出雲・月山富田城(がっさんとだじょう)

●2019年11月14日①福知山城再び(39枚撮影20分)57箇所目~兵庫県➁篠山城(289枚撮影1時間57分)114箇所目~③出石城・有子山城(197枚撮影2時間6分)115箇所目~鳥取県④鳥取城(265枚撮影1時間40分)116箇所目。
●11月15日・島根県⑤松江城再び(266枚撮影1時間39分)6箇所目~⑥月山富田城(411枚撮影3時間14分)117箇所目~鳥取県⑦米子城(234枚撮影1時間50分)118箇所目。
●11月16日・岡山県⑧備中松山城再び(413枚撮影3時間36分)13箇所目~⑨備中鬼ノ城(294枚撮影2時間12分)119箇所目~兵庫県⑩赤穂城(254枚撮影1時間57分)120箇所目。
●11月17日⑪龍野城(364枚撮影3時間24分)121箇所目~大阪府⑫千早城(126枚撮影2時間42分)122箇所目。
●11月18日・奈良県⑬高取城(394枚撮影2時間54分)123箇所目~⑭大和郡山城(232枚撮影1時間33分)124箇所目~三重県⑮伊賀上野城再び(65枚撮影50分)88箇所目のお城巡りに組み入れました。
将軍にも影響を持っていた、戦国時代初期に周防(山口県)の大内氏と中国地方の派遣争いをして、互角で負けないお城だった。
月山富田城は松江市の南安来市(安来節で有名)の山に築いた山城です。
大内氏を滅ぼした毛利の兵糧攻めで破れ、尼子が滅亡するまでは防御に優れたお城でした。
100名城なのは知っていましたが、山城だし遠いので後回しにしていました。
何故行く事にしたのかは、NHKの最強のお城で紹介されたのと、4連休が取れたからです。
関東からだと900kmは有るので、最低3日は必要です。
プラスお城見学時間だから4日なのです。
会社都合で5連休になって奈良県も行けました。
まず出雲名物の歴史資料館前の出雲蕎麦を食べてから、歴史資料館を見学し100名城スタンプとパンフレットをゲット。
パンフレットの案内図を見ながら出発。
北西新登城城路を登り両脇の出丸等の曲輪を見て回り、石垣が多い山中御殿跡から三の丸~二の丸~本丸を寄り道しながら1時間掛かりました。
8歳位の子供が親子で数組来ていたから、自分が登った急峻ルート以外で登ったのかな?。
戦国時代初期の古いお城なので、石垣の遺構は少なく住居跡と門跡を一つだけ復元されていただけです。
かなり広範囲に広がっているので、最低2時間コースです。
帰りは棚田の有った別ルートの大手道で戻ったので、早足で見学して411枚撮影して3時間10分でした。
普通は、本丸一直線なら片道50分・休憩・帰りで2時間。
元気な方なら往復90分ですが、隅々まで見て回りると3時間30分でしょう。
遺構が少なく広過ぎて息切れするので、小まめに休んでは登ってください。
満足感は70点です。
古いお城なので、イメージと違いガッカリするかも知れないから、HPで良く見てからが良いでしょう。
単独では行く気にならない。
松江市が隣町なので、初心者で行った松江城で2時間半、隅々まで280枚撮影してから行きました。
兵庫県3箇所~鳥取城~松江城~月山富田城~米子城~岡山県2箇所~兵庫県2箇所~大阪府千早城~奈良県2箇所と行きました。
写真は、月山富田城・山中御殿跡から見た三の丸跡への登城路。
松江城と出雲大社と月山富田城をセットがお薦めです。
関連リンクよりフォトギャラリー検索で、写真を見てください。
============HPより============
月山富田城は安来市広瀬町富田に位置し、飯梨(いいなし)川右岸の月山(標高190m)を中心にして築かれた複郭式の山城である。
城郭は1㎞にも及び、塩谷(しおたに)口、お子守(こもり)口、菅谷(すがたに)口の3つの入口がある。
周囲は断崖絶壁が多く、防衛上、軍政統治上も欠くことのできない立地条件を備えており、中国地方における中世城郭の代表的な城跡として重要視されている。
保元、平治の頃に平氏の武将によって築城されたと伝えられているが、文献で最も早く現れるのは明徳2(1391)年である(「明徳記」)。
尼子、毛利、吉川、堀尾の各氏が歴代城主となっているが、最も栄耀栄華をきわめたのは中国地方屈指の戦国大名となった尼子氏の時代である。
堀尾氏が慶長13(1608)年に松江城へ本拠を移すまで、山陰地方の軍政上の一大拠点であった。
飯梨川右岸の月山を中心にして築かれた山城。
西方の飯梨川と東方の急峻な山々によって大軍は容易に近づくことができない。
七曲りと言われる急勾配の登城路を経てたどり着く、三ノ丸、二ノ丸、本丸から成る山頂部の曲輪群が詰めの城にあたる。
しかし実質的な守りの要は麓からの登城路の集まる山中(さんちゅう)御殿である。
山中御殿とそこから延びる尾根沿いに連なる花ノ壇や太鼓壇(たいこのだん)、千畳平(せんじょうひら)などの広大な曲輪群が城の防御機能を高めている。
尼子氏の後、毛利氏や吉川(きっかわ)氏、堀尾氏により、石垣や櫓など、城の改築が進められた。
現在見られる遺構の多くは毛利氏以降、安土桃山時代から江戸時代初期のものである。
電話番号 電話番号 0854-32-3357(安来市観光協会広瀬支部)
所在地 所在地 島根県安来市広瀬町富田
営業時間 営業時間
定休日 定休日
駐車場 駐車場 あり
アクセス アクセス 山陰道安来ICより車で約15分
HP ホームぺージ www.yasugi-kankou.com/ (安来市観光協会)
住所: 島根県安来市広瀬町富田
関連リンク
タグ
関連コンテンツ( 観光スポット☆、お城☆ の関連コンテンツ )
地図
関連情報