陸奥国白河小峰城(木造復元1号)

2019年03月29日現存十二天守青森県の弘前城に行く途中に立ち寄り観光。
2019年3月末東北お城巡り2を計画。
●3月29日白河小峰城(136枚撮影・1時間38分)66箇所目~二本松城再び(138枚撮影・1時間59分)45箇所目。
●3月30日堀越城(43枚撮影・13分)67箇所目~弘前城(235枚撮影・2時間42分)68箇所目~三戸城(96枚撮影・53分)69箇所目。
●3月31日水戸城・偕楽園(174枚撮影・1時間42分)(65枚撮影・1時間6分)70箇所目~関宿城再び(88枚撮影・1時間26分)48箇所目に組込みました。
2022年GW北海道東北お城巡りに追加して訪問。
●2022年04月26日~27日大洗~苫小牧フェリー18時間+待ち時間3時間半~車移動332km6時間。
2022年04月28日蝦夷・福山城(松前城)(452枚撮影・4時間7分)186箇所目~蝦夷・五稜郭(456枚撮影・3時間38分)187箇所目~青函フェリー待ち時間込7時間。
●4月29日陸奥・浪岡城(139枚撮影・1時間48分)188箇所目~陸奥・弘前城再び(362枚撮影・3時間34分)68箇所目~三内丸山遺跡(256枚1時間21分)。
●4月30日陸奥・根城(420枚撮影・2時間33分)189箇所目~陸奥・三戸城再び(385枚撮影・2時間55分)69箇所目~陸奥・九戸城(301枚撮影・1時間41分)190箇所目。
●5月01日陸奥・多賀城(235枚撮影・2時間24分)191箇所目~陸奥・仙台城再び(194枚撮影・2時間51分)43箇所目~出羽・山形城再び(165枚撮影・1時間43分)99箇所目。
●5月02日出羽・米沢城(上杉神社)再び(313枚撮影・2時間8分)101箇所目~越後・村上城(428枚撮影・4時間43分)192箇所目。
●5月03日越後・新発田城再び(178枚撮影・3時間36分)102箇所目~陸奥・会津若松城再び(460枚撮影・3時間58分)46箇所目。
●5月04日陸奥・向羽黒山城・(233枚撮影・2時間30分)193箇所目~陸奥・桑折西山城(194枚撮影・1時間51分)194箇所目。
●5月05日陸奥・二本松城再び(310枚撮影・2時間20分)45箇所目~陸奥・三春城(253撮影・2時間3分)195箇所目~陸奥・白河小峰城再び(311枚撮影・2時間47分)66箇所目。
●5月06日上野・岩櫃城(156枚撮影・3時間10分)・196箇所目~上野・箕輪城再び(251枚撮影・3時間15分)133箇所目~上野・一郷山城・模擬天守(お城と無関係のばったもん)(59枚撮影・16分)197箇所目(100名城以外)~上野・高崎城再び(53枚撮影・39分)36箇所目(100名城以外)とお城23箇所巡れました。
陸奥・白河小峰城再びは持参した資料の遺構は撮影出来たが博物館に入れず残念ですが満足感90点です。
かなり急ぎ足で136枚撮影・1時間36分で廻り桜之門が登れず満足感82点です。
普通の人なら2時間掛かります。
木造復元1号ですが、建築法や文化財法だのに縛られ、静岡県掛川城と共に見学が出来る木造での復元に拘わり苦労したお城です。
三重櫓と御前門が綺麗に再建されましたが、2011年3月11日東北大震災で崩れたりと復元に苦労しています。
自分が行った時は、桜之門が登れず残念でした。
でも木造での復元は最高です。
是非日本100名城のこのお城に訪れて欲しいものです。
関連リンクよりフォトギャラリー検索で写真を見て下さい。
===============HPより===============
白河小峰城(しらかわこみねじょう)は、福島県白河市(陸奥国白河郡白河)にあった日本の城。
単に小峰城ともいう。
同市内にある白川城址と区別するため、白河城とはあまり呼ばれない。
国の史跡に指定されている。
ほか、日本100名城の1つに含まれる。
阿武隈川と谷津田川の間に位置する、小峰ヶ岡という丘陵にあった平山城である。
東北地方では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城、若松城と共に「東北三名城」の1つにも数えられている。
周辺は城山公園として整備され、公園内には結城氏や阿部氏に関する資料を展示した「白河集古苑」がある。
白河小峰城は南北朝時代の興国元年/暦応3年(1340年)に結城親朝が小峰ヶ岡に築城して小峰城と名づけたのが始まりとされる。
天正18年(1590年)、城主の白河結城氏が豊臣秀吉の奥州仕置により改易されるとこの地は会津領となり、蒲生氏、続いて上杉氏、再度蒲生氏が支配したが、寛永4年(1627年)に丹羽長重が10万石で棚倉城(福島県棚倉町)から移封されると、幕命により寛永6年(1629年)より城郭の大改築に着手、3年の歳月を費やして寛永9年(1632年)に完成した。
現在の御三階櫓は1991年に復元された物である。
復元天守は昭和期に多数造られたが、それらはみな鉄筋コンクリート造で、外観のみ元に復したもの(外観復元)であった。
白河城の三重櫓は木造復元された城郭建築のうち、天守に相当する建物の復元では最初のもので、現在でも数少ない木造復元天守の1つである。
戊辰戦争の激戦地となった松並稲荷山の杉を使って復元をしており、中に入り柱をみると弾傷が確認できる。
多くの城内の建造物が焼失または破却により失われたが、二の丸入口付近の太鼓門西側に建てられていた太鼓櫓は1873年(明治6年)に民間に払い下げられ、三の丸の紅葉土手に移築された後、1930年(昭和5年)に福島地方裁判所 白河支部の近くに移築され、現在は茶室として利用されている。
2度の移築により、建物そのものは改造され原型は大きく損なわれているが、当時の面影を今に伝える唯一の建物遺構である。
2010年(平成22年)8月5日、国の史跡に指定された。
住所: 福島県白河市
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