映画『君たちはどう生きるか』を観てきました。
観なきゃと思い続けて早2ヶ月。
まぁジブリアニメだし、ロングラン上映だろうから…と高をくくっていたら、なんと観る算段がついた頃には昼間の2回上映だけになっていたという現実(しかもシネコンの一番端っこの狭い劇場…)。いやはや、ワケ判らんと不評とは聞いていたけど、これほどとは…とちょっとショック。
で、慌てて観に行ったのが先週の日曜日だったんですが。
考えをまとめるのに、時間がかかりまして今頃アップしてるザマです。まぁ、別に誰が期待してるワケでもないけれど、一応ブロガーの端くれとして書いとかないとなぁ…というヘンな使命感の下キーボードを叩いております。
今回上映からずいぶん経っているコトに甘え、ネタバレ多めでツラツラ書いていこうと思っておりますので、聞きたくない見たくないという方はどうぞ読まずに戻っていただけるよう、よろしくお願いします。
まず初めに、今時手描きアニメでコレだけのクオリティの映画を観られるコトに、いつもながら感謝させていただきたいです。スタジオ ジブリにはこれからも良質のアニメ映画を作っていただけるよう、お願いしたいトコロです。それには、みんなで観に行くコトが応援のひとつだと思っています。
さて内容に関してですが、コレ観て「ワケ判らん」という人、ちょっと判らないですね。
<ここからネタバレ>
ストーリーの大筋を簡単に言うと、実の母を亡くした主人公の少年と、主人公の父が母を亡くしてすぐに結婚した継母(しかも主人公の母の実の妹で、主人公と初めて会った時はすでに妊娠していた。今でこそ衝撃だけど、舞台である第2次世界大戦の頃は結構当たり前だったらしい)とのお互いに気まずい感じを解消するハナシ。
現代劇やドラマなら、周りの登場人物に助けられたりして、お互いスレ違う考え方を尊重し合いながら関係を良くしていくんでしょうけれど。
ジブリアニメなので、ジブリ特有のというか宮崎駿監督特有の不思議ワールド(いまや、なんでもかんでも異世界異世界なので、そのワードを使いたくないんです^^;)に迷い込んでいろんな冒険の末に解決します。それが難解にさせてしまっているのかもしれないんですが、でも『千と千尋の神隠し』でも似たような手法は取られていますよね。『千と千尋の神隠し』はジブリ最高の興行収入(約¥316.8億だそうです。 ジブリの世界→
■)もあげ、海外でも評価は高いと聞いてます。『君たちはどう生きるるか』の最終的な興行収入は判りません(9/25現在のYahoo!ニュースでは約¥82.5億だそう→
■)し、海外でどういう評価を受けているのか(または、これから受けるのか)は判りませんが、この差はなんでしょう?
以前ネットで興味深い記事を見つけました。
ア・バオア・クーで守備についているザクの部隊で、隊長が部下を無理やり塹壕から押し出し、自分だけ塹壕に隠れたら、その塹壕に着弾して隊長機が破壊されるという場面が出てくるが、それがネットでは、身を呈して部下を助ける場面と受け取られていて、制作者が、受け手の受信能力の低下に合わせた描き方について考えなければならないと語っている
コピペした文章だけがスマフォのメモに残っていまして、引用先が不明でした。検索してもヒットせず、引用先不明のまま載せてしまうのは大変遺憾です。申し訳ありません。
本ブログを読んでいただけているみん友の皆様には、説明不要かとは思いますが、なんのこっちゃ判らん!とおっしゃる方は、映画『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙』を視聴していただければと思います。
そんなバカな!と思いつつも、思い当たる節もなくもないというか。
最近のライトノベルの、やたらと長いタイトルがそれ(ちなみに「長いタイトル」「ライトノベル」で検索すると、どんだけバカバカしい長さのタイトルの小説が今発売されているのかがわかります)。それら長いタイトルのすべてが、ほぼ小説の内容を説明しているのです。客はそれを見て、ああこの小説はそういう内容なんだなと判断するのでしょう。逆に、そういう内容だったら買って読んでみようか、というコトになるのでしょう。もっと言えば、そんな懇切丁寧な説明をしてやらないと内容が想像できず、買うかどうかの判断ができない客が多いというコトなのでしょう。
またはネットのレビュー見てから決める、というのも最近は多いのかもしれません。
まぁ確かに、タイトルだけでは判断できないのも多いかもしれませけれど、ちょっと読んで自分にハマるかどうかの判断するとか、試しに買って読んでみて確かめるとか、タイトル任せだったりネット頼りだったりで自分で考えるという作業ができていないように思えます。
最近の若者は動画を観るのも倍速だとか、曲を聴くのも歌詞が付いているところだけだとか、余韻というか間というか、それらすべてに意味があるモノを考えもせず感じるコトもせず、タイパ(=タイム パフォーマンス)の一言であっさり切り捨てるようです。タイパ、タイパでじっくり考えるコトは時間のムダで、何かから教えてもらえるならそれの方が手っ取り早いと考えてるのではないでしょうか? だから噛んで含んで丁寧に詳しく説明してやらないと興味もわかない。引用文の、「受信能力の低下」というコトになるのでしょう。
『千と千尋の神隠し』は2001年公開というコトで20年以上前(!)ですが、今現代で初見で観るとしたら、どんな反応になるのでしょう? 冷静に観ると、だいぶワケ判らん展開だと思うのですが。でも当時の多くの人たちに受け入れられたというコトは、興行成績が証明しているところ。
先の引用文は2019年に掲載されたモノらしいですが、この約20年の間に日本人の受信能力の低下が続いてきていて、それはますます加速しているのでしょうか?
宮崎駿監督は、判りやすく説明してくれるような作りをしない人だと思います。それが今の客層にマッチしてないのかもしれません。
映画タイトルの『君たちはどう生きるか』は、同名小説の映像化ではありません。その小説にインスパイアを受けて作られたのが、映画『君たちはどう生きるか』です。そのタイトル通りに、観た人たちに「君たちはどう生きるか、自分で考えてみなさい」と言っているようです。
映画でも、主人公は不思議ワールドで世界の均衡を保ち続けるという、まるで神様のような先祖に会います(個人的にこのキャラクターが一番ワケ判らん人物)。主人公に、この世界の均衡を保つ仕事を受け継いでくれと言ってきます(これが唐突過ぎて…)。好きなようにやってくれていいと言ったそのセリフは、まるでメフィラス星人がサトル少年に「地球をあげるといってくれないか」と頼んだ時のように、試しているように聞こえました。元いた世界で辛く生きるより、神様のごとくふるまえるのだぞ、と。
本当にその先祖が試したのかどうかは定かではないけれど、主人公は自分で考え、悲しくても苦しくても大変なことがあっても元いた世界に戻るコトを決意します。そしてどうやって生きていくのかと先祖に問われると、ブログタイトルのように「友達を見つけます」と言う。
簡単なようで、しかし主人公にとって簡単ではないコト。父親が戦時下で財を成し、カネにもの言わせて物事を解決するような人物で、東京から疎開してきた田舎暮らしでは、その父親の性格や行動からやっかみの対象になり、謂れのないいじめに遭う始末。映画のラストは、戦争が終わり疎開先の田舎から東京に帰るシーンで終わるのだが、個人的に不満だったのは、この時一人でも主人公を見送りに来てくれる「友達」を何故描かなかったのか?というコト。それとも結局友達はできず、主人公の試練はまだまだ続くのか、あるいはそれすらも観ている者たちは考えてくれというメッセージなのか。
頭を使わず、ただただ与えられた情報だけを鵜呑みにして、考えるコトをやめるな。なんでもかんでもネットに頼り切って、頭を使うコトをしない現代人(もちろんオサーンも含めて^^;)に、鋭すぎるメッセージを突きつけてるんじゃないだろうか?なんて考えてしまいます。もちろん多くを語らない宮崎駿監督ですから、真偽のほどは明らかではないけれど(^_^;)
<オマケ>
駿監督のおトシからして、この『君たちはどう生きるか』が最後の仕事になるのかもしれません。実際に、この映画を作る前に一度引退宣言していましたしね。
考えるのをやめないコトも大事だと思うんですが、やっぱり頭をカラッポにして楽しめる冒険活劇もジブリアニメの真骨頂だと思うのです。
で、もし駿監督がまだアニメを作ることができるのであれば、コレが観てみたい!というのがありまして。
悪役1号。
大日本絵画 「宮崎駿の雑想ノート」より
巨大戦車で無法をはたらく悪者が女の子をさらい、少年主人公が彼女を助ける…という超
ド定番の冒険活劇。
制作費¥2億で制作期間1年で70分の長編アニメ。
これが1984年に掲載された画稿だから、今のレートでいうといくら? 駿監督が今82歳だそうだから、1年というのはムリっぽいから?
さすがに望むべくもない夢想ではあるけれど、巨匠・宮崎駿の作品がもう観られなくなるかもしれないというのは、やっぱり寂しいですね…。
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Posted at
2023/10/01 03:56:33