分がいた。
ふうっとベッドに沈み込んでいく体から心が抜け出してしまったようだった。
この2年間、この契約の為だけに生きてきた。そんな気がする。
それが、たった1つのサインで終わった。
「仕事か…」天井を見つめていた。

次の日は自由にして来いとの会社からの特別有給休暇が支給された。
「自由にして来いったって何にもする事無いしなぁ」ホテルでごろついていた。
ふと思い出しマップを取り出した。
(ん。マーライオンか…見に行ってみるか…。)
地図を見ると、さほどホテルから離れていないことが判った。
(歩いて、20分ってとこか。)
ホテルの外に出た。まだ10時前と言うのに暑い。太陽がでかく見える。
130Kmあまり南下すれば、もうそこは赤道である。
シンガポールリバーの河口に向かい歩いてゆく。

「なんだ…こんなものか。」
マーライオン像は,高さ8mあまりで大して迫力は無かった。
別にセントーサ島にデカイのが出来たらしいがもう、透には興味が無かった。
近くに寄るでもなくその場を立ち去ろうとした。

「あ~っ。こんな小さいのか~。。雑誌は大きく見えたのになあ…」
聞き覚えのある声だった。視線を上げるとそこに恵美が立っていた。
あちこちと汚れている服は、飛行機に乗っていた時のままの服である。
小柄な体にリュックサック1つと言う風体だった。

「や、やぁ、元気?覚えてる?飛行機で同じ列に座ってた…」
「はい!藤村透さんですよね?仕事どうでしたか?」
「名前、覚えていてくれたんですか。」
「えへへ。私、飛行機の中であんなに話したの、話聞いたの
初めてだったから」照れくさそうに恵美は言った。
「何処に泊まられてるんですか?」透が聞いた。
「え?私?えへへ、野宿なんですよ。ほら、ぴゅーっと出てきたんで、
予約とかしてないし。お金もね。ここは夜は温かくて寝やすかったですよ。
警察に見つかって怒られたみたいなんで逃げましたけど」
笑いながらとんでもない話を平然としている恵美を見て透は笑っていた。
「ははは、でも危ないですよ。女の子1人で野宿なんか。
いくら治安の良いシンガポールでも…。」

「でも、ちょっとガッカリです。マーライオンがこんなに小さいなんて。。。」
笑顔が消え、唇が尖って言った。
「別の島にデカイのがあるらしですよ。行って見ます?今から」
どうでもイイと感じていたのに今は行きたくなっていた。
「ホンとですか!?でも仕事はいいんですか?」
「もう終わりました。」
「今日は会社がくれた休みですから。実は暇でしょうがなかったんですよ」
「じゃ!是非一緒に行きましょう~っ」恵美は素直に喜んでくれた。

セントーサ島に渡り37mあるマーライオンはさすがにでかく感じた。
エレベータ-でマーライオンの体内を上がり口にあたるところへ出た。
牙がでかく、恵美は大喜びであった。
景色もよくシンガポールの市街地が摩天楼のように見えた。
その後、水族館に行き魚を見て腹が減ったことに気づき、
ファーストフード店でお腹を満たした。

支払いはその都度、透が持つと言うにもかかわらず、恵美は笑顔で断った。
「何でも平等が信条なの、、私。」
透はギクシャクしていた。いつもレジでは女性は先に出て行き
女性の支払いは透持ちが普通であった。マナーと思っていた。
それが普通だった。ドラマでも雑誌でも当然のように描かれていた。
小さな財布を開け自分の支払いをする恵美を見てて、
なんだか和やかな気分になっていった。

熱い太陽は夕日となり大海原へ落ち、辺りは夜になっていた。
「今日は楽しかった。久しぶりなんですよ会話のある旅行って。」
恵美はホンとに嬉しそうに透に言った。
「今日泊まるとこあるの?」
「いえ。また野宿です。」
「じゃ、泊まってきなよ俺のホテルに」
「ノーサンキュ。です」キッパリと言った。
「言ったでしょ、平等が信条って。私はこう決めて旅に出たんですもの。」
なんの詮索もない気持ちのよい断り方だった。

「そう、じゃあ、気を付けて…ね」
透は自分のホテルに誘ったのが恥ずかしくあった。
多少の期待もある誘いだったから。
「じゃ、これで、」恵美は手を振りながら言った。

楽しかった…。瞬間、透の頭をよぎった。
「あ、あの恵美さん、日本へ帰ったら、また会ってもらえないでしょうか?」
突然、透が言った。
「え?」驚いた表情で恵美は振りかえった。

「今日一緒にいて、、いえ、飛行機で話している時も感じてたんです。」
「素直と言うか、自然になれるんです。恵美さんといると。」
「恵美さんとなら、なにか目標が持てる、、そんな気がするんです。」
まじめな顔をした透がいた。
今までの金銭欲やら見栄は関係無い自然な言葉であった。

「え、、でも私って気まぐれですよ?それでも大丈夫なんですか?」
「フリーターだし、時間、、合わないんじゃない?」
「時間なんか、、大丈夫です。」
会社一辺倒だった透のセリフとは思えない言葉が自然と出た。
「休暇だって毎年取得しないで9割は捨てているんですから。」

「…」ちょっと考えていた恵美がニコッとして言った。
「はい。じゃ、帰ったらいろんな話のお土産もってくね!」
「ん。ああ。」
契約のサインより恵美の一言の方が何倍も嬉しかった。

「それと私も何とかしますね、、この性格。」チロッと舌を出した。

それは2人の旅が始まった瞬間だった。
透と恵美の進むはずだった人生の道と時間が変わりつつある事には今は気づいていなかった。
しかし、磁石が引き合うかのようにその二つの道はやがて
交わる事は確かなようであった。

お互いの不足した面を補うかのように。

…了
ん?うーん。。。
俺は顔を流れ落ちる滝のような汗と
突き刺さるような強烈な熱で意識を取り戻しつつあった。
「ざざーん、、さらさらさらー」
足の指先に温かい水が打ち寄せているのが感じる。
強く打ち寄せる波の音と気づくまでに数秒と掛からなかった。

身体が動かない・・・。
どこかで強く打ったようで力が入らない。
開けない瞼の上を右から左へと影が走る
「くあっくあっくあっ バサッバサッバサァ~」
何か頭上をかすめ、通り過ぎて行った。
力いっぱい目を開く。
瞼が重いがなんとか精一杯うっすらと見開いた。
眩しい。強い真っ白な光だけが見える。
見えると言うより光を感じる程度だった。
見えない?!目が見えない!!一体どうしたというんだ?
「ひゅ~びゅ~っ ビチビチビチ」強風と砂が顔に打ちつける。
痛たたたたたた。

・・・ん。指先は動くようだ。
「サラサラザラザラぐりぐりぐり」
砂だ。砂浜に倒れこんでいるのかこの俺は。
「ぐにゅぐにゅ」
?!右の指に触れる…なんだこの感触は。
「ぐにゅぐにゅぐにゅ(くらげ)」
柔らかい。女の肌のようだ。ちょっと萎れたババアっぽいか?
「とも…こ…」声がでた。
智子は元気だろうか…。ともこ・・・智子!
!!そうだ、俺は智子と豪華客船で新婚旅行の世界一周をしていたんだ。
夜、船上で満天の星を見ながら、初夜のタイミングを見計らって居たんだ!

船上からは水平線と天の川と航跡しか見えない。うっすらとシミのような見えるのは大マゼラン星雲だ。
甲板は二人だけの世界だった。
「ははは、智子待てよ!危ないぞ甲板は滑るぞ!」
「あははは。コウちゃん、、大丈夫だってばぁ」
夜空を見上げ両手をいっぱいに開いて走りはしゃぐ智子は笑いながら意図的に俺との距離をとっていた。

「だからぁもう結婚したんだからコウチャンはやめろって言ったろ」
俺は智子にニックネームではなく実名で名前を呼んで欲しかったんだ。、
俺は俺の名前が気に入っていた。だから付き合う女には俺の名を実名で呼ばせようとしたが、その度に別れられていた。
智子はまだ一度も俺を名前で呼んだことは無かったが上手くはぐらかされ今に至るが
結婚をした訳だ。
もう逃がさない。絶対に初夜のベッドの上で呼ばせてやる。・・・・

「だってぇ、いきなり変えろって言われてもそうはいかないよ-っ」
「こうちゃんの方がいいの!」
微笑んで怒った風体をした智子は可愛かったが、その目の奥は嫌悪に満ちていた

「智子も佐藤智子から三枚舌財閥の一員、、、三枚舌智子になったんだから
ちゃんと呼べよな。」
俺は誇らしげに自分の名前を呼んだ。俺は俺の名前が大好きなのだ。
ちゃんと≪幸次郎実篤(こうじろうさねあつ)って呼べよ。」
「…」
智子はうつむいたまま握りこぶしを震わせていた。
「どうした?なに黙ってんだよ。。今晩からはベッドでも幸次郎実篤って呼べよな。」
微笑んでいた智子の眉間には深いシワがより、頬を痙攣させながら言った
「…私、その名前いや。嫌い。大っ嫌い!」

三枚舌幸次郎実篤は驚いた。
「え?」
「結婚したから言うけどさ!そのあんたの名前、私大嫌いなの!」
「はじめは優しくて、ずっとコウちゃんで良いよって言ってくれてたじゃない?」
「なのに最近実名で呼べって強要して。言ってること違うじゃない!」
「その名前にうんざり。我慢してるの!小さい頃から1文字の名前の男の子に憧れていたわ」
「なのにあなたは6文字も!おまけに苗字は三枚舌ぁ!?どう好き好んでそんな苗字を選んだって言うのよ?」
「でも我慢したわ。あなたが三枚舌家の長男なんだもの」
「いい?調子付かないで。私は我慢してるの。私の人生を掛けて私は我慢してるのよ!」
「だからその長ったらしい名前を私に呼ばせようとしないで初めの約束を守ってよね!」

智子は堪忍袋の緒が切れて全てをぶちまけてやった。
言い放った智子は肩で息をして顔は火照り、しかし満足気だった。

幸次郎実篤は唖然としていた。
智子が今まで自分の名前を呼ぶのを避けていた理由が今はっきりと分かった。
智子の本心を一気にぶちまけられ、オマケに自分の愛する名前を汚され、財閥もコケにされた。
智子に対する愛が一気に色褪せ、怒りだけが残った。

「う、うるせええぇ! ふざけるなぁ」
顔をどす黒く赤くなりキレた幸次郎実篤は智子ににじり寄り
手すりに押付け両手で智子の首を締め付けた。
「痛い、首、苦しい…。」
「ちゃんと呼べよ!幸次郎実篤ってよお!お前の旦那様だぞ!」
「三枚舌家をも馬鹿にしやがって!」
幸次郎実篤は手すりに智子を押付けて言った。
「呼べよ俺のなまえをよぉ!」
「い、嫌だ。ぜ・・た・い呼ばな…い、、し、、、謝らない・・・。」
息ができない智子は気を失いかけ倒れた。

智子が倒れ、バランスを崩した幸次郎実篤は甲板で足を滑べらせ
手すりを飛び越え暗い海に落ちていった。
「あっ!わああぁ~」
漆黒の海へ・・・。
「げほっ、げほっ。」智子の首の周りが痣になっている
意識が戻った智子は幸次郎実篤が落ちた事に気が付いた。
「自分で甲板滑るって言ってたくせに…」
「でもこれで自由だわ。葬儀で泣いとけば財閥は全て私のもの・・・・。」
「お腹の子には1文字の名前をつけるわ」智子は座り込みゲラゲラと笑った。


!…そうだ。
俺は海に落ちたんだ!
いや、智子のせいで落ちたと言っても間違いは無い。
あいつがこの俺の名前を馬鹿にしなけりゃこんなことにならなかったものを!
絶対に許さないぞ!智子!帰ったらただでは済まさないからな!
って、ここはどこなんだ?流れ着いたのか。。

「眩しい…」
うっすら見え始めた目に遠くから人が近づいてくるのが解った。
「おお・…い」「たすけ・・てくれ!」
かろうじて動き出した右手を振った。

腰にマングローブの葉で陰部を隠した5人の
原住民がやって来た。
褐色のゴツイ体に白いペイントしている1人が心配そうに話しかけた。
「§∞∋∀♯⊿〆~?」
「なんだ、何言ってるんだか解らねえよ!」
智子を思い出した幸次郎実篤は興奮しキレながら
怒鳴るように原住民に言った。
「早く助けろよ!水よこせよ!」
「♯∋~♀∟〝Å♂!?」
こいつら言葉通じないのか?
「ふん!いいか。俺は日本の三枚舌財閥の長男だ。幸次郎実篤だよ!」
「幸次郎実篤だ!」
俺は自分の名前が好きである。自分の名前を声に出すだけでも幸せなくらい好きだった。
「船から落ちたんだ!だから助けろ!」

「!」 「!」 「!」 「!」 「!」。
5人の原住民の動きが止まり、途端に憤怒の表情が覆い尽くした。
「…コウジ…ロウ・サネ・アツ?」1人の原住民が言った。
「え?幸次郎実篤だ。言葉わかるのか?」
「そう。  幸次郎実篤だ」
言葉が通じたと感じると安堵の気持ちが生まれた幸次郎実篤は自分の名前を連呼した。
「幸次郎実篤。幸次郎実篤だ。」

「コウジ・ロウ・サネ・アツ?」3人の原住民が口を揃えて言った。
原住民達の体中の筋肉が隆起し始めた。
「そうだ幸次郎実篤だ!」
日焼けと塩まみれの顔で原住民に微笑むように言った。
「俺の名前はこう・・・」
その瞬間5人の原住民は持っていたこん棒で
幸次郎実篤をぶん殴った!
囲んでのタコ殴りである。
商店街の新年餅つき大会のようだった。

ボコボコに殴られた幸次郎実篤は死にはしないがもう
誰だか解らなくなっていた。半殺しである。

原住民達は肩でぜーぜー息を切らせながら
吐き捨てるように言った。
「ジェ・デ・コウジ・ロウ・サネ・アツ!」
「(おまえの、ほうが、かあちゃん、あほ・カス・ぶさいく!)」

「ざざーん」「ざざざーん・…」


         …了
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