ん?うーん。。。
俺は顔を流れ落ちる滝のような汗と
突き刺さるような強烈な熱で意識を取り戻しつつあった。
「ざざーん、、さらさらさらー」
足の指先に温かい水が打ち寄せているのが感じる。
強く打ち寄せる波の音と気づくまでに数秒と掛からなかった。
身体が動かない・・・。
どこかで強く打ったようで力が入らない。
開けない瞼の上を右から左へと影が走る
「くあっくあっくあっ バサッバサッバサァ~」
何か頭上をかすめ、通り過ぎて行った。
力いっぱい目を開く。
瞼が重いがなんとか精一杯うっすらと見開いた。
眩しい。強い真っ白な光だけが見える。
見えると言うより光を感じる程度だった。
見えない?!目が見えない!!一体どうしたというんだ?
「ひゅ~びゅ~っ ビチビチビチ」強風と砂が顔に打ちつける。
痛たたたたたた。
・・・ん。指先は動くようだ。
「サラサラザラザラぐりぐりぐり」
砂だ。砂浜に倒れこんでいるのかこの俺は。
「ぐにゅぐにゅ」
?!右の指に触れる…なんだこの感触は。
「ぐにゅぐにゅぐにゅ(くらげ)」
柔らかい。女の肌のようだ。ちょっと萎れたババアっぽいか?
「とも…こ…」声がでた。
智子は元気だろうか…。ともこ・・・智子!
!!そうだ、俺は智子と豪華客船で新婚旅行の世界一周をしていたんだ。
夜、船上で満天の星を見ながら、初夜のタイミングを見計らって居たんだ!
船上からは水平線と天の川と航跡しか見えない。うっすらとシミのような見えるのは大マゼラン星雲だ。
甲板は二人だけの世界だった。
「ははは、智子待てよ!危ないぞ甲板は滑るぞ!」
「あははは。コウちゃん、、大丈夫だってばぁ」
夜空を見上げ両手をいっぱいに開いて走りはしゃぐ智子は笑いながら意図的に俺との距離をとっていた。
「だからぁもう結婚したんだからコウチャンはやめろって言ったろ」
俺は智子にニックネームではなく実名で名前を呼んで欲しかったんだ。、
俺は俺の名前が気に入っていた。だから付き合う女には俺の名を実名で呼ばせようとしたが、その度に別れられていた。
智子はまだ一度も俺を名前で呼んだことは無かったが上手くはぐらかされ今に至るが
結婚をした訳だ。
もう逃がさない。絶対に初夜のベッドの上で呼ばせてやる。・・・・
「だってぇ、いきなり変えろって言われてもそうはいかないよ-っ」
「こうちゃんの方がいいの!」
微笑んで怒った風体をした智子は可愛かったが、その目の奥は嫌悪に満ちていた
「智子も佐藤智子から三枚舌財閥の一員、、、三枚舌智子になったんだから
ちゃんと呼べよな。」
俺は誇らしげに自分の名前を呼んだ。俺は俺の名前が大好きなのだ。
ちゃんと≪幸次郎実篤(こうじろうさねあつ)って呼べよ。」
「…」
智子はうつむいたまま握りこぶしを震わせていた。
「どうした?なに黙ってんだよ。。今晩からはベッドでも幸次郎実篤って呼べよな。」
微笑んでいた智子の眉間には深いシワがより、頬を痙攣させながら言った
「…私、その名前いや。嫌い。大っ嫌い!」
三枚舌幸次郎実篤は驚いた。
「え?」
「結婚したから言うけどさ!そのあんたの名前、私大嫌いなの!」
「はじめは優しくて、ずっとコウちゃんで良いよって言ってくれてたじゃない?」
「なのに最近実名で呼べって強要して。言ってること違うじゃない!」
「その名前にうんざり。我慢してるの!小さい頃から1文字の名前の男の子に憧れていたわ」
「なのにあなたは6文字も!おまけに苗字は三枚舌ぁ!?どう好き好んでそんな苗字を選んだって言うのよ?」
「でも我慢したわ。あなたが三枚舌家の長男なんだもの」
「いい?調子付かないで。私は我慢してるの。私の人生を掛けて私は我慢してるのよ!」
「だからその長ったらしい名前を私に呼ばせようとしないで初めの約束を守ってよね!」
智子は堪忍袋の緒が切れて全てをぶちまけてやった。
言い放った智子は肩で息をして顔は火照り、しかし満足気だった。
幸次郎実篤は唖然としていた。
智子が今まで自分の名前を呼ぶのを避けていた理由が今はっきりと分かった。
智子の本心を一気にぶちまけられ、オマケに自分の愛する名前を汚され、財閥もコケにされた。
智子に対する愛が一気に色褪せ、怒りだけが残った。
「う、うるせええぇ! ふざけるなぁ」
顔をどす黒く赤くなりキレた幸次郎実篤は智子ににじり寄り
手すりに押付け両手で智子の首を締め付けた。
「痛い、首、苦しい…。」
「ちゃんと呼べよ!幸次郎実篤ってよお!お前の旦那様だぞ!」
「三枚舌家をも馬鹿にしやがって!」
幸次郎実篤は手すりに智子を押付けて言った。
「呼べよ俺のなまえをよぉ!」
「い、嫌だ。ぜ・・た・い呼ばな…い、、し、、、謝らない・・・。」
息ができない智子は気を失いかけ倒れた。
智子が倒れ、バランスを崩した幸次郎実篤は甲板で足を滑べらせ
手すりを飛び越え暗い海に落ちていった。
「あっ!わああぁ~」
漆黒の海へ・・・。
「げほっ、げほっ。」智子の首の周りが痣になっている
意識が戻った智子は幸次郎実篤が落ちた事に気が付いた。
「自分で甲板滑るって言ってたくせに…」
「でもこれで自由だわ。葬儀で泣いとけば財閥は全て私のもの・・・・。」
「お腹の子には1文字の名前をつけるわ」智子は座り込みゲラゲラと笑った。
:
:
!…そうだ。
俺は海に落ちたんだ!
いや、智子のせいで落ちたと言っても間違いは無い。
あいつがこの俺の名前を馬鹿にしなけりゃこんなことにならなかったものを!
絶対に許さないぞ!智子!帰ったらただでは済まさないからな!
って、ここはどこなんだ?流れ着いたのか。。
「眩しい…」
うっすら見え始めた目に遠くから人が近づいてくるのが解った。
「おお・…い」「たすけ・・てくれ!」
かろうじて動き出した右手を振った。
腰にマングローブの葉で陰部を隠した5人の
原住民がやって来た。
褐色のゴツイ体に白いペイントしている1人が心配そうに話しかけた。
「§∞∋∀♯⊿〆~?」
「なんだ、何言ってるんだか解らねえよ!」
智子を思い出した幸次郎実篤は興奮しキレながら
怒鳴るように原住民に言った。
「早く助けろよ!水よこせよ!」
「♯∋~♀∟〝Å♂!?」
こいつら言葉通じないのか?
「ふん!いいか。俺は日本の三枚舌財閥の長男だ。幸次郎実篤だよ!」
「幸次郎実篤だ!」
俺は自分の名前が好きである。自分の名前を声に出すだけでも幸せなくらい好きだった。
「船から落ちたんだ!だから助けろ!」
「!」 「!」 「!」 「!」 「!」。
5人の原住民の動きが止まり、途端に憤怒の表情が覆い尽くした。
「…コウジ…ロウ・サネ・アツ?」1人の原住民が言った。
「え?幸次郎実篤だ。言葉わかるのか?」
「そう。 幸次郎実篤だ」
言葉が通じたと感じると安堵の気持ちが生まれた幸次郎実篤は自分の名前を連呼した。
「幸次郎実篤。幸次郎実篤だ。」
「コウジ・ロウ・サネ・アツ?」3人の原住民が口を揃えて言った。
原住民達の体中の筋肉が隆起し始めた。
「そうだ幸次郎実篤だ!」
日焼けと塩まみれの顔で原住民に微笑むように言った。
「俺の名前はこう・・・」
その瞬間5人の原住民は持っていたこん棒で
幸次郎実篤をぶん殴った!
囲んでのタコ殴りである。
商店街の新年餅つき大会のようだった。
ボコボコに殴られた幸次郎実篤は死にはしないがもう
誰だか解らなくなっていた。半殺しである。
原住民達は肩でぜーぜー息を切らせながら
吐き捨てるように言った。
「ジェ・デ・コウジ・ロウ・サネ・アツ!」
「(おまえの、ほうが、かあちゃん、あほ・カス・ぶさいく!)」
「ざざーん」「ざざざーん・…」
…了