2009年06月14日
運転。
昨日仕事中に自損事故を見た。
事故のまさにその時を見た。
けが人はなかったけど、運転手は「この人は…」と思わせるような人だった。
おそらくここに限らず、田舎はどこでも、もちろん街だってどこでも、どんな運転手が車を運転しているか分からない。
だから防衛運転が必要になるんだけど、それと同時に危ない車を見分ける必要がある。
今時悪い奴がいかにも悪い様子で街をウロウロしているワケじゃないのと同じように、車だって危ない運転者がいかにも危なっかしい運転をしているとは限らない。
危ない運転者は、いつもは普通に見える運転をしていて、ある時突然危ない運転者に豹変する。
もしくは日常の運転のちょっとした危険を自覚することなく、その危険を無意識のうちにコツコツと積み上げていった結果危険な運転者になっているケースも多い。
だから道路上を走る数多い車の中の些細な挙動から現時点で危ない車、危ない運転者を見分ける必要がある。
それだけじゃなく、見分けたら、何らかの対処をする必要がある。
何も対処をしなければ、見分けられないのと一緒。
もちろん自分がそんな運転者と同じような運転をしちゃいけない。
「危険な運転者」と聞いて、他の人のことだと思ったり、今まで見た危険な運転者のことを思い浮かべたら、自分はもう既に危ない運転者に近付いていると思った方がいい。
「自分は大丈夫」「自分の運転は大丈夫」と思った瞬間から、危ない運転者に転落する。
それらは、全く根拠のない自信でしかない。
これまでの運転は、これからの安全を保証するものではなく、未来の運転に対し何の担保にもならない。
免許証の色がゴールドなのは、法律上は「優良運転者」だけれども、実際には「事故は、これから起こします」のマークでしかない。
別に運転に際して精神論を語るつもりは毛頭ない。
ただ「自分は大丈夫」と思っている運転者は、案外多い。
そこまで思わなくても、自分を、自分の運転は危険を含んでいると思っている人は、案外少ない。
十中八九、そういう運転者だと思っていい。
よって道路上は危険な運転者が運転する車であふれている。
そして自分自身もその中のひとり。
「自己責任」が好きな人の多くは何に対しても「自分自身がしっかりしていれば…」と言うが、その自分自身こそが最大の不確実・不安定要素に他ならない。
結局のところ、クルマを運転するのは人でしかない。
事故を起こさない人は、人混みの中を歩いていて、一度も他人にも他人の荷物にもぶつからない、もしくはぶつかりそうにもならない人のことだ。
つまり、そんな人は誰もいない、ということだと思う。
ま、俺には、こんな説教がましいことを書く義理も何もないんだけどw
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Posted at
2009/06/14 01:32:45
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