鈴鹿サーキット

【コース紹介】
コース全長は4輪で5,807m、2輪で5,821m、コース幅は10mから16m。最大高低差は52m。これは日本のサーキットの中でも最長である。世界の多くのサーキットと比べ、摩擦係数の高いアスファルト舗装である。また、追い抜きのできる長さのストレートや低速コーナーから高速コーナーまで多種類のコーナーがあるため、テクニカルコースとして高く評価されており、ミハエル・シューマッハは「鈴鹿はスパと並んで好きなサーキットだ」と語っている。[2]また立体交差による8の字状のサーキットは世界的にも珍しい[3]。多くのビデオゲームにも収録されており、日本で最も著名なサーキットのひとつである。
メインストレートから右回りに1~2コーナー、S字コーナー、逆バンク(傾斜角が緩いため外へ傾斜しているように錯覚する)、ダンロップコーナー、デグナーカーブ[4]ののち立体交差を潜って左回りに変わる。ヘアピンカーブ、200R(通称マッチャン[5])、(二輪コースのみ)西シケイン、スプーンカーブ、バックストレッチ、立体交差橋を渡って130R[6]を抜けると再び右回りとなり、(四輪と二輪は異なる)カシオトライアングル(シケイン)、最終コーナーを経て再びメインストレートに戻る。中でも2コーナーを抜けてからのS字セクションは、ここをいかに早く抜けるかが、タイムひいてはレースの明暗を左右する重要なポイントになっており、レッドブルのセバスチャン・ベッテルは「F1マシンはこういうコーナーを攻めるために作られているんだ」と興奮気味に話す。自転車のレースに使われる場合はゴールが下り坂になって危険なため(かつて大きな事故が起こっている)逆回りで使用される。
【鈴鹿サーキットの誕生】
1960年8月に最初のコースレイアウト原案が作成された[7]。翌1961年6月に着工され、1962年の9月にサーキットは完成すると、同年11月にはオープニングレースとして第1回全日本選手権ロードレースが開催された[7]。
初期のコース全長は6.004kmで、1966年にはFIA国際トラックライセンスが下りた[7]。このコースレイアウト自体は1983年まで長く変更されることは無かった。
【コース改修の履歴】
安全性確保、F1開催への基準クリアのために1983年~1987年にかけて段階的にコースレイアウトやランオフエリアの改修が行われ、その後も継続的に改修が行われている。
1983年には最終コーナーにシケインが設けられ、最終コーナーと第1コーナーのスピードが落とされた。この変更により、コース全長は6.033kmに延びた。
1984年にはスプーンカーブが改修され、それまでよりもやや内側にコースが移された。これによりコーナーのアウト側に広いランオフエリアが確保された。この修正でコース全長は5.943kmになった。
1985年には第1コーナーがやや手前に移され、アウト側のランオフエリアが拡大した。この際、第1コーナーから第3コーナーまでの100R、70R、60Rの3つの複合コーナーが、100Rと60Rの2つの複合コーナーへと改められた。この改修で、コース全長は5.912kmになった。
1987年のF1開催までにデグナーカーブが改修され、80Rの深く旋回する1つのコーナーから、15Rと25Rの2つのコーナーを137mの直線で繋いだ形状へと変更が加えられた。この改修でコース全長は5.859kmとなった。
1991年7月にはシケインが最終コーナー寄りに移動された。この改修でコース全長は5.864kmになった。このレイアウトは2000年まで10年間にわたり使用されたが、初年度の1991年にゲルハルト・ベルガーがF1で記録した1分34秒700のラップタイムは、最後まで破られることは無かった。
文章はWikipediaからの引用です。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%88%B4%E9%B9%BF%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%88&oldid=29939684
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