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いのよし(´∀`)のブログ一覧

2008年10月10日 イイね!

バッテリー

「俺は昔からファンだった」「昔の方が良かった」という台詞は、バンドが“売れた”時に
必ず聞かれる声だ。
“昔からのファン”=バンドの成長と共に伴走してきた実体験者なのだから、実はその
音楽と健全に共存していける…はずだが、実際は、バンドの音楽性の変化(成長)に
愛想を尽かし、「昔は良かった…」となることが多い。


METALLICAのデビューアルバム「KILL’EM ALL」の輸入盤をミナミのタワーレ
コードで買ったのは、83年の夏だった。一発でハマって、HR/HM好きな友達にも
聴かせたが、みんな「うわぁ…(苦笑)」と固まっていた。
その後、「キング・レコード」から国内盤が出たのだが、ソッコーで廃盤になった。当時
の音楽雑誌でも、そっぽを向かれていた…というよりも、笑いのネタになっていた。

アンダーグラウンドのファン気質は熱い。このバンドの良さは、自分と一部のファンだ
けが知っているんだ、という気持ちが優越感になって、またそのバンドの音楽にのめ
り込む。
METALLICAは、この忠実で熱心なアンダーグラウンドのファンによって育てられ、
アンダーグラウンドのファンによって大きくなったバンドだった。活字媒体や映像媒体
に「あんなのクソだ」とそっぽを向かれても、ファンの意識が常にビジネスに先行した。

だから、86年の3rdアルバム「MASTER OF PAPPETS」が全米チャートで上位
にランクインされたときの私達ファンは、心でガッツポーズだった(笑)

1曲目は“バッテリー”だ。
クルマのバッテリーではなく、“同種の群れ”“一対のもの”という意味だ(野球のピッチ
ャーとキャッチャーもそう言う)。

“絆は俺達の中にある
 俺達とお前達はバッテリーだ”

という歌詩は、ファンの願望を具体化した最高の表現だったなぁ…
高校1年生になったばかりの私にとって、METALLICAは絶対一番のバンドだった。


日本で、私と同じようにMETALLICAのデビュー当時から一緒に年齢を重ねてきた
ファンは、どれくらいの数いるのだろうか。
とてもラッキーだったけれど、今となっては(悲しいけれど)時の流れの魔法を見る思い
でいるのだなぁ…
Posted at 2008/10/11 03:36:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2008年10月03日 イイね!

復活の証

復活の証












世界選手権の優勝者が1番多いのは、ヨーロッパの小国ベルギーだ。

ベルギーの国技は自転車競技であり、強い選手の多くは、厳しい風土の中で生
活するフラマン地方から輩出されていて、世界で最も自転車熱が高い地方となっ
ている。

史上最強の選手エディ・メルクスが有名だが、90年代のヒーローはヨハン・ムセ
ーウだった。
フランドル地方・ヴァルセナル出身のムセーウは、ロンド・ファン・フラーンデレンと
パリ~ルーベを3回優勝、チューリッヒ選手権を2回優勝、パリ~ツール、アムス
テルゴールドレース、HEWサイクラシック優勝、96年のスイス・ルガーノの世界
選手権でマイヨ・アルカンシェルを獲得した名選手で、私も大好きだった。

ベルギーの国民的スターとなり、大きな財産を築いたはずなのに、服装は質素で
高級車などに目をくれない理由を「自分がどんな人間なのか、いつも忘れないから」
と言った。

98年のパリ~ルーベ。
100km地点から、総セクター30弱、総距離で50kmにも及ぶパヴェ(石畳)が登
場するこのレースで、最も難所のアランベールのパヴェでムセーウは大落車して、
膝の骨が砕けた。脚の切断手術の可能性もあったこの大怪我で、ムセーウの選手
生命は終わったと誰もが思った。
でも骨が繋がり、水泳やマウンテンバイクなどのリハビリに努めて翌シーズンには
レースに復帰した。

2000年のパリ~ルーベ。
強烈な向かい風が吹く中でのパヴェ区間でムセーウはアタックを繰り返し、ゴール
までの40kmを単独で逃げ切った。
レースの最後はルーベの街中にあるヴェロドロームのトラックコースを1周してゴー
ルとなるのだが、ムセーウは両手を挙げるのではなく、シューズをペダルから外し
て、膝を指差して復活をアピールした。

記者会見でこのレースを走るのが怖くないのかと質問され、「これが僕の仕事だか
ら」ときっぱりと答え、派手なことを好まないムセーウの復活のパフォーマンス。
忘れられない熱いシーンだった。
Posted at 2008/10/04 09:15:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2008年09月26日 イイね!

ラウンド型のフラワーアレンジ

ラウンド型のフラワーアレンジ









昨日、やーちゃんが平野区の「foliage」さんに9月のフラワーアレンジ教室に行
ってきました。

アナベルを使ってアレンジしたカワイイお花を持って帰ってくれました(´∀`)カワイー
Posted at 2008/09/28 04:04:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2008年09月25日 イイね!

梅丹本舗・GDR

梅丹本舗・GDR












日本に「梅丹本舗・GDR」という自転車チームがあります。

2006年に発足したチームで、従来あった企業母体のチームではなく、スポン
サーの支援だけで運営される、完全に独立したプロチームなのです。

チームの焦点は一点の曇りもなく、日本のチームとしてグランツールへ出場す
るという目標のために、ギリギリの活動費で欧州でのレース活動を行い、着実
に実績と結果を示してきています。

もちろんグランツールの出場権を得る前に、走らなければならないレースは山
のようにあります。

発足3年目の今年、新城幸也がツール・ド・リムーザンで区間優勝し、そして清
水都貴がパリ~コレーズで区間優勝、なんと総合優勝しました。このレベルの
プロレースで日本人が勝ったことは、私はもちろん、欧州でも最高に驚きのニュ
ースとなりました。

…10年以上も前の話ですが、あるレースを走り終えて、ブース(テント)に戻っ
て休んでいると、隣の招待イタリアチームの選手が、「日本人は(イタリアの)ジ
ュニアの選手よりも弱い」と聞こえよがしに大声で言って笑いました(イタリア語
ではなく英語で言ったから解った)。
そこにいた日本の選手の半数くらいはそれが解って、本当にメチャクチャ悔しか
った。(だけどそれは本当で、やっぱり弱かったと思う)

欧州のスポーツ界ではこの手の人種差別(?)は当たり前で、日本人も韓国人
も中国人もベトナム人もタイ人も同じアジア人、強いはずが無いという決めつけ
があるのです。

梅丹本舗・GDRも、実績が認められてやっと欧州メディアに正当に扱われ始め
たようですが、やっぱり「日本のチームだからねぇ…(笑)」という空気のなかで、
苦しみながらレースを走っているのでしょう。

だけど、彼らの活躍を誇りに思うし、かつて欧州の選手に「弱すぎる」と笑われた
私たち一昔前の選手の夢を乗せているような眩しさがあるのです。
Posted at 2008/09/28 00:56:03 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2008年09月23日 イイね!

クルマやさん&ドッグカフェ

クルマやさん&ドッグカフェ









今日はお休みです。

お昼から、やーちゃんと堺市美原の「トライアル」さんにオイル交換とプラグ交換
に行ってきました。
初めて行ったのですが、明るい雰囲気で、とても親切に対応してくれました(´∀`)

帰りの車中で、「受付にいたヒトめちゃキレイやなぁ」と言ったらやーちゃんがキレ
ました。

…謝る気はさらさらありませんがね( ´_ゝ`)サイテー

平野区の雑貨やさんで少しお買い物をしてから、ももちゃんを連れて長居公園にお
散歩に行きました(´∀`)

いっぱい歩いた後は、ドッグカフェ「オッターテイル」さんでお茶しました。

ももちゃんはご機嫌さんでした(嬉)
Posted at 2008/09/24 17:07:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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