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2010年12月08日

真珠湾攻撃の議論で見落とされていること

真珠湾攻撃の議論で見落とされていること 今日、12月8日は太平洋戦争開戦の日である。
日本時間で12月8日午前3時25分、現地(ハワイ)時間では12月7日午前8時25分、ハワイ・オアフ島のホイラー飛行場(Wheeler Army Air Field)に投下された1発の爆弾から太平洋戦争は始まった、とされる。
ただし、厳密には陸軍第18師団によるマレー半島北端コタバルへの上陸作戦開始の方が、日本時間午前1時30分で早い。この攻撃では日本側が苦戦し、守備にあたっていたイギリス軍の方が優勢だったから、あまり喧伝されないのだろう。
あくまで、「日本の奇襲で連合国軍は甚大な損害を受けた」という開戦の仕方でなければならないのである。



さて、真珠湾攻撃で常に議論されるのが、アメリカ大統領ルーズベルトは真珠湾攻撃を事前に知っていたのではないか、という疑惑である。
私の考えでは、真珠湾が攻撃される可能性が高いことは承知していたと思う。アメリカ側の傍証としてフーヴァーFBI長官の証言がある。ただし、あれ程大きな被害が出るとは予想していなかったのではないか。

この点の議論も多いが、何故か一点、欠けていることがある。それは、九一式魚雷の存在である。
真珠湾は水深12mと浅く、通常の魚雷では海底に突き刺さって使い物にならない。そこで魚雷に安定器を付け、低高度から投下することで雷撃を可能にした九一式魚雷が使用された。
この魚雷の存在は真珠湾攻撃当時、アメリカ側に知られていない。ということは、アメリカ側が予想していたであろう真珠湾攻撃とは専ら上空からの爆弾投下による攻撃であり、魚雷による攻撃は予想していなかった筈である。
これに加えて、当時アメリカ側は、日本の航空技術や攻撃能力を過小評価していた。

つまりルーズベルトの想像では、真珠湾が攻撃されるとしても命中精度の低い中型・小型の爆弾による攻撃のみで、被害はそれほど大きくならない、と考えたのではないかと思う。従って、「いかにして彼ら(日本)に最初の一発を撃たせるかが問題なのである」(1941年11月25日のルーズベルトの発言)と考えていたルーズベルトにとって好都合な状況に見えたのではないだろうか。

しかし、現実には戦艦5隻沈没、戦死者2,345名という大損害を出してしまった。その責任を回避するため、太平洋艦隊司令長官兼合衆国艦隊司令長官キンメルに責任を負わせて解任したうえ、「真珠湾の騙し討ち」をことさらに喧伝したのではないのだろうか。

写真および動画は近年カラー着色されたもの
ブログ一覧 | 軍事 | その他
Posted at 2010/12/08 12:15:13

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この記事へのコメント

2010/12/08 19:31:56
要するに、米国にとって必要だったのは
戦争を正当化する大義名分だけであって
開戦当初の優劣は問題外だったと思います。

社会科の教科書は、当時の事を帝国主義の
時代と教えていますが、米国の外交戦略を
顧みる時、欧州勢は植民地支配をしています
が、米国は植民地的支配は行っていません。
日本帝国主義から東南アジア諸国を開放した
まさしく自由の女神です。

私は、太平洋戦争は日本軍国主義と米国の
戦争ではなく、米国の敵は当時台頭してきた
ソビエト社会主義との対立の前哨戦であり、
まさしく共産主義国への刃として、日本軍国
主義を排除し、自由主義国家としての日本を
米国外交戦略が求めていたにすぎないと思っ
ております。

そうだとすれば、まさに米国の外交戦略は長い時間
を見据えた奥深い物であり、首相がコロコロ変わり
場当たり的な外交しか出来ない我が国日本は、
外交というものの存在自体が無いのではないかと
思う今日この頃であります。

長コメ失礼致しました。

それではオブリガ~ド!
コメントへの返答
2010/12/10 13:11:36
こんにちは。コメントありがとうございます。

以下に私なりの考えを記しますが、これは見方の相違というものでどちらが正しいというものではありませんので、どうかご不快に思われませぬように。頂いたコメントは大変興味深いもので、今後も同様にコメント頂ければ幸いです。

さて。
米国が植民地的支配を行っていないとは私は考えていません。太平洋ではグアム・フィリピンが植民地でしたし、中米のキューバ・プエルトリコも同様です(プエルトリコは未だに植民地です)。フィリピンでは1899~1913年の米比戦争で独立を求めるフィリピンを弾圧し、60万人もの虐殺さえ行っています。今も残るドールのフィリピンバナナ生産は植民地的支配の成果です。
ただ、アメリカは国内に黒人、国外でも中米に安価な労働力を抱えていましたから、欧州勢がアジアで行ったようなやり方での植民地支配をアジアで行う必要性が低かったのは、ご指摘の通りと思います。

また、日本を共産主義への防波堤とするために日米戦争を欲したというのも、私の見方とは異なります。
米国が共産主義への警戒心を持っていたことは疑いありませんが、終戦直後の日本で戦争放棄の憲法を制定したり日教組を組織させたりといった共産主義的博愛主義を採用しており、共産主義を排斥すべきだと考え始めたのは1947年頃ではないかと思います。
例えば1937年7月7日に発生した盧溝橋事件で、9日午前2時に現地停戦協定が成立した直後に北平駐在米国海軍武官から米国海軍作戦部に発せられた電報「現地協定に不満な中国第29軍不平分子が10日17時に日本軍に攻撃を仕掛ける」にある「第29軍不平分子」とは中国共産党の工作員であり、わざわざ電報で事前報告があったのは米国が(日本と中国国民党を戦争させるため)中国共産党を支援していたことを伺わせます(この電報はいわゆる東京裁判で弁護側証拠として提出され、検察側の反論もなく証拠として採用されています)。

日米戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、いずれにも共通するのは、米国と利害が対立する勢力は実力で排除する、という姿勢で、この姿勢は米国建国以来今日まで全くブレることなく貫かれており、「米国の外交戦略は長い時間を見据えた奥深い物」というご指摘は、正にその通りだと思います。

私が考える日米戦争は、地理的優位さからアジアで勢力を拡大しつつあった日本に対し、利害が対立するので日本の勢力圏を米国の支配下に収めるために米国が企図したもので、孤立主義を貫いていた米国が最初の一発を撃つことは出来ないため、日本の先制攻撃を誘い出したと見ています。上に記したように、日中戦争ですら米国が裏で扇動していたと思います。日本は、目先の利害しか見えない国内軍閥の思い上がりから見事にこの誘いに乗ってしまった訳です。

日本が目先の利害にとらわれて長期的なものの見方が出来ないのに対し、米国が長い時間を見据えている、というご指摘には全く賛成です。これは外交に限ったものではなく、中国に製品を輸出すればコピー品が出回ることは自明なのに、輸出した新幹線がコピーされたと不満を訴える鉄道関係者のように、国民全体にその傾向が強いと思います(でなければ衆議院選で民主党にあれほど投票するはずがありません)。

こちらこそ長文になり、失礼致しました。
冒頭に記した通り、こちらの見方とは異なるコメントを頂くことは大変嬉しく、どうか今後もコメント頂ければと存じます。

それでは!
2010/12/11 20:45:08
はじめまして。
とても興味深いやり取りされてるので思わず書き込んでしまいました。
僕もあまりアメリカ史に興味がなく、教科書に書いてある事くらいしか追わなかった頃は、上のコメントと同じような印象を持っていました。
モンロー主義で植民地を持たなかった、自由と民主主義の国なのだと。

実際にはそんな事は全くなくて、北米大陸でも先住民を皆殺しにしつつ、旧領主国のイギリス、フランスは元より、メキシコと戦争して領土を拡張し、行きつくしたら中米やカリブ海を勢力圏に置き、ハワイやら、米西戦争の結果、キューバやフィリピンまで植民地にしています。
単に南北戦争をやっていたからアジアの植民地化に出遅れただけで、日本は勿論、朝鮮にもかなり強硬な砲艦外交を仕掛けてますしね。

アメリカ(と言うよりルーズベルト)はあまり共産主義(と言うよりスターリン)にあまり警戒心を抱いていなかったようで、ヤルタ協定の際にもチャーチルの懸念は叶わず、対日戦への参戦が決まってしまいました。

アメリカの、政治はともかく、経済はあまり長い時間を見据えてはいないんじゃないでしょうか。
かっては日本にフォードやGMの工場もあったそうですが、日本の自動車産業もコピーから始まって、今ではすっかり本家の自動車産業を上回ってしまいましたし。
昨今の市場原理主義、新自由主義もそうですね。
歴史の短いお国柄のせいか、どうも、あまりに合理主義に走りすぎるきらいを感じます。

突然の長文、失礼しましたm(__)m
コメントへの返答
2010/12/14 00:21:40
こんにちは。コメントありがとうございます。返信遅くなって済みません。 m(__)m

アメリカに限らず、歴史は戦争に勝ったものが綴ってきたという側面はあると思います。湾岸戦争にしてもイラクの側から見れば、イギリスの二枚舌外交でイラクの領土から無理やり分離独立させられたのを奪回しようとした、という大義名分があります(日本の北方領土のような存在)。
まして日本の場合、戦後すぐにGHQによる徹底した情報統制があって、未だにその影響から抜け出せていません。ウチには『占領秘録』という本があります(今でも中公文庫で刊行されています)。この本は、占領中多くのことが占領軍によって隠蔽されていたので、独立回復直後「占領中に起きたいろいろな出来事を、直接関係した人達から話を聞いてできるだけ正確に伝えよう」(まえがきより)と毎日新聞に連載されたものをまとめたものです。
例えば坂信弥警視総監の証言、「米軍が横浜に進駐したその晩に早くも佐官級の人々がジープを飛ばして東京にきた。そして丸の内警察署を警視庁と間違えてか、入ってきて、女を世話しろという」など興味深いものがあります。こうしたことは、今日でもあまり知られていないのではないでしょうか。

さて、自動車産業に関するご指摘、非常に興味深く拝見しました。確かにアメリカは今日のような事態を想像もしていなかったのでしょう。何しろ終戦当時の日本の自動車事情はアメリカとは天と地ほども違いましたから。
その代わり、航空に関して製造・開発はもとより研究まで禁じたのは、やはり今日にも影響を残す「先見の明」だったと思います。禁止されていた7年間に世界ではジェット旅客機が就航するまでに技術が進化してしまい、研究者が現場に復帰したときには最早、何がなんだか分からない世界になっていたのですから。
しかし、そこで職にあぶれた航空技術者が自動車に転向して、スバル360を初めとする優秀な技術の基礎を築くことになったのですから、全く皮肉なものです。

またどうぞ、こうしたときに長文のコメントをいただければ幸いです。
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