世界選手権の優勝者が1番多いのは、ヨーロッパの小国ベルギーだ。
ベルギーの国技は自転車競技であり、強い選手の多くは、厳しい風土の中で生
活するフラマン地方から輩出されていて、世界で最も自転車熱が高い地方となっ
ている。
史上最強の選手エディ・メルクスが有名だが、90年代のヒーローはヨハン・ムセ
ーウだった。
フランドル地方・ヴァルセナル出身のムセーウは、ロンド・ファン・フラーンデレンと
パリ~ルーベを3回優勝、チューリッヒ選手権を2回優勝、パリ~ツール、アムス
テルゴールドレース、HEWサイクラシック優勝、96年のスイス・ルガーノの世界
選手権でマイヨ・アルカンシェルを獲得した名選手で、私も大好きだった。
ベルギーの国民的スターとなり、大きな財産を築いたはずなのに、服装は質素で
高級車などに目をくれない理由を「自分がどんな人間なのか、いつも忘れないから」
と言った。
98年のパリ~ルーベ。
100km地点から、総セクター30弱、総距離で50kmにも及ぶパヴェ(石畳)が登
場するこのレースで、最も難所のアランベールのパヴェでムセーウは大落車して、
膝の骨が砕けた。脚の切断手術の可能性もあったこの大怪我で、ムセーウの選手
生命は終わったと誰もが思った。
でも骨が繋がり、水泳やマウンテンバイクなどのリハビリに努めて翌シーズンには
レースに復帰した。
2000年のパリ~ルーベ。
強烈な向かい風が吹く中でのパヴェ区間でムセーウはアタックを繰り返し、ゴール
までの40kmを単独で逃げ切った。
レースの最後はルーベの街中にあるヴェロドロームのトラックコースを1周してゴー
ルとなるのだが、ムセーウは両手を挙げるのではなく、シューズをペダルから外し
て、膝を指差して復活をアピールした。
記者会見でこのレースを走るのが怖くないのかと質問され、「これが僕の仕事だか
ら」ときっぱりと答え、派手なことを好まないムセーウの復活のパフォーマンス。
忘れられない熱いシーンだった。
Posted at 2008/10/04 09:15:14 | |
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