私が大学に入学した年(89年)のある秋の夜、京都市伏見区の自宅アパートでフ
ジTV「夜のヒットスタジオ」を観ていた。忌野清志郎が久々にTVで歌うからだった。
キヨシローがザ・タイマーズを結成して、「デイ・ドリーム・ビリーバー」のシングルを
発売した直後で、何かと話題になっていた頃だ。
生放送のメドレー演奏の2曲目で、突如「FM東京」を“オ○ンコ野郎”と罵倒する曲
を歌った。
スタジオが騒然とするなか、「ミラクル・ガール」の一発屋・永井真理子だけが大爆笑
していた様を、ニヤニヤしながら観ていた記憶が鮮明にある。
RCの「COVERS」収録の曲が放送禁止になったこと云々は知っていたけど、正直、
別に興味も無かった。ただ、昔のキヨシローのファンとしては、「らしいよね」と微笑ま
しい映像だった(笑)
少し話が飛ぶが、92年(だったよなぁ…最近物忘れ多いわ…)のGUNS ’N ROS
-ESの東京ドーム3DAYSの初日公演を観にいったときのことを思い出す。
GUNSが88年に初来日したとき、東京NHKホールの公演でアクセル・ローズが9曲
歌った時点でショウをやめて帰ってしまい、プチ暴動が起こった。
それをみんな知っていたから、この東京ドーム初日のショウも、開演予定時刻から1
時間半過ぎても始まらなかったので、(またアクセルがキレて、やらねぇんじゃないの
か…?)と心配していると、突然曲の演奏が始まり、終わってみればなんと3時間の最
高のロック・ショウだった。
台本どおりのショウ、決められた進行、あたりまえのアンコール(笑)
それがロックの本質ですか?
何を演奏しようが、何分何時間やろうが、大きなお世話だろう。
TVだからって、お行儀よく演奏する必要なんかない。
何を演奏するのか、何が起こるのかわからない…
だから、どんなショウや演奏であれ、それを観て感じたという事実がいかに大切な体
験だったかと思えるようになる。
キヨシローに教えてもらったのかもしれない。
Posted at 2009/05/06 04:46:56 | |
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