2012年01月29日
画像:小6にしてこの箱を2つも使っていたとは、
今にして「なかなかやるじゃないか」と
少々オドロキです。
一人暮らしが長くなると、一人言もずいぶんと多くなるものです。
最近では致命的なことにどこぞの店頭などでもポンポン出てしまいます、コレが。
今週末はそんな一人言が出る前に20年間住んでいた厚木の実家に行ってきました。
1995年〜96年にかけて私が熱中していたのが上の写真、ミニ四駆です。
平日は必ず決まって毎日、小学校のミニ四駆仲間の友達と
自転車で12,3分くらいの児童館までそれを走らせに遊びに行ってました。
そこには普通の家庭では置けないくらいの、もちろんタミヤ製の結構大きなコースが
あったからです。
レースイベントでのレギュレーションの範囲内で、
いろいろなパーツとセッティングを試してはタイムをストップウォッチで計測して
電池がなくなるまで走らせたら、急速充電器を壁にさして
その間みんなで卓球をして遊びます。
そうするとあっという間に時間が過ぎるんですよね。
そこは他の学区でも共通の趣味でたくさんの友達ができた
とてもいい思い出の場所です。
夕方帰る時間になると、
これまたいっつもフザけて事務のおばちゃんにいたずらをしたりして
最後の最後まで遊んだら、
交差点を渡ったところの駄菓子屋でおかしを食べてから
家に帰ったものです。
家に帰ってからは、
晩ごはんを食べたりゲームをしたりする前に毎日必ずやっていたことがありました。
それは、マシンを一度全部バラして各ギアー部のグリスを
丁寧にティッシュで拭き取り、練習走行用の黄色いパッケージのグリスを
塗布してその日使った電池の残りで数分間タイヤを空転させて慣らすというものでした。
(チタングリスはタイム狙うときとイベント等の一発勝負どころで使用していました)
そして無くなった電池を充電して次の日の準備は完了です。
他にも何かやっていた気もしますが、覚えているのはそんなところですね。
(まあアレですね、OHとは言わないかもしれませんが語呂がよかったので^^)
今私が今の愛車に何をしてあげられてるかを思うと、
ほとんど洗車ぐらいのものです。
実車ではあの頃と違って、
ほとんど全てのパーツと組み合わせを試してデータを取ったり
することは現実的にみて不可能ですし、
今度は運転するのはボク自身なのでそれに全力で集中するためにも
ベースの部分の手助けはお借りしたいと思っています。
だけれども、サーキット走行における安全点検と応急処置の準備などは
今までのように半端なものではいけない気がしています。
それは、これからは遠〜い北関東のコースでタイムを削りつつもちゃんと自走で
帰って来なければいけないということも、きっかけのひとつかもしれませんね。
また、上記のように元来私はそういった作業は好きな方ではないかと思います。
今までも、頭のどこかにそれがあったんですよね。
そんなことを前より強く思う今日、この頃です。
Posted at 2012/01/29 22:26:24 | |
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