2010年04月30日
どうも、夏木葵です。
タイトル通り、今日は特に予定も無かったので『つよ@黒と銀』さんからお借りしたローゼンメイデンのDVDをぶっ続けで鑑賞していました。
残念ながらオーベルテューレは次の機会となりましたが、とりあえずトロイメントまでは全部見ました。
なんですかね、こう、深い霧の中に迷い込んだ感覚です今。
作品自体は下馬評通り良作でした。
水銀燈に関しては、自分の想像が強すぎたぜいで肩すかしをくらった感がありますが、何も知らずに見た人へのインパクトはあるかなと。でなければあれだけの人気は出ないはずですし。
つよさんが翠星石好きな理由もわかる気がしますしwww
話の概要もありふれた設定で、鍵作品のような難解さは無いです。
が、どうも俺自身が世界観に深く飲まれてしまったみたいで、もんやりとした感じから抜け出せないでいます。
今からでもアンティークドールの歴史やら勉強してみようかな、知識欲的な意味で。
魔法が使える不思議な人間とか、精巧な等身大の人造人間が設定だったら、ここまではいかなかったんだけどな。
不思議です、ローゼンメイデン。まだあの世界観を理解した訳ではないですが、
面白い作品だね、で終わらすのはあまりに軽すぎると思いました。
強いて言うなら、生半可なレイヤーの鼻をへし折ってしまいそうな気がします。
「お前如きがその衣装を纏うんじゃない!!!」
と本気で罵倒しそうな自分が怖い。
そして、ちゃんとより深い意味や意図まで読み切れるように、俺自身も勉強せねばと思います。
意味、意図、思想を理解しようとする行為は芸術鑑賞するのに非常に大事です。
例えばピカソの絵。
ワケのわからん絵と見るか、ワケわかんないけどその中にある作者の思想や感覚を理解しようとするか。
それだけで絵の見方もだいぶ違ってくるんです。
たとえ彼の思想を読み解く事ができなくても、理解しようとする強い意志があれば、作品は輝いて映ります。
完成された理解不能な芸術とは、理解できる人間を選ぶんです。
それゆえに、それに気付けた人間は何物にも代えがたい幸福を得る。
そんなもんだと思います。
昨今の日本は表面の薄い部分のみが世界の全てだと思い込んでるように感じます。
海外のブランドは溢れに溢れ、誰もが身につけ独占欲を満たしています。
ただ、そのブランド品に込められた意匠や想いを理解しようとしてる人間が何人いるでしょうか?
それをただ欲を満たす為の道具としか見ていないのなら、意匠や想いを考える事すらしないのなら、
そんな人間にブランドを持つ資格は無い。
TVでやってる激安でブランド品の投げ売りに群がる人間ほど下劣で醜いモノは無いよ。
あんなのに使われ、見世物にされているのが可哀想でならない。
それは車も同じ。つよさんには昨日話したからわかるよね。彼も同じ考えで嬉しい。
別に高価な物じゃなくていい、多少不細工な造形だっていい、
要はそこに心がこもっているか、それを具現化しようする心があるかどうかが重要なんだ。
単純な思想からは単純な物しか生まれない。それがどんなに華やかで美しくあっても、それ以上の輝きを放つことはできない。
「物」が一番輝けるかどうかは、その物に心を宿す意思があるか否か。
人とは違うものを見せるのだから、せめてこれぐらいはやってみせろ。
それが無いからバカにされて終わるんだ。
俺はそんな結末は嫌だ。だから拘るし妥協しない。
義務であり、目標でもある。
俺なりのやり方で、世界を創造してみよう。
ダメかもしれない、
徒労に終わるかもしれない、
結局自己満足で終わるかもしれない。
だけど、やるんだ。
で、ローゼンといえば好きなキャラは誰というのが結構話題になりますね。
水銀燈の人気は凄いですね。圧倒的です。
ローゼンは水銀燈の話なのかと錯覚するくらいカリスマってますよね。
ちなみに俺は真紅です。
他のキャラと見えない壁一枚挟んで真紅が圧倒的に一番好きです。
というか好きになりました。
見る前は俺の中で一番影の薄い娘だったのに(オイ
そしてこんなやりとりをしたい。
真紅「まきますか まきませんか」
俺「是非まかせてください!!!!」
Posted at 2010/04/30 23:55:06 | |
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