2011年08月22日
「聖なる・・」シリーズ 第二弾です(笑) S・セガールの「沈黙・・」シリーズ
のパクリでは決してありませんが(爆)
ブッダガヤに暫く滞在したのち、ネパールへの玄関口 パトナと云う
町へバスで3時間掛かって移動し、ここから バスで行くか? 飛行機で飛ぶ
か? 迷った挙句に、空路 ネパールの首都であるカトマンズへと決定 !
この町では色んなエピソードがあったのですが、また後日 紹介します。
ネパール入国の最大の目的は、やはり 「エベレスト」を頂点とする
8000m級の山々を自分の目で確かめる事でした。
カトマンズへ到着後、すぐにバスセンターへ直行し ヒマラヤトレッキング
のメッカである 「ポカラ」行きのバスに乗り込みました カトマンズの西
200㎞ の距離を当時は舗装もろくにされてない山道を8時間掛けて(汗)
ハンドル切り損ねたら、谷底に真っ逆さまみたいな道が相当
ありました(爆) 荷物は座席に置けないので、すべて屋根の上だったの
ですが、「ポカラ」到着後 パッカーを見ると しっかり シュラフが
盗まれてました(泣) 日本語で周りの乗客に怒鳴りちらしてたの
今でも覚えています・・・・・出てくるワケもなく
タイトル画 ペワ湖と云う湖 そして ポカラの町 その背後に
「アンナプルナ山系」(8091m) です。
ポカラの象徴とされてるのが この「マチャプチャレ」(6993m)です。
トレッキングのメッカなだけあって、ホテルも数多く有り 当然安ホテル
を探しに ぺワ湖畔へ・・・・当時のレートで日本円にして一泊300円も
しなかったと記憶してますが、日本で云うと「民宿」 みたいな感じ
でしょうか・・・・・・食事は事前に頼むと、別料金で作ってくれて
そこの家族と一緒に食べてました。 約一週間程滞在してましたが
毎朝 早起きして 湖まで 散歩し この光景を眺めるのが日課でした。
朝焼けに染まる「マチャプチャレ」です。 神秘的でとにかく綺麗でした
「アンナプルナ山系」8000m級の山々より 「マチャプチャレ」の方が
高く見えるのは、単にポカラからの距離(25㎞)が一番近いからなの
ですが・・・・・・そしてこの「マチャプチャレ」だけが未踏峰の山なんです
山の形が、スイスアルプスの「マッターホルン」に似てるところから
「ネパールのマッターホルン」とも呼ばれています。
「聖なる山」として崇められており、登山禁止になってます !
この山系の一番東側には、ヒマラヤでも危険度トップクラスの
「タウラギリ」(8167m) があります 昨年も、日本の登山隊が遭難し
死亡事故が起きてます。
この「神々の山々」と云ってもいいと思うのですが、これを初めて観た
時の感動は今でも忘れる事が出来ないくらいですね !
このブログを挙げる前に、現在のルートor料金 調べてみましたが
往復10万ちょっとで行ける格安プランも・・・おまけに、朝一で
関空を出発する便だと、その日の夕刻には カトマンズに降り立てる
フライト便まで有り♪ 近い将来、今度はカミさんも連れて
行けるかなと計画してます・・・・・・・・
タダ、カミさん曰く 「あたしは、インド ベナレスに行きたい」と(爆)
Posted at 2011/08/22 11:22:40 | |
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旅 | 日記
2011年08月19日
ヒンドゥー教の聖地 「ベナレス」 を後にして 次に向かったのが今度は
仏教最大の聖地と云ってもよい「ブッダガヤ」を目指し
ました。 インドはかつて 大英帝国の植民地として支配されていた歴史
が有ります、鉄道網だけは発達していましたので、主だった場所は
ほぼ鉄道で移動出来ました・・・ただ ダイヤは超いい加減でして
定刻通りに列車が来た試しは、インド滞在中一度も有りませんでした(笑)
ベナレスから150K強の距離を走り最寄りの駅である「ガヤ」で降車し
そこからバスで約13K走り目的地「ブッダガヤ」に到着しました。
まず、街中で安ホテルを確保し 早速 仏教の開祖である「ブッダ」
が、悟りを開いたと云われている「マハーボーデイ寺院」(大菩提寺)へと
タイトル画像が52mの高さを誇る 本堂です。
後の2002年 ユネスコ世界遺産に指定されている建造物でもあります。
この寺院周辺の印象なのですが、大都市である 「カルカッタ」や
「ベナレス」とは一変して とにかく 静か なんです。
ヒンドゥー教徒のごった返してる 街並みばかり 見て来たせいもあった
のでしょうが(笑) すべてが時間までもゆっくり流れてる感じでして
散策するのにも、肩に力入れないで済むみたいな 都市ではとにかく
治安も良いとは云えず、常に緊張してましたので・・・・・・・
癒しの街のような感じがしました♪ 慣れ親しんだ「仏教寺」って事も
あったかもしれません。 そしてこの寺院の横に大きな菩提樹が
この下で「ブッダ」が悟りを開いた=成道の地 と云われている場所が
あります。
ワタシが訪ねた頃は、この「ブッダ」が瞑想をした 金剛座と云われてる
中まで 入れたのですが・・・・今では柵越しでしか見る事が
出来なくなっている様です。
この原因を作ったのは、アホな日本人です(爆)
オウム真理教の「麻原彰晃」がここを訪れた際 無断でこの金剛座に
座り 瞑想を始めた事件があったらしく 当局から身柄を拘束
されたとの事 ! このオッサン 「ブッダ」気取りだったらしく・・・・・・
その事件以来 立ち入り禁止となったらしいです !
「イエス・キリスト」と肩並べる人と同格なんてチャンチャラ笑ってしまい
ますが・・・・・・・
インド滞在中 いちばん ホッと出来たのが「ブッダガヤ」でした♪
Posted at 2011/08/19 20:52:41 | |
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旅 | 日記
2011年08月16日
ヨーロッパ一人旅のエピソードもまだ、あるのですが 今回は
その2年後、インド&ネパールに4ヶ月程やはり一人旅した時の
エピソードを紹介してみます。
タイトルからすると、「兄貴」好きな方は すぐ ピン ! ときたかもです(笑)
あの名曲 「ガンジス」からのワンフレーズ♪ から
「兄貴」がインドに旅する遥か以前に この詩に出てくる風景を見て
ましたので・・・・・・・・・・・この曲 聞いた時は マジに感動しました。
旅の行程を簡単に紹介しますと、 成田発(機材変更で伊丹から) この
時 真冬の2月 空港は吹雪でした バンコク乗り換えインドへ
現 コルカタ(旧カルカッタ)に降り立ちました。
インド と云う国は、訪れる旅人に二通りの印象を与えてくれます
二度と行きたくない場所になるか ? 憑りつかれるか? です
ワタシは後者になりましたが(爆) とにかく、人のエネルギーが
満ち溢れてて圧倒されました ! 何かごった煮の鍋の中に投げ込まれた
感じで・・・・・・・・・乾季でしたので、気温は軽く40℃越えており
ただ湿気が低い為 汗は吹き出す瞬間 蒸発し 肌は塩っ気で
ザラザラに(笑) 路上には物乞いが至る処に居るし、牛の糞だらけの
道 極めつけは、コルカタに滞在してる間に 歩道に放置されてる
行き倒れの人間の死体を何体も目撃しました(汗)
インド旅 最大の目的地は、聖なる河 「ガンジス」 を
自分の目で確かめる事でした。
鉄道にて、ヒィンドゥー教 最大の聖地と云われている「ベナレス」
へ 移動 タイトル画 お判りでしょうか ? 画中央 白い煙が
出てますが 遺体を焼いてる模様です。 ガンジスの川沿いには
沢山の沐浴場があり その同じ並びに 露天の火葬場があります
薪を交互に積んで(キャンプファイヤーと同じ) その上に 布で巻かれた
遺体を焼いていき 灰は 母なる河 ガンジスへと流されます
初めて、見た時の ショックは今でも 忘れられません(汗)
ですから、インドのヒィンドゥー教徒は「墓」を持ちません
火葬費用の無い 貧しい家は 布にくるんで そのままガンジスに
流すそうです・・・・日本でしたら、完全な死体遺棄ですが
宗教の違いと、簡単には片づけられない ものがありますが・・・・・・
そして、死期が近づいたお金のある老人達はインド国内から
聖地 ベナレスを目指すそうです。 この地で火葬されガンジスに
戻る為・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝は沢山の人たちの沐浴でごったがえしてます。
この「ベナレス」には数週間滞在して ほぼ、毎日 ガート(沐浴場所)通いでした。
Posted at 2011/08/16 13:39:51 | |
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旅 | 日記
2011年08月09日
取り留めも無い(苦笑) 旅ブログ ですが・・・・・・・約半年に及んだ
「1人旅」の中で、いちばん滞在期間が長かったのが「ドイツ」でした。
街並みやドイツ人の気質・・・・親しみが持てたって云うのが理由でした。
まったくの単独旅では、なく たまに 同じ日本人と行動を共にする事も
有りまして・・・・ ミュンヘン駅で知り合った 日本人青年と訪れたのが
今回、紹介する 「ホフブロイハウス」 です。
ドイツと云えば 「ビール」 ですよね♪ 若い頃から結構アルコールに
関しては、好きで尚且つ強い口 でしたので、この時は何回目かの
ミュンヘンだったのですが 独りで行くの気が引けてたもので行った事が
無く これ幸いで 即席相棒を連れて呑みに行きましたぁ~♪
このビアホール 歴史的にも古く バイエルン州 王立の醸造所として
スタートし、 この外観の建物となったのが 1897年の事らしいです。
現在では、国立醸造会社となってます。 ワタシが行きたかった理由は
勿論、「ビール」がメインだったのですが・・・・このビアホールが
世界的に有名になったのが、1920年 アドルフ・ヒトラーがここでナチの
党大会を開催し、2000人の聴衆を集め 後のナチ党が躍進するキッカケ
となった場所だと云うのを事前に調べてましたので とにかく この
ホールに行ってみたいってのも 有りました。
内部ですが、とにかく広いのに ビックリしました !
一階の、ビアホールだけでも 体育館並の広さですから 端から端は
霞んでるくらいでした(笑) 木製の長机&長椅子に、座り バーテンに
オーダーするのですが、出てきた ビールジョッキ見て 唖然
これ !? って ピッチャーの間違いじゃ ないのって くらい「デカイ」
尚、タイトル画のジョッキは現在のモノですから 通常サイズです。
4~5杯は 呑んだと思います(笑) ソーセージをアテにしながら・・・・
最初は、おんなじペースで呑んでた 相棒くん 途中から 様子が???
相棒くんの乗る列車の時刻も迫って折り、肩につかまらせ
ハウスを後にしたのですが・・・・・・出た途端 悪夢がぁ~(泣)
突然、気分が悪いと 入口横で ゲロ吐き出しました・・・・・・・・・・・
さすがに参りましたが、なんとか介抱し 駅まで送り届けました。
他の観光客から白い眼で見られ続けてたのは云うまでもありませんでした。 今となっては、良い思い出の一コマとなってます。
本場 ドイツビールは 旨いかったなぁ~♪、
Posted at 2011/08/09 16:52:48 | |
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旅 | 日記