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2016年10月31日

Def busta 第一章・第四話

 Def busta 第一章・第四話








      決戦


3日後、K A M U I 社 は T S W (十勝スピードウェイ)を借り上げ、K A M U I 零 の最終テスト走行を行っていた。
K A M U I 零 は、合計で3台の車両が造られていたため、最後の1台が襲撃の難を逃れていたのだ。そして最終テストがここ、TSWで実施されることとなったのである。


飛行機のジェットタービン音にも似た、全開で走るKAMUI零のモーター音は、サーキット内に軽快なドップラー効果を響き渡らせ、順調に周回を重ねていた。乗り手はもちろんレイである。
K A M U I 社 の作業員達は、サーキット内の各部に散り、その様子を見守っていた。


そしてピット内では、アウトドアチェアに腰掛け、コーヒーを飲んでいる下村と堀井の姿があった。その近くには下村の愛車Z1000MK2が置かれてある。
堀井は、顔じゅうガーゼの絆創膏だらけで、ふて腐れた下村を愉快そうに眺めてい
た。




「しかしこっぴどくヤラレたもんだのう」

随分と暢気な調子だ。更には。


「しかしそれほどヤラレて、ただの打撲程度とはのう。お前さんの身体はそのバイクと同様に、随分と頑丈なようじゃのう」


などと感心した様子でZ1000MKⅡを見つめる。
それからまた下村に向き直り、今度は真面目な表情となった。


「それにしても彼奴ら、《 零 》 を破壊したばかりに止まらず、レイお嬢様に怪我まで負わせおってからに。許せんのう ! 」


怒りの言葉を吐き捨てた。





『ズズ…』言葉を失い、コーヒーを黙って啜る下村。


「だがお嬢様の怪我が、大したことなかったのは幸いじゃわい。それに零も最後の1台は無事じゃったしのう…。その場に居合わせなかったのは不幸中の幸い…。小さな僥倖(ぎょうこう)じゃったのう」




顎髭を撫でながら、難しい顔をして堀井は続けた。どうにも痛い所を刺激され、忌々しげに堀井を見つめる下村。

「あいつ等 『ツギハコロス』 なんて言いやがったが、そりゃこっちの台詞だ」




また難しい表情で下村を見つめる堀井。

「いや…、確かに。これ以上キミは関わらん方が良いのかもしれんのう」




が、即座に鋭い視線で堀井を睨む下村。その眼光の鋭さは、堀井を一瞬たじろがせるほどだった。

「ふざけんな !! こんな状況で二宮を放っておけるかよ !! 」




「ふう~」と、一息吐き、腕を組む堀井。




それから下村は急に寂しそうな表情になり小さく呟いた。

「俺が死んだって誰も悲しまねえよ。それに唯一生きてる親父だって…居ねぇも同然だ…あんな奴…」


何かを思い、次の言葉は深く飲み込んだ。それから右拳を左掌に一度打ちつけてから、語気を強め堀井に言った。

「だけどよぉ、俺は友達をゼッテー見捨てねぇ。次はきっちりケリをつけてやる !! 」





そんな下村の言葉に呼応する様に、K A M U I 零 の軽快なモーター音がピット内に響き渡る。




堀井はその音を聞きながら、遠くを見つめゆっくり頷く。

「しかし何故じゃろうのう?今日はパパラッチの空撮ヘリが、1台も飛んでいないのう。サーキットを借り上げた時は、五月蠅いくらいに飛びまわるんじゃがのう…」














同時刻、TSW・南パドック付近。






そこには物影に潜み、ストップウォッチを構える2人の人影があった。その2人組は K A M U I 社 の作業員と同じツナギを着ているが、明らかに周りとは違う空気感が漂っている。

バックストレートを駆け抜けて行く K A M U I 零。
ストップウォッチを押す人影。

そんな時、コース外のエスケープゾーンを見回っていた3人の K A M U I 社・作業員が、その不振な連中を発見した。
最初に声をかけたのは、稲葉という作業員だった。

「オイ何やってんだ !? 」

その声に振り向く2人の不振な作業員。それは、K A M U I では見た事もない人間の顔であった。
稲葉が詰め寄る。

「お前ら誰だ !? 」




するとその偽装作業員は “クルリ” と向きを変え、パドックの出口方向へ逃走を始めた。

「オイちょっと待て !! 」

その場にいた稲葉、大谷、中田の3人は、その2人を追いかけようとした、が、辺りの茂みや物陰から、4名のアラブ系外国人・フロントサイト、グリップ、トリガー、バレルが現われ追跡を阻んだ。
そしてニヤニヤと、薄笑いを浮かべる外国人達。稲葉は驚いた様子で叫ぶ。

「あっ !! お前らこの前の !? 」

「オイッわかっているのか ! お前達のやっている事は犯罪だぞ !! 」





更に稲葉は、怒鳴りながら不審な2人を追おうとするが、外国人達に行く手を阻まれる。そんな騒ぎを聞きつけ、近くにいた数名のKAMUI社・作業員達が、その場に集まって来た。しかし、それでも“ニヤニヤ”と薄ら笑いで余裕を見せる外国人達。
それから程なくして、その余裕の理由を知ることになる。それは、まだ他に強力な増援がいたのだ。
なんと、またもや4名もの外国人が集まって来たのである。その中には下村を痛めつけた、ハンマーとブリッドの姿もあった。





突然ハンマーが、アラブ語で短く号令をかけた。

「●×▽~」

外国人達は、一斉に K A M U I 社 の作業員達に殴りかかった。
稲葉が自分の仲間に大声で伝えた。

「オイ ! あの逃げていく2人を捕まえろ!たぶんコイツ等の黒幕だ !! 」

「お前等ぁーーー !! 」

「応援を呼べーー ! 」





K A M U I 社 ・作業員達の怒声が飛び、その場は乱戦模様となっていった。














更に同時刻TSWピット内。




堀井がアウトドアチェアから立ち上がり、ピットボードを用意していた。

「さて、そろそろレイお嬢様をピットインさせるかのう。キミも走る用意をしておいてくれ。やはり一般人のデータも欲しいでの」




「わかった」


下村は短く答えた。それから着替えのため、その場でTシャツを脱ぎ放つ。するとそこには均整がとれ、しなやかながらも力強く、引き締まった肉体美が現われた。それからスキンズのアンダーウェアーを着用し、走り出す準備をする。




堀井は、思わずその肉体に魅せられていた。そして感嘆の言葉を呟く。

「ほほぉ~、惚れ惚れするのう。見事なまでの身体じゃわい」




下村は、さも面倒臭そうに言った。

「まったくうるせぇジジィだなぁ」




愉快そうに笑う堀井。

「ふぉっふぉっふぉっ」




その時、突然無線が鳴った。

『ピーガガ、南パドックに応援頼む!例の外国人達が暴れている !! 』




「なにぃ !? 」

堀井が叫び、急いで無線を取る。

「わかった今すぐ応援を出す !! 」




そう答えながら、その場で下村の方へ振り返る。が、そこに下村の姿は既にない。

「下村く…ん…」




突然 Z1000MKⅡのセルが回り、KERKER KR管から炸裂音にも似たエキゾーストノートが激しく吐き出され、ピット中に響き渡った。そこにはバイクに跨る下村の姿があった。

数度アクセルを捻り、少々荒っぽくクラッチを繋ぎ、暴れるリヤタイヤをコントロールしながら、ノーヘルのまま走り出す。
ピットを抜け、コースに入った途端、フル加速でタイヤスモークと共に走り去る。






バタバタと慌ただしくなるピット内。堀井はおもむろに、南パドック方向を見た。

「うむ…。頼んだぞ下村君」







南パドック付近では8人の外国人と K A M U I 社 の作業員10名が、双方入り乱れての乱闘となっていた。
しかしながら、K A M U I の作業員達は押され気味で、外国人側が優勢な状態となっていた。その中、主だって暴れているのは、例のハンマーとブリッドのコンビである。





そこでハンマーが、K A M U I の作業員・大谷を捕まえ、片腕のみで空中に吊りあげた。足をバタつかせ、その拘束から逃れようとする大谷。しかしハンマーの手は、まるで万力のような握力で、獲物を捕らえて離さない。
ブリッドが跳躍の構えに入る。大谷に跳び蹴りを見舞おうと、膝を曲げて溜めをつくる。が、そこで突然、2人の視界の端に、一台のバイクが映り込んできた。
そこに響き渡ったのは、凶悪なエキゾーストノート。Z1000MKⅡが、ハンマーとブリッドの間に突っ込んできた。

ブリッドは辛うじて後方に跳び退けたが、ハンマーは尻餅を付き、大谷への拘束を緩めてしまった。彼は息が詰まりそうな状態であったのだが、咳き込みながらも間髪を入れず、怪力のハンマーから必死で逃れた。

リヤブレーキでタイヤを滑らせながら、車体を横にして停車する下村。バイクを降り数歩、ハンマーとブリッドに近寄り、無造作に顔の絆創膏を“バリッ”と剥がした。




睨み合う3人。下村が静かに語る。

「お待ちどうさん…。さあ、ケリをつけようぜ」





『ペッ』唾を吐き、ブリッドが一歩前に出る。しかしそれを、ハンマーが太い腕で制し、下村に受けた顎の傷を、わざとらしく撫でてみせる。ブリッドはその様子を見て軽く頷き、後ろに下がった。 が、その一瞬だった。右足で地面を力強く蹴った下村が、鋭い動きで一気に間合いを詰め、ブリッドに強烈な右のコークスクリューブローを放った。

「っだらぁーーーー !! 」






下村必殺の右拳は、唸りを上げてブリッドの顎を正確に捉えた。生木が折れる音にも似た骨が砕ける音と共に、ブリッドは顎を歪めたまま後方に転げ回り、そのまま動かなくなる。それは一瞬の出来事であり、あまりにも強烈な一撃だった。

「ふんっ」




一息吐き、次に下村は、ハンマーの方へ向きを変え、右手で『来い』というジェスチャーをして、サウスポーのヒットマンスタイルに構えた。
ハンマーは眉間に深くしわを寄せ、凶悪な表情で片言の日本語をつぶやく。

「オマエハコロス…」







今度はハンマーが、鈍重なフットワークで下村との間合いを詰め、強烈な右ストレートを放ってくる。
下村はそのパンチを、左ダッキングで交わしつつ懐へ掻い潜り、同時に腰を鋭く回転させ渾身の左ショベルフックを、相手の右脇腹・レバー目掛けて打ち込む。しかしハンマーは、右膝を持ちあげた脚のブロックで、容易くブローを止めてしまった。だがそこで攻撃の手は緩めない下村。間髪を入れず、右のブーメランフックを顔面に向け打ち込むが、それもブロックされてしまう。






そこからハンマーの反撃が早い。ガードした左腕で下村の右拳を払い退け、そのまま左フックを飛ばしてくる。大きく弧を描く左拳。それをスウェイバックで軽くいなす下村。だが次には、ハンマーの右フロントキックが下村の胸元に飛んだ。
それは流石に避けきれず、両腕のクロスガードで蹴りを直接受ける。しかし余りにも力強いその威力は、地面に踏ん張っている下村の身体を、易々と約1メートルも後方へ押し下げたのだ。
強烈な一撃だった。バックステップで間合いを取る下村。両腕に痺れの残るガードの隙間から、ハンマーを睨みつける。






右の口角を吊り上らせ、歪んだ笑みを漏らすハンマー。そしてまた、サイのように重たいフットワークで力強く詰め寄り、フェイントである左右のワンツーと、右ローキックを放った後、大本命である、地を這うような低空から、左アッパーカットのコンビネーションブローを放ってきた。
右ローのフェイントを、脚でガードした下村は、目を“カッ”と見開き、今度は左足で鋭く地面を蹴り、自分の身体を右前方へ瞬間移動するかの如く飛ばし、間欠泉の様に吹き上げてくる凶悪なハンマーのアッパーカットを交わす。その拳は唸りを上げて空を切った。
そして下村のしなやかな肉体が、宙へと舞った。






そこからはハンマーが感じた、長い長いスローモーションのような瞬間。破滅への序章であった。
血走った目を “ぎょっ” と見開く。そこで目にしたものは、下村が自分の横で、木綿布の如く軽やかに “フワリ” と跳び上がる様だった。


『ムリダ…カワセナイ…』 ハンマーは心の中で呟き覚悟した。


「っだらぁーーーー !! 」





下村の気合一閃!!





その声は、全てのものに喝を入れ、半ば強制的に、ハンマーの刻をも動かし出した。
交わし切れないそのスピード。驚異的な全身のバネから繰り出される、強烈な右の跳び膝蹴りが放たれた。







ほんの一瞬だった。瞬き数回にも満たないくらいの短い瞬間。下村の右膝はハンマーの顔面に深くめり込み、嫌な音が彼の頭の奥に響いた。それからその巨体は、フラフラとその場を漂った後に膝が折れ、土埃を舞い上がらせながら、前のめりに地面へ倒れ、真っ暗な闇の中に意識が沈んでいった。








下村は、地べたで小さく痙攣し、失神したハンマーを見下ろしていた。

「ふんっ」




それからゆっくりと周囲を見渡す。K A M U I 社 の作業員達は、多少の怪我をしているものの、大事は無い様子で、外国人達全員を取り押さえていた。

「ふう」一息つき警戒を解く。

「皆なかなかヤルじゃねーのよ」




そんな独り言を言ったその時、下村の背後で、口から血を流し、顎が外れた状態のブリッドが、ダガーナイフを手に、幽鬼の如く“フラリ”と立ち上がった。
ブリッドは、言葉にならない叫び声を上げ、ナイフを振りかざし下村に襲いかかる。

「アガアアアーーーー」

「 !? 」 振り返る下村。

「ヤベェ!」




残心を解いてしまった後の、一瞬の出来事。完全に不意を突かれた。そしてダガーナイフが下村に振りおろされる。

「ガアアアーーーー」





刹那、音もなく、突然ブリッドの横面に、バイクのフロントタイヤがめり込み、派手に弾き跳ばされる。それはまるで、糸の切れた凧のようだった。宙を飛んだ後、回転しながら何度も地面を転げ回り、最後はボロボロになり沈んでいった。今度こそ、立ち上がってくることはなかった。




下村は少々驚いた様子でガードを解く。そこで目にしたのは、KAMUI零に乗ったレイの姿だった。ヘルメットを脱いだレイは怒りの表情で、瞳に涙を溜めていた。




「零の仇よーーー!!」


誰とはなくそう叫び、今度はぼろぼろと大粒の涙が頬を伝った。

「うっ…うっ…うっ…」




緊張が切れたのだろう。いろいろな感情が込み上げて来る。
下村はそんなレイを、そっと抱き寄せ、優しく抱擁した。

「もう大丈夫だ…。大丈夫だよ」

何度も何度も優しく語りかける。レイは下村の胸で、小さく震えていた。










つづく

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Posted at 2016/10/31 15:02:20

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