秋の夜長に何を思ふ…

あたりが闇に包まれつつある関東地方内某所。
駐車場で１台、主の帰りを待つクルマがひっそりと佇んでいた。
主はその日の用事を終え、駐車場に止まっているそのクルマの冷え切った４Ａ－Ｇを温めるべくキーを挿し、イグニッションオン。
ちょっと元気の無いバッテリーで心なしか心配だけど、無事に始動。
｢ドルルルル…｣と規則正しいアイドリング音に耳を傾けながら、少し寒い空を見上げてからホットコーヒーを片手にある紙を眺める…

｢そうか、あれからもう○年(ちょっと割愛(笑))経つのか…｣

そのクルマの主は曇った空の遥か遠くの過去を見ているように見えた。


○年前、そのマシンの主がまだ若かりし頃、彼は一人の女性に特別な感情を抱いていた。
彼は今まで、そこまでの特別な感情を抱いたことは無かった。
彼と彼女が出会ったのはその感情が出るほんの１ヶ月前。とあるものに所属することになった彼はそこで、彼女と出会う。
なぜかは分からないけれど、彼は彼女に凄く惹かれる何かがあった。
彼はそれが｢一目惚れ｣だったことをまだ知らない。
彼女が特に何かずば抜けた容姿だとか、才能だとかがあって惹かれたのでは無かった。

彼はそんな秋の夜長に彼女のことをひたすら思っていた。
だけど、彼はそのとき、その思いが実らないことをまだ、知らない。
きっかけはほんの些細なものであった。
その思いから１ヶ月、彼はまじめに仕事をこなす。ただ、ひたすらに。
それが、当時の彼のとりえだったから。
だからその横で誰かがサボって居てもさほど、気にならなかった。
なぜなら、その彼女も彼の誠実なところに惹かれているという話を聞いていたからだ。

だが、その日は違った。

なぜなら、そのサボっていた相手が事もあろうことか、彼の思う彼女に１２月２５日、遊ぼうと誘っていたからだった。
彼は、段々、イライラした感情に包まれていた。
本来、自分がしなくてもいいものまでやっているのにこの差はなんだ？
自分の前では出したことの無い彼女の表情がそのサボっていた男の前では出ていることへの失望感…
その日は自分が誘おうと思っていたのに…
そんな感情やらなんやらで自分が押しつぶされそうになったその瞬間…

彼の中で何かが切れた

彼は始めて、人の前で｢鬼｣になった。
そこに居た１０年来の友人でさえ、ビックリして鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていたくらいだから。
彼はその途端、消えた。
一人になりたかった。自分を見ているようで誰も自分のことを見ていてくれなかったことへの寂しさから。
パソコンも点けたまま、ワードで文章を打ち込んでいる最中に。
でも、最後の１文だけ、その内容とは関係ないものであった。

｢I need you.｣

それから数日経って、彼はとうとう、彼女に自分の思いをぶつけることが出来た。
でも、彼女からの返事は無かった。
彼女の友人で彼の先輩から１通のメールで彼は失意のどん底まで落ちることに…
｢彼女が返事しなかった理由、それは彼のあの鬼になった表情をみて怖くなってしまったから｣だと。
勿論、そこに居た全員がそうなったわけじゃない。
中には彼の言っている事が正論であるとフォローしてくれた人も居たからである。
１０年来の友人もその意見に賛同していた。
だが、圧倒的に怖いイメージをもたれたこともまた、事実であった。
それ以来、彼は彼女を避けるようになった。
彼女もまた、意識的に彼を避けていたし、自業自得だと彼は心の中で泣いた。
それから、彼と周りとで少し、線が引かれるようになった。
でも、先述したように、そんな線関係なしに今まで同様に彼と一緒に居てくれている人間関係が築けていたのも事実。彼は今でも、友人と思い交流があるそうだ。
実際、その彼がそのときのことをその友人達に詫びると、｢彼だって人間だ｣という結論で終ってしまったようだ。

それから数年、彼女とはメールのやり取りが少し出来るようになった。
そして、３月。１個上だった彼女は卒業と共に彼の前から消えた。
それから数ヶ月、彼女とのメールはあったが、そのまま、時の流れの中に消えた…


はっと彼の意識が現実に戻った。
手元のコーヒーはぬるくなっていた。
そして、４Ａ－Ｇは十分な暖気を終えていた。

｢やれやれ、こういう日は何故か昔を思い出してしまう…｣

そんな彼の呟きは闇に消え、甲高い４ＡーＧのエキゾーストが後には残ったのであった…


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この彼とは一体、誰なのか。

因みに、その彼はその後、最悪な恋愛をしたそうな。

最後に、長文読破された、そこのあなた！
お疲れ様でした。