こんばんは。。。
うん。なんだろうこの憤りを感じるニュースは。。。
気づいた時は、涙がいっぱいいっぱい出てきた。
学級委員がいない!?
何コレ!? 平等っ!平等っ!...てこういうの平等って言うのかな?
大人達が、子ども達のために考えた事は、本当に子ども達のためになるの?
私は子どもん時から、頭も悪くて勉強も苦手、運動も苦手で何かやらせれば
非常に時間は掛かるしかなりどん臭い...
だからと言って、勉強が出来る子を妬んだりもしなかったし、学級委員に選べられた子をうらやましく思ったりもしなかった。
寧ろ、パートで教育現場で働くことになった時に、勉強が苦手な児童や運動が苦手な児童の気持ちに少しは敏感になれたと思う。
自分が小学校、中学校の時は 出来れば目立つような事はしたくなかった。
なので、こういう学級委員とか率先してやってる子には感謝したくらいだ。
そうじゃないと、じゃんけんで決められ負けた場合、嫌々引き受けないといけない時代だったと思う。(あくまでも自分が育った場所ではの話です)
果たして、今の時代そんなに学級委員になりたいと希望する 意欲的な子ども
ばっかりいるだろうか?
こういう記事を読むと いつも思うが子どもを傷つけないようにと安全な場所へ
安全な場所へという考えは その時は傷つかないかもしれないが長いスタンスで
物を考えた時、うまくやり抜く力も育たないし、『何クソっ!アイツには今度は絶対に負けるものかっ!』という闘争心や野心、根性が育たないと自分は思ってしまう。
残念ながら、数いる教育者の中には、出来る子に出来ない子の前でエコひいきする教育者がいることもたしかだとは思うが、全てがそうだとは言えない。
私が、中学2年の時の担任は本当にすばらしい先生だった。
ひとりひとりの個性を見抜き、運動が得意な子には運動会などの分野で活躍させる。
美術が得意な子には、学芸会の大道具やその分野で活躍させるっと言った感じで、
その時その時で
全員が主役になれる場所を作り出してくれた。
また、その先生の想いに気づいた時には、クラス全員で誰彼が自然に自分の役割を出来るような雰囲気や温かい空気が流れていました。
違うクラスの子や保護者からは、『いいねぇ~自分も○○先生のクラスが良かったぁ~』という声が当時よく聞かれました。
おかげで、ぶっちゃけ中学1年の時は『不登校児』だった自分にもクラスに
居場所が出来ました。
この先生は、今ではある小学校の教頭先生をしてみえ、姉も学校は違えど教師
をしているので、良く講習の場所でお見掛けしたりお話もさせてもらっているらしい。
あいかわらず、ひとりひとりの個性を伸ばすような教育方針で、姉も大変勉強になると話してくれました。
そのかわり、やはりかなり周りからは浮いていて叩かれてる感じも見受けられるという。。。
今、日本にはこういう先生が どれくらいいるだろうか?
どうして、こういう先生が叩かれなくちゃいけないのだろうか?
子ども達の未来は これから一体どこへ向かっていくのだろう?
Posted at 2009/02/13 00:24:16 | |
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