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2025年08月15日 イイね!

終戦の日のお参り。

終戦から80年目の8月15日

昭和20年2月17日に米海軍機群と4式戦疾風で単機空戦を挑み戦死した飛行第22戦隊長上原重雄中佐(鹿児島出身 行年28才)の慰霊碑へお参りしてきました。
場所は小田原の沼代


<小田原中井広域農道「やまゆりライン」を走って慰霊碑のある場所へ>


<慰霊碑へ到着、お供え物をして合掌>
お墓には、鹿児島で買ってきたお土産「ボンタンアメ」(鹿児島セイカ食品製)をお供えします。
「ボンタンアメ」は1925年(大正14年)に鹿児島で誕生しているので、幼少期の上原中佐もきっと食べただろうと思い鹿児島空港で買ってきたものです。


<持ってきた島津紋の三角紙の上に1個お供えしました。>


<出撃~墜落までの経緯はここに書いてあるとおり>
ちなみに、上原中佐は前日の2月16日にも中津飛行場(愛川町)から出撃しており、僚機が撃墜されて(今の七沢森林公園近くに墜落)帰還しているようでした。
記録では22戦隊で丁子将明少尉がこの時亡くなられています。
翌日の2月17日は16日の日本軍機の消耗が激しかったことから陸軍は迎撃中止命令を出しています。(22戦隊は来る本土決戦に備え、朝鮮(平壌)へ移動し戦力温存を図る計画だった。上原中佐は単機でも行かざるをえない心情だったのでしょう。)


<当時見ていた人の記憶>


<ちなみに飛行第22戦隊マークは菊水紋を模したもの>


<帰り際、ふと空を見上げると晴天の空に1本の飛行機雲が・・>
相模湾上空を通り富士山を右に見る航路なので羽田発鹿児島行の便か?
今日はお盆の中日でもあるので、
「ああ、願はくは彼の魂をも故郷へ率ゐたまへ。」と呟く。


<お参りの帰りは、久しぶりに表ヤビツを通って菜の花台展望台へ>
表ヤビツは盆休み中でガラガラでした。


<展望台に登って相模湾方面を見る>


<写真中央がちょうど上原中佐墜落地点>
丹沢山系には多数の軍用飛行機が墜落しています。厚木空の銀河、グラマンF6F、疾風、ボーイングB29など、特に米軍機は、銚子沖から東京に向け侵入し、富士山を目印に西進したあと、相模湾を抜けて帰って行くので、途中で被弾した飛行機が丹沢へ墜落していたようです。(今でも沢山の残骸が残されている)

大戦後80年間日本では戦争がありません。我々は戦争を1度も経験していない歴史的にも珍しい時代に生きているということになります。(その前は江戸時代中期を生きた世代か?)
先の大戦でお国のために戦い亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、今後もこの平和が続くことを切に願います。



Posted at 2025/09/15 18:26:11 | トラックバック(0) | ドライブ | 旅行/地域
2025年08月01日 イイね!

2025年夏の記録 鹿児島旅行(鹿児島市内、知覧)

2025年夏の記録 鹿児島旅行(鹿児島市内、知覧)今年は戦後80年の節目の年
以前から興味のあった鹿児島旅行に行ってきました。
目的は2つ
・西郷隆盛の終焉の地(生まれた所でもあるけど・・)を詳しく見ること。
・知覧の特攻平和会館へ行き、特攻に関する歴史と国内で唯一現存する陸軍4式戦闘機「疾風」を見ることです。

ちなみに、鹿児島は人生で2回目、前回は20年以上前に仕事で来ています。
当時は仕事が忙しくて、とても観光などはできませんでしたので今回はリベンジ旅でもあります。


<飛行機で鹿児島へ、羽田空港から離陸したところ。>


<2時間程度で鹿児島へ到着>
左奥に桜島、右側に薩摩半島が見えます。手前はSONYの鹿児島工場かな?


<バスにて鹿児島市内観光>
市内は「カゴシマシティビュー」のバスで回ります。1日乗車券(大人600円)を購入


<まずは、有名な仙厳園>
万治元年(1658)に島津家19代光久によって築かれた島津家の別邸です。


<磯御殿>
歴代の島津家当主や幕末、島津斉彬、篤姫、西郷隆盛やジョン万など有名人が滞在していたのでしょう。歴史を感じます。


<磯御殿が見える高台から桜島を見る。>


<猫神社(「ねこがみしゃ」と言う)>
慶長の役の際、島津の退き口で有名な島津義弘が戦場から連れて帰ってきた猫を祀ってる神社



<猫神社裏の山、パワースポットで有名な六地蔵近くの池>
池の畔で赤い蛇を見る。「仙厳園の”ぬし様”にお会いできた!」と喜ぶ。



<所変わって鹿児島(鶴丸)城>
西南戦争の傷跡が残る御楼門、蓮の花が咲いていました。


<西郷さんの銅像>
西郷さんは暗殺を恐れて写真を残さなかったので本当の姿は謎だそうです。そういえばNHK大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」冒頭、妻の糸子さんが上野の西郷像除幕式で「こげなおひとではなか!」と言って周囲を困らせたのは史実に基づいた有名な話のようです。


ちなみによく知られる左側の絵は西郷さんの生前の顔がわからないので、顔の上半分を弟の西郷従道をモデルに、下半分を従兄弟の大山巌をモデルに外国の絵師が想像で書いたものといわれています。一方、右側の写真は本当の西郷さんでは?と最近言われている写真です。
(どことなく雰囲気が鈴木亮平さんに似ているので、NHKはこの写真を意識してあのオープニングにしたのかな?)



<西郷さん最期の地、「城山」を見る。>
最終突撃での「チェストー」の掛け声が今でも聞こえるようでした。



<翌日ホテルから見た早朝の桜島>
こりゃ奇麗!
わざわざ鹿児島まで戻ってきた西郷さんも、これを見て終わりにしたかったのだろうな~と、納得しました。



<鹿児島中央駅前でレンタカー(TOYOTA ヤリス)を借りて知覧へ>
TOYOTA車のアクセルレスポンスとハンドリングは意外と好みです。
ただ、なぜかこの車、オートクルーズが使えない。事故防止のために封印されてる?



<知覧特攻平和会館>
内部はロビーとゼロ戦コーナー以外は写真撮影禁止とのこと。


<鹿児島湾の海底に沈んでいたゼロ戦>
海底にしばらく在ったのでかなり穴だらけになっていて内部構造が透けて見えます。
なぜか手前のゼロ戦の模型は、終戦まで帝都防空で活躍した厚木302空仕様、模型好きの方が寄付したのでしょう。



<陸軍4式戦闘機「疾風」>
撮影禁止だったので疾風コーナーはYouTubeから拝借(現在、調査のために部分分解中だった。)、初めて見た感想は「想像より大きい」です。
ゼロ戦はいろんなところで見る機会があるのですが、2000Hp級の日本軍機を見るのは初めて。感動しました。
昔はフライアブルであったと聞きます。飛ぶ姿が見れないのは残念


<指宿スカイライン>
知覧特攻平和会館で特攻に関する展示物を見て、近くの茶屋で知覧茶を飲んだり、枕崎お魚センターで刺身を食べたりしてから、指宿スカイラインで鹿児島市内へ

指宿スカイラインは、伊豆スカイラインに道路のレイアウトがよく似ていて、晴れた日にバイクやロドで走ったら楽しい道だろーな、と感じる道でした。(通行料金も安かった。)


<鹿児島名物「鶏そば」>
鹿児島空港で「鶏そば」食べて、お土産を買って帰路羽田へ

今回は鹿児島リベンジ旅行ができたこと、戦後80年のタイミングで知覧へ行けたのはとてもよかったと思いました。(いろいろ考えさせられることがあった。)
鹿児島は、まだまだ回りたいところ(鹿屋など大隅半島側)があるので、また機会を見つけて行こうと思います。
そういえば、赤い蛇を見た日の夜に黒い大蛇に会う変な夢を見ました。今年は蛇年なので、何か大きな運気を得たのかも・・とてもスピリチュアルな旅でもありましたね。






Posted at 2025/09/02 18:25:59 | トラックバック(0) | 旅行 | 旅行/地域

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