2008年11月22日
サスペンスを期待して見た映画が、こてこての社会派ドラマだった。
「フリーダムランド」
幼児失踪事件を追う刑事にサミュエル・L・ジャクソン。
母親役にジュリアン・ムーア。
ジュリアンムーアの鬼気迫る演技が正直怖かった。
某映画感想のHPでは、評価は低かった。
話題作になるほどのインパクトはないから、見た人も少ないと思う。
では、内容に触れていきます。
突然、子どもを連れ去られた母親が病院に現れる。
事件性を確信する刑事が捜査に乗り出す。
犯人が逃げ込んだと思われる黒人居住区を閉鎖して追い詰める。
捜索ボランティアの協力により子どもが発見される。
児童失踪のいきさつが明らかになる。
こんなあらすじですが、
失踪事件
黒人居住区の人種差別
警察内の確執
親子関係
捜索ボランティアの背景
などが、絡まって、何を軸に読み取ればいいのかわかりづらい。
小説が原作だから、削れなかったのかもしれないけど。
私は、テーマを、
「親は子どもを見捨ててはならない。」
と、考えた。
ネタバレあります。ご用心!
最後に、自白しますが、子どもを死なせてしまったのは、母親(ジュリアンムーア)です。
彼女は、愛人に会うため、引き留める息子をひとりぼっちにして、家を空けてしまうのです。その結果、息子は、咳止めのシロップを大量に飲んで、死んでしまいます。気づいた彼女は、発覚を恐れて、狂言に奔走するわけです。
重要なのは、彼女の生い立ち。
物心ついたときから、存在感の薄い子で、周囲が彼女の存在を意識するのは彼女が悪いことをしたときくらいという悲しい過去。
彼女は、自分の存在価値を感じることなく、大人になりました。
愛されずに育った人間は、愛することがへたくそです。
彼女は、息子にうまく愛情を伝えることができず、息子を絶望させてしまったのでしょう。
愛されずに育った人間の悲劇です。
同じテーマの映画に、アカデミー賞作品「ミリオンダラーベイビー」があります。
刑事(サミュエルLジャクソン)は、彼女によって、気づかされます。
自分自身も、少年時代の経験から、自分の息子をうまく育てることができずに、息子は刑務所に入っていた。
彼女の告白によって、彼は息子の愛し方を知るわけです。
題名の「フリーダムランド」は、劇中に出てくる廃墟となった孤児収容施設の名前です。「ここに入れられた子ども達は幸せではなかった。」というセリフがありました。何よりの子どもの不幸とは、親に見捨てられることなのだと言っているようでした。
おまけ
冒頭にも書きましたが、ジュリアンムーアのリアルな演技が怖いです。
自分の頭の中の世界に生きていて、自分の要求はなんとしても人にかなえさせようとするけれど、人の要望は受け入れない。悪意を持っているわけでなく、根っからそういう性格なんです。
こんな人につきまとわれたら、ぞっとしますね。
Posted at 2008/11/22 21:18:51 | |
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映画 | 日記
2008年11月22日
今日は、二日酔い。
頭が痛い、体が重い。
夕方まで寝ていて、空腹に目を覚ます。
カップヌードルを食べて、途中まで見ていたDVDの続きを鑑賞。
「パッション」
メル・ギブソン監督、キリストの受難を映像化した作品。
視覚的にも、情緒的にも、2時間、刺されるような痛みを味わった。
他の人には、おすすめしません。例外的に、M系の人は、興奮するかも。
だから、営業妨害覚悟でネタをばらして、私と同じ苦痛を味わわないように警告しちゃいます。
イエス・キリストが、彼の教えを危険と見なした権力者によって、磔にされたのはご存じの通り。その磔にされるまでの数時間を忠実に追っていく。
銀貨12枚のために、敵の手にイエスを売り渡すユダ。
悪魔に心を売ってしまったことに気づき、自ら命を絶つことに。
罪人に対する容赦のない暴力が始まる。
総督は、罪が立証されないキリストを救おうと試みるが、彼を亡き者にしようとする大祭司や扇動された民衆によって、拘束・むち打ち・磔刑を許す。
これでもかと延々と続くむち打ちシーン。皮膚が裂け、血が飛び散るリアリティ。
残酷描写もえぐいが、傷ついたキリストを殴り、突き飛ばし、つばを吐きかける民衆の笑い顔の方がずっと心をえぐる。
暴力におびえ、「キリストなんか知らない。」と言って逃げる弟子ペトロ。自分の姿を見るようで吐き気がする。
むち打ちに次ぐ残酷描写は、ゴルゴだの丘までの十字架を背負った道行。無抵抗のキリストに嬉々として暴力をふるう民衆の狂気。
とどめは磔シーン。続くシーンを知らない私は、次にどんな目を覆う描写があるのかと見続けることが不安だった。
さて、独断的解釈に進もう。
テーマは、「人間、(すなわち私たち自身)の罪」である。
パッション(受難)とは、人間が、神の子キリストに与えた苦痛ではないだろうか?
キリスト教が今も人々に受け入れられているのは、今だ解決できない人間の罪や苦悩への救いがあるからであろう。
登場人物の多くに自分の姿が重なる。
欲のために、結果を考えず行動したユダ。
自らが傷つくことを恐れ、嘘をついたペテロ。
無力であるため、救うことができないマリア。
権力を失うことを恐れ、策略で敵をつぶす大祭司たち。
民衆の暴動を恐れ、いいなりになる総督。
権力を笠に着て、弱い者をいたぶる兵士。
傷つき死に至る人を見物する民衆。
おそらく人間は、気づかないふりをしているだけで、誰もがこのような醜い心を隠しているのではないだろうか?
人々は、現在も、それぞれの罪によって、人を傷つけたり、自分自身を苦しめている。十字架は、受難の象徴である。あの耐えがたい重さは、私たちの持っている罪の重さかもしれない。
キリストは、言ったそうだ。
「敵を愛し、敵のために祈れ。」
これで、人間の罪や苦悩が救われるかはわからない。
そんなことができるかどうかさえもわからない。
キリストは、人間でありながら、神の子であった。
だから、予知能力があって、自分がどうなるか覚悟を決めることができた。
私たち、人間はどうすればいい?
この映画は、「それは自分で考えることだ」として、結論は出していない。
Posted at 2008/11/22 20:06:17 | |
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映画 | 日記
2008年11月10日
謎が解けないまま、ブログを書き始めた。
今夜観たDVDは、
「歩く、人」
監督・脚本 小林 政広
主演 緒形 拳
テーマがしっかりしたいい映画だと言うことは感じる。
しかし、メッセージが見えてこない。
作品のせいではなく、私の力不足だ。
意味深長な題名。
何故、「歩く人」ではなく、「歩く、人」なのだ?
この点の意味は何か?
「歩く人」ならば、主人公のことだろう。
点を打ったことによって意味は変わってくる。「歩く」のは誰だ?「人」は誰だ?
「歩く」には、「生きる」「進む」という意味があるかもしれない。
「人」は、主人公だけでなく、二人の息子をさしているかもしれない。
映画の柱は、父と二人の息子の関係。
ヒントは、鮭の稚魚。
三人の女性は、「家庭」「独立」「不自由」の象徴か?
エンディングの後はどうなるのだろう?
主人公は、亡き妻からのメッセージをどう受け取ったのか?
酔った頭では、整理がつかない。
この映画は、時間のあるときにしらふで鑑賞するのがいいようだ。
今日は、ここまで。
Posted at 2008/11/10 22:17:33 | |
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映画 | 日記
2008年11月05日
気になっていたが、手控えていたDVDをついに見てしまった。
某HPでも、高得点。
そのタイトルは、
「オールド・ボーイ」
日本のコミックが原作の韓国映画だ。
理由もわからず15年間監禁された男が、復讐する相手を突き止めていく話なのだが、意外などんでん返しが・・・。
クライマックスは異なるが、自分の足場が一気に崩れるという点で「エンゼルハート」に似ているかな。
オ・デスを演じたチェ・ミンスクは、すさまじいエネルギーを放出し画面に引きつけてくれる。でも、過剰な演技が苦手な人は、引いてしまうこと必至。
原作が良かったのだと思うが、アイデアはおもしろい。
画面のつくり方も興味深かった。
でもね。
ここから、ネタバレゾーン。進入注意!
テーマは、何だったんだろ?
とりあえず、勝手な想像で言わせてもらえば、
「罪と罰は、他人が決めるもの」
ってことかな。
こんなセリフが出てくる。
「砂も岩も沈むのは同じ」
重くても軽くても罪は罪ということかなあ。
でもさ、オ・デスの罪って、
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未見の人はこの先読むと、後悔しますよ!
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のぞき見して知ったことをたった一人に言っただけでしょ。
その彼に与えられた罰が、
突然の拉致と15年間の監禁
妻殺害の濡れ衣
催眠術による娘との近親相姦
精神的な追い込みによる罪の自白
精神喪失による自分の舌切断
あんまりじゃない(T_T)
そこまでするウジンにそんな権利あるか?
学校の中でいちゃついていて、誰かに見られると思わんのか。
死ぬことがわかっていて、手を離したのは誰よ!
どうして自分の罪を告白して名誉を守ってあげなかったんだ。
全部、おまえ自身が原因を作ってるんだ。
自己中心的精神異常者だな。
精神異常者に取り憑かれたら、普通の人間は耐えられない。
ここまでひどくないけど、自分の思い込みで人を巻き込んでずたずたにする奴いるよね。
かわいそうなオ・デス。
異常者のウジンのせいで、人生を狂わされてしまった。
ウジンが死んでくれて良かったね。
この映画を見て、ウジンが「まとも」で、オ・デスが「悪者」だと思っている人って多いのかなあ。そんなあなたは、「ウジンもどき」に取り憑かれますよ。
謎解き
ラストシーンは現実か?ウジンがエレベーターに乗り込んだ後、オ・デスはどうしたのだろうか?
なんで冬山のシーンにとんで、催眠術をかけてもらうの?非現実的じゃない。
二人の人間に分裂した後、モンスターは一歩で一歳、歳をとり、70歳で安らかな死を迎えたならば、割れた窓の前に立っている残ったもう一人はどうなったのか?
私の結論
催眠術師とのやりとりで「私は獣にも劣る人間ですが、生きる権利はあるんじゃないですか?」の文面が出てきます。これは、映画の前半で、投身自殺する男の言っていたセルフと同じです。おそらく、娘との性交のテープを聴き終わったオ・デスは窓から身を投げたことの暗示です。でないと、前半の投身自殺場面の必要性がありません。その後のシーンで娘が、「愛している、おじさん」と言ってくれたことが安らかな死の表現でしょう。これが「愛している、お父さん」だったら、・・・・・。
うわ~、いやな映画を見てしまったあ(*_*)
Posted at 2008/11/05 23:20:00 | |
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映画 | 日記
2008年11月03日
とあるHPで、講評の平均点が高い映画をチェックしていて引っかかったのが、
「キサラギ」
でした。
部類で分けると、サスペンス・コメディになるのかなあ。
とにかく、脚本が良くできている。ほとんどセリフで展開していくので、役者にとっては腕の見せ所。
始めは、「お馬鹿な展開を笑えればいいなあ」くらいにしか思っていなかったけど、どんでん返しのおもしろさに、途中から真剣に見入ってしまいました。
5人の主要人物のドタバタな掛け合いの中から、登場人物の意外な素性が明らかになっていき、アイドル如月ミキの死因の謎がジグソーパズルの絵ができていくように浮かび上がってくる。
ミステリー好きには、たまらない傑作だと思います。
途中、「あの状況でよく黙っていられたな!」と突っ込みを入れたいのを我慢すれば、思いもよらぬ展開の連続に映画の世界に吸い込まれていくでしょう。
この先は、ネタバレ領域なので、小説・映画を見ていない人はご遠慮ください。
話を知らない人が読んでも、意味がわからないと思います。
では、
テーマから。
後半が、円満解決だから、私の想像が正しい自信はありません。
でも、彼女の死の原因が共通理解されたときは、
「人のためになると思ってやったことが、その人のためになっているとは限らない。」
と思っていました。
結局彼女は、5人の行為によって、死に至ることになったのですから。
それでも彼女はそんなことを考えもしなかったでしょう。
それが、世の中です。
自分の小さな行為が、どんな結果を起こすかなんて誰も考えないし、考えたってわかりっこないのです。
しかし、後半、お互いに許し合う場面で、私の考えていたテーマは的外れかもと感じました。
もしかすると、
「ファンというものは、見守ったり、応援したり、コレクションして、自分の満足感を満たす人たちなんだ。」
がテーマなのかもしれない。コメディですから、テーマよりおもしろさ・おかしさにウエイトが置かれているのでしょう。
おまけ
意味のわからない小道具が引っかかる。
腐ったアップルパイは、安男が腹を下すためだけに用意されたのか?
自分が持ってきたアップルパイを食って、げりするかなあ。
それ以外に、安男の動きをコントロールできる仕掛けはなかったの。
ミキが焼いたクッキーはどうやって届けるつもりだったのだろう?
彼の誕生日プレゼントだったという着地点だったが、それほど親しい間柄じゃなかっただろう。
もっとも悩んだのは、有名な「針金」の謎。
これは、解いてはならない謎だ。
登場人物は、5名。
この5名の中に犯人がいたとなると、すべてがぶちこわしになる。
原作では、家元を臭わす記述もあるそうだが、ミキは家元が送ったファンレターを取りに行って火に巻かれるのだから、家元に殺意があった場合、この映画はコメディとして成り立たなくなってしまう。
ライターが言っているように、二周期に集まったメンバーへの洒落と考えるのが無難である。
いろんな賞を取っているらしいが、納得できる作品だった。
Posted at 2008/11/03 19:22:54 | |
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