
四国の山奥のエライど田舎で生まれ、同級生が5人みたいな小学校で廊下滑る位先生にドツカレ、草むしりをさせられ。中学校は思いでもないまま卒業し、高校の頃に修学旅行がスキー研修みたいな、また意味不明な内容で北海道を訪れ、一心不乱に勉強したにもかかわらず燃料切れで推薦に紛れ込み、大学でも一年そこそこは棒にふり・・・。それでもやってみたい事は変わりませんでした。
それはテレビマン。違うな、本当のことを言うと、あるテレビ局のテレビマンになりたいっていう夢。それだけでやってきたようなもの。
そして、そこへ向かう道すがら自分がやりたい仕事を拾っていく。それがブライダルだったり、撮影という映像表現だったり、CMを作るということだったり、番組を作るってことだったんだと思う。
それをやるのは今だって楽しい。全然苦ではないし、もう一度仕事にするのもいいかもしれない。
そう、自分の辞書に「臨機応変」とか「潔く」なんて言葉が載ってないのと同じく「不可能」という単語も見当たらないのです。
まぁ、もともと性格が応用に欠けるから仕方が無いことなんですが…。
そして最近思うこと、今回の仕事…全然仕事が好きになれない。目標が持てない。自信が無い…。そこが到達点だったはずなのに…。
違うんだなぁ、多分あるテレビ局のテレビマンになることが夢だったから、今、なんか「無」に近いんだと思う。(色々と無くした者もあるからってのも大きいけど・・・)
四国に帰省して思ったわけではなく、その道中にずーっと考える時間があったから、整理する事ができた。
テレビマンとしての人生はここまでだろう。第一章 THE END。
やっとこさ新入社員になった人とか、テレビマン目指している人からしたら、そんなに若いのに何言ってんの?って思うだろうけど、目指す頂上が違うんだと思うよ。
ここで何が良いとか何が悪いとかは言わないけど、言わないからこそ経験して欲しい。
テレビマンという素晴らしさを。
テレビマンという危うさを。
勿論生活があるから、明日いきなりやめるとか、そんな事はするつもりは無いけどね。それに、東京という環境ではまだ一人前になって無いし。7年やってきたから、後3年はやるつもり。まぁ、テレビマンはもう捨てられないだろうケドね。もう、本気モードの仕事にはしたくないってだけ。
そして、この三年でもう一つの夢へうまく繋げるつもり。
その研究をするのに、やはり東京はいいフィールドなんだ。
家を建てるなら四国か北海道だからね!!(笑。
北海道で新聞記者やりながらペンションやってる人も見た。
香川で田んぼを耕しながら編集作業もやる人も見た。
西表ではロビンソンなんて奴も見たし(笑。
このご時世、主食と副食を楽しく両立していきたいものだと思う。それが自分の第二章。
副食だったら、今まで見たいにブライダルPVもやれるし、ちょっとしたCMもやれるだろうしね。副食として雇ってくれるかはその会社しだいになっちゃうか(笑。
やっぱり何でも屋はどこまでいっても何でも屋だよ(笑。
現状いえることは、不可能なんて全然思ってないかな。
夢は大きくパン工房?富士山みたいなてっぺんじゃなくていいんだよ。讃岐冨士くらいで(笑。
落ち込む事の方が多いけど、これで進む準備はできたから、後は最強のバカを目指すだけ。
その後で、いいんじゃないかな?TYPE-Mは?誰か絶品を保管しといて(笑。
Posted at 2009/04/10 01:25:02 |
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