こちらで旧りょうもう(急行)の車輌が出ていましたので思い出しました。
かつて東武沿線〜それも浅草-北千住間というある種ローカル区間〜に住んでいたことがありまして、あるとき浅草駅から電車に乗ろうとしたら珍しい車輌がおりました。当時は特急がDRCで急行「りょうもう」が1800系の頃、これは快速急行とかなんとかよくわからない種別で、近代的な松屋浅草=東武浅草駅には場違いな旧型車輌でした。
走っているのは見たことあるのですが、臨時列車のような運用にしか入っておらず乗ったことはありませんでした。昔優等列車だったという貫禄はありましたが、いつ廃車になってもおかしくないようなムードが漂っておりました。
行き先は「東武日光」となっていました。愛称は思い出せませんが「だいや」とか「おじか」とかいうような感じのモノだったと思います。
ヘンな時間に出る臨時列車で客はほとんど乗っておらず、がらがらでしたので反射的に飛び乗ってしまいました。今乗らないと一生後悔すると思ったんでしょうw。
見るからに旧型ではありますが、転換(回転?)クロスシートで前向き座席が並んでおりましてなかなか快適です。
車掌がやってきて「どちらまで?」と訊いてきます。指定券もなにも持っていません。日光まで行ったら帰るのが大変そうでしたのでしばし考え、「んーいちおう栃木までw」と言いますと、車掌クンはすべて理解したようで、笑いながら補充券を切ってくれました。このクルマに釣られて来たのがバレバレ&そういう客がほかにもいるんデショな。
それが5700系っていうものでして、それでも平成の世まで走っていたんだそうです。
写真は別の日、鐘ヶ淵駅の中線に停泊中のを撮ったものだと思います。ペンタックスMX、コダクロームだったと思いますが、4両編成ちゃんとおさまっているはずが後ろが切れています。マウントから外してズラせば出てくるかも知れませんが(笑)。デジカメ時代と違いましてフィルムが高うございましたのでせっかくのチャンスなのにコレ一枚しか撮ってなかったみたいです。
当時は地方に行けば旧客も旧型国電もまだいましたが、優等車輌ってのは残っていませんでしたな。
そんな中、いかにもの前面マスク、横は狭窓が並び、室内は前向きシートが並ぶというとても美しい車輌だと思いましたな。こんなのが東京口(浅草だけど)に来て、優等列車の顔でちゃんと料金を取って小駅・中駅をすっ飛ばして行くのは痛快なことでありました。
そのときの補充券があるかと資料室(嘘)を探しましたが出てきませんでした。降りたとたんに没収されたのか改札で取られたのか???
Posted at 2014/12/13 21:49:04 |
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