
自分の勤めている会社は、木曜日より4連休でしたので
金曜日より今日まで三陸鉄道の北リアス線沿線に
出かけてきました。
当初は、来年の春先に15年勤続のリフレッシュ休暇を取って
それを使用して三鉄に行こうと思っていました。
以前記事にした、中井精也さんの写真展を見に行った際に
中井さんより「是非行って自分の目でしっかりと見てくるといいですよ行けるのなら早めに」と勧められ資金と日程のやりくりがついたので行ってきました。
初日は、東海道と東北新幹線で八戸まで行き、そこから八戸線で久慈に入りました。あいにくの天気で八戸線での景色を楽しみにしたいたのですが曇っていたのと仕事の疲れでうとうとしていたので残念でしたね。
この日は、三陸鉄道久慈駅で「走れ、さんてつ!1日フリー切符」を購入し郷土料理の
まめぶ汁と山形村短角牛のハンバーグを食して、明日の始発乗車のために早めに就寝しました。
2日目は、始発乗車のために4時過ぎに起きて身支度をして5時26分発の始発に乗り込みました。当初は始発に乗る予定は無かったのですが・・・始発列車は乗客は自分一人で、列車は津波で大きな被害を受け4月より運行を復旧出来た区間の陸中野田駅を発車し左手に太平洋が見えてきたとき目に入ってきたのは数本の津波をしのいだ木と大きく崩れた防潮堤そしてがれきの山が見えたときには、地震が起きてからテレビや新聞雑誌でいろいろな様子を目にしていたはずなのに自分の目で見たら車内で一人涙が止まらなくなってしまいました。その後一旦ホテルに戻った後再び今度は三鉄水門のある田野畑まで乗車して三鉄水門を見るとこちらもあちらこちらに津波で壊されたのかドアが破壊されていたりしました。この日は時間のある限り陸中野田と田野畑を往復して何度か乗って視点を変えてみていると津波で陸側に倒れたであろうガードレールやえぐられたような海岸線の斜面も見えました。
その後、夜に八戸線で八戸に戻りました。帰りの道中に、八戸線の陸中八木駅周辺でも津波による被害の様子が見られましたが、砂浜に置かれたドラム缶に「ありがとうJR」と書かれていたのを見たときは、また目が涙目になってしまいました。
今日は、再び新幹線にて帰宅の途につきました。
たぶん人によっては、物見遊山で行くなんてという人もいるかもしれませんが、
自分は行ってよかったと思っています。自分の目で見なければたぶん数年先には
無関心になり忘れてしまっていたかもしれません。
そして、今は瓦礫という言葉で片付けられてしまいますが津波が襲う直前までは、
それらは思い出の品であったり愛着のある物、一生懸命にがんばって建てた家であったりと人々に笑顔や喜びを与えていた物であったり時には苦しみや悲しみを共に分かち合ったりとしてきた物でしょう。いつの日かこの瓦礫も無くなっていくのでしょうが、その時には新しい思い出や喜びに包まれていられるように願います。
ぜひ、自分の目で見て感じてください。
Posted at 2012/05/27 23:24:05 | |
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