出雲国松江城

●2017年GW前の4月23日姫路城(86枚撮影・1時間37分)5箇所目+好古園(17枚撮影・21分)~湯原温泉~境港。
●4月24日松江城(156枚撮影・50分)6箇所目~出雲大社(92枚撮影・1時間20分)。
●4月25日マツダミュージアム(95枚撮影・4時間)~宮島(91枚撮影・140分)~広島の友人とプチオフ。
●4月26日岩国城/錦帯橋(107+56枚撮影3時間半)7箇所目~秋芳洞(62枚撮影40分)~関門大橋(25枚撮影・20分)~博多屋台村(13枚撮影・60分)。
●4月27日吉野ケ里遺跡(53枚撮影・40分)8箇所目~唐津城(41枚撮影・40分)9箇所目~呼子のイカ(26枚撮影・1時間30分)。
●4月28日佐世保から平戸観光(平戸城含む)10箇所目。
●4月29日長崎市観光~クラッチが滑った愛車を置いて飛行機で帰宅でした。
この時マツダミュージアム予約で一日空いたので、広島へ行く前に松江城と出雲大社をセットで追加観光しました。
●2019年11月14日・福知山城再び(39枚撮影19分)57箇所目~兵庫県・篠山城(289枚撮影1時間57分)114箇所目~出石城/有子山城(197枚撮影・2時間6分)115箇所目~鳥取県・鳥取城(265枚撮影・1時間40分)116箇所目。
●11月15日・島根県・松江城再び(266枚撮影・1時間42分)6箇所目~月山富田城(411枚撮影3時間24分)117箇所目~鳥取県・米子城(234枚撮影・1時間52分)118箇所目。
●11月16日・岡山県・備中・松山城再び(413枚撮影・3時間46分)13箇所目~備中・鬼ノ城(294枚撮影・2時間15分)119箇所目~兵庫県・赤穂城(254枚撮影・1時間57分)120箇所目。
●11月17日・龍野城(364枚撮影・3時間24分)121箇所目~大阪府・千早城(126枚撮影・1時間55分)122箇所目。
●11月18日・奈良県・高取城(394枚撮影・2時間51分)123箇所目~大和郡山城(232枚撮影・1時間30分)124箇所目~伊賀上野城再び(65枚撮影・45分)88箇所目のお城巡りに組み入れました。
この時も鳥取城が11月14日最後になり、月山富田城に向かう途中の夜に安来市の隣が松江市で近いので急遽追加して11月15日朝一から観光しました。
266枚撮影・100分(前回天守内65分101枚撮影を除き)だから、本来なら3時間は掛かるでしょう。
現在日本に残る12天守のひとつで国宝の松江城である。
日本海側に有り、なかなか行く機会の少ない場所である。
無論関東在住の私は二度と行く事はないだろう(結局2回訪問しましたが・・・)。
今回行く事にしたのは、広島で予約した日時で一日空いてしまったので出雲大社とセットで行く事にしました。
出雲大社と松江城は40km以内とさほど距離がないのがイイ。
私はお城好きでもあるし、ブラタモリで見た両史跡は生きているうちに一度は訪れたいと思っていた場所でもあった。
美しいお城以外の当時、低湿地を埋め立てた街並みを楽しむ時間が無かったのが残念ではあるが、お城事態は充分満喫できたので満足しています。
もっと看板等が用意される事を望みたい。
2019年11月15日月山富田城の有る安来市と松江市が隣と解り、初心者で行った松江城を再度攻略したら、撮影が2倍で267枚100分となりました。
思い残す事が無い程に撮影したので、もう行く事は無いだろう。
俺のお城ベストテンからベスト5に格上げ、遠くても国宝となった天守以外にも二の丸櫓が三箇所と土塀、大手道以外に三箇所の門が堪能出きるので一周した方がお得です。
関連リンクより、フォトギャラリー検索で写真をみられます。
=================HPより==========================
https://www.matsue-castle.jp/
松江城(まつえじょう)は、現在の島根県松江市殿町に築かれた江戸時代の日本の城。
別名・千鳥城。
現存天守は国宝、城跡は国の史跡に指定されている。
小瀬甫庵の縄張りによる平山城。
江戸時代には松江藩の政庁として、出雲地方の政治経済の中心であった。
山陰地方で唯一の現存天守であり、国宝指定された5城のうちの一つである(他は犬山城、松本城、彦根城、姫路城)。
標高29メートルの亀田山に建つ天守からは宍道湖を眺望することができる。
明治時代初頭に廃城令によって松江城は陸軍省所管となり城内の建物は全て解体され売却される予定だったが、地元の有志によって天守閣だけは買い戻されて解体を免れた。
近年、二の丸の櫓が復元されるなど往年の姿を取り戻しつつある。
堀尾忠氏(堀尾吉晴の子)が、隠岐・出雲24万石を得て月山富田城に入城し、松江藩が成立。
月山富田城は中世山城であり近世城下町形成には不利であったので、運送などに有利な宍道湖と中海を結ぶ太田川の近く、末次城跡を城地の候補とした。
1607年(慶長12年) 末次城のあった亀田山に築城を開始。
1611年(慶長16年) 正月には松江城は落成。
松江市街の北部に位置し、南を流れる京橋川を外堀とする輪郭連郭複合式平山城である。
宍道湖北側湖畔の亀田山に築かれ、日本三大湖城の一つでもある。
なお、城の周りを囲む堀川は宍道湖とつながっており、薄い塩水(汽水域)である。
構造は、本丸を中心に据え、北に北の丸、南に二の丸上段、東に二の丸下段、二の丸上段のさらに南には出城のように独立した三の丸が配されている。
城の中心となる御殿は二の丸上段に置かれていたが、敷地が狭いため三の丸にも御殿が建てられ藩主は主にこちらで生活していたようだ。
大手門は石垣のみが残るが巨大な枡形を形成しており、江戸城や大阪城に匹敵する規模である。
現在、北の丸には神社、三の丸には島根県庁が建っている。
1960年(昭和35年)に本丸一ノ門と南多聞の一部が復元され、1994年(平成6年)に三の丸と二の丸を結ぶ廊下門と二の丸下段の北惣門橋が復元された。
二の丸の建造物として、2000年(平成12年)2月に南櫓と塀の一部(40m)、2001年(平成13年)2月には中櫓・太鼓櫓と塀の一部(87m)がそれぞれ復元された。
住所: 島根県松江市殿町1-5
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