2011年03月12日
地震が起きたとき私は大井町の職場ビルにいました。
15階建ての14階はそりゃもう恐怖でした・・・
余震が続く中で一刻も早くビルから出たいのに、
防災センターの放送は「身の安全を確保してください」の一点張りw
フザケンナw
結局定時まで普通に職場で待機・・・・
電車が全滅しているのは知ってましたが、
こんな恐ろしいビルにいるのは耐えられないので、
気合で行ける所まで行ってみようと思い、ビルを出発しました。
一応大井町駅まで行ってみましたが
案の定呆然と立ち尽くす人たちの群れ・・
私は長期戦かつ情報戦になると思い、携帯の予備バッテリーを確保に。
100均で充電器と、au,iPhoneのコネクタ、単3アルカリ12本を購入。
その後大井町から蒲田まで歩きました。
道路はかなりの難民たちが歩いていました。
蒲田まできてかなり疲れてきたのでバス探し。
川崎行きを発見したが行列が半端ない。
いつ乗れるかわからないので
橋手前の六郷土手までなら座っていけるというので
六郷土手行きバスに乗車。
たったの数キロなのに渋滞で1時間ほどかかりました。
六郷土手到着後、多摩川を渡り川崎駅へ。
アゼリア地下街は帰宅難民へ終日開放されたらしく
あきらめモードの人たちが大量に座り込んでました。
私はまだまだ行けると思い、横浜方面のバス探しに。
横浜行きバス行列:300~400人くらい
鶴見行きバス行列:50人くらい
どうせ鶴見まで行けば横浜行きが出ているだろうと思い、
鶴見行きの列に。
30~40分後ようやく1台到着。ぎりぎりで乗車。
鶴見に着くと、早速バスを探すがすべて終了とのこと・・
タクシーも100人以上の行列。
この時点で、相鉄線復旧、市営地下鉄ブルーライン復旧、
湘南台までは電車でいけるようになっていたので、
徒歩で横浜駅を目指すことにしました。
第一京浜は大量の歩くサラリーマンとOL・・
座れるところはみんな誰かが休憩している・
ヒールで歩いてる人も・・・・
疲れ果てて地べたに座り込んでる人もいる。
そんななか筋肉痛と戦いながら横浜駅にたどり着きました。
そこからは、相鉄線で湘南台へ向かい、
湘南台からは小田急線で藤沢まで。
新宿からやってきた小田急線は
かなりの込み具合でした。
多い町を18:30くらいに出て、
家に着いたのが3:04。
新しい賃貸のせいか、倒れているかもと思っていたものたちは
すべて無事でした。
風呂場のふたが湯船にダイブしていたくらいw
まぁ次になんか来ても案外冷静に帰宅できることがわかりました。
情報の収集と、そのための端末の電源が確保できれば
結構何とかなります。
Posted at 2011/03/12 17:28:31 | |
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