2008年12月13日
頭がすっきりしたところで、先日放り投げた感想をもう一度アップしようっと。
「イースタン・プロミス」
デビッド・クローネンバーグ監督とヴィゴ・モーテンセンの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」コンビ復活。
できばえは、甲乙つけがたい秀作。
脚本よし、演出よし、演技よし。
ヴィゴ・モーテンセンのクールな身のこなしと内面を醸し出す視線やジェスチャーに一瞬たりとも画面から目を離せない。
この映画は、2度鑑賞するのがおすすめ。
すると、ビィゴ扮するニコライが使った小物の意図がわかる。
そして、先入観から、ニコライの行為を誤解していたことに気づくだろう。
さて、タイトルの「またまた読み違い」というのは、「イースタン・プロミス」の意味のこと。
2度の鑑賞後、私は、「イースタン・プロミス」を「東方の約束(契約)」と考え、劇中の日記に書かれていた「ましな生活」を象徴していると考えた。
ところが、あるブログを読んでいたら、それは「ロシアン・マフィアが使う人身売買契約」のことらしい。
「ましな生活」=「売春強要」とはね。弱者の願いと強者の悪知恵が同じ言葉に存在していた。
すると、主題は何だ?
「人間は、ましな生活を求めることによって、不幸になっていく。」
ということだろうか。
Posted at 2008/12/13 13:43:03 | |
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2008年12月10日
ショックです。
どん底に突き落とされました。
ブログを書き終わって、確認画面を見ていたときに誤って、エクスプローラーか何かのボタンを押してしまいました。
えっ!と思って、元の画面に戻ろうとしましたが、後の祭り。
私の渾身の思いで書いた「イースタン・プロミス」の感想は霧消してしまいました。
もう気力がありません。お休みなさい。
Posted at 2008/12/10 21:59:22 | |
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2008年12月07日
鑑賞したいDVDが見つからなくなってきた。
作り手の鋭い視点や主張がしっかりと織り込まれたエンターテイメントに飢えている。
ショップでなにげに目に入ったのが、
「チャーリー・ウイルソンズ・ウォー」
旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抵抗したアメリカ下院議員の実話がベースだそうだ。主演は、トム・ハンクス。
彼は、確かに、巧い役者である。でも、私にとっては、インパクトがないんだなあ。私が劣等生だから、優等生が気に入らないだけかもしれないけど。
ストーリーは、冷戦を終結するのに活躍する一下院議員の姿を追うだけ。
ソ連のアフガニスタン侵攻は、ベトナム戦争になぞられる。
冷戦下、ソ連が物資を消耗して弱体化していくのを静観しようとするアメリカの担当者。断れずに、視察したチャーリーは、クラスター爆弾の被害を受けた子供や難民の状況を見て、侵攻に抵抗する決断をする。
で、予算を増額し、現地に武器を供給し、ゲリラ戦の技術を指導する。
アフガニスタンのゲリラは、最新兵器によって、ソ連の戦車・戦闘ヘリ・戦闘機を次々に破壊し、ソ連は撤退をせざるを得なくなる。
めでたくチャーリーは、民間人として、勲章を受ける。
言わんとしていることは、二つ。
一つは、侵攻を止めたのは、アメリカの軍事介入。
もう一つは、「塞翁が馬」。
悪いことはいいことに結びつき、いいことは悪いことに結びつく。時代はその繰り返しである。
つまり、軍事介入したことで、ソ連を弱体化し冷戦に終止符を打つことができたが、その後、アフガンゲリラはアルカイダへと組織を拡大し、アメリカの敵となる。
結局、「目には目を」が、アメリカ式戦争のセオリー。この点においては、アメリカは、歴史から学習しているとは考えられない。
この映画を見た人は、主人公の行動がどちらに見えるのだろう?
戦争を止めるために兵器は必要である。それとも、次の戦争に備えろ。
ニュースでは、クラスター爆弾廃絶の署名を、アメリカ・ロシア・中国は拒否したという。次は、どこの国に落とされるのだろうか。
Posted at 2008/12/07 21:20:52 | |
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2008年11月23日
アカデミー賞作品
「クラッシュ」
を鑑賞。
様々な登場人物が織りなす群像劇。
だから、人間関係を把握していないとわからなくなる。
監督の手腕によって、登場人物は、個性がはっきりしていて覚えやすく、感情移入も容易である。
テーマは、予告編で、「ぼくたちはぶつかり合って、理解していく。」と明言している。題名の「クラッシュ」は、人と人のぶつかり合いを意味している。車の事故場面もたくさんあるが、交通事故の映画ではない。
構成は、エピソードのつなぎ合わせなのだが、伏線のエピソードに対して、結果のエピソードが用意されていて、「なるほど」と納得させられる。
主人公が一人ではないので、どうしても客観的に眺めることになってしまう。きっと、この映画の視点は、神の目なんだと思う。天上から人間界を見下ろすと、このように、常に人間はさまざまなぶつかり合いを通して、悲しんだり、怒ったり、喜んだりしているのだ。そして、悲しみ・怒り・喜びによって、人の生き方は変化していく。
さらに、人との出会いは、恐ろしいほどの偶然が支配し、悲劇と奇跡に別れる。
奇跡のエピソードが良かった。
私は、半泣きになってしまった。
救いようのない世の中だけど、こんな奇跡が起こるから、人は希望を持てるのだろう。
悲劇は、切ない。
でも、「つらいけど、そういうものなんだ。」と納得してしまった。
毎日、罪のない人たちが、死んだり、不幸な目に遭ったりしているのを、ニュースで見ていれば、自然なことである。
奇跡にせよ、悲劇にせよ、そんな現実に、立ち向かう人たちの姿が心を打つ。
根っからの悪人も、完全な善人も存在しない。人間は常にグレーであり、その状況によって、行動を選択しているのだ。
考えさせられるところの多い、優れた作品であった。
Posted at 2008/11/23 23:54:35 | |
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2008年11月23日
日曜日の午後二時。
テレビで、洋画を放送している。
知らなかった作品が多く、拾いものをすることも少なくない。
本日の映画は、
「コントロール」
レイ・リオッタとウイレム・デェフォー共演のサスペンス。
凶悪犯罪者の死刑執行を偽装し、死ぬはずだった男で人格矯正の人体実験をおこなう話。
題名は、「人格をコントロールするのは何か?」というテーマから付けられているんだろう。
でもね、私が好きなのは、「人間の幸せは死ぬときにわかる」という隠された主張。
展開は読めるし、映像もテレビドラマみたい。実際、途中で飽きてきて、ネットをしながら、テレビをチラ見していた。
エンディングまで見なければ、時間の無駄だったと感じたかもしれない。
この映画を見る人は、最初と最後だけは見逃さないでください。
今回は、ネタをバラしません。
Posted at 2008/11/23 20:42:26 | |
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