「ツゥさん、私はツゥさんを責めるつもりで会いに来たんではありませんよ。私が言うのもなんですが、父と母は本当に愛しあっていました。幸せだったんです。」
「じゃあ、なぜ?」
「母が写真を見ながら言ったんです。22歳に戻るのもいいなあって…。その時、私は思ったんです。22歳になったら母の大切な人に逢いたい、いやきっと逢えると…。でも、22歳の1月11日は私も母と同じように御茶ノ水駅で
檸檬を歌うだけでした。」
「・・・。」涙が溢れ出して止まらなかった。何度も何度も温泉で顔を洗った。
「7月で25歳になります。ツゥさんに逢うのに3年もかかっちゃいました…。でも、ツゥさんの家の電話番号も知っているし、足利のお宅の前を通ったこともあるんですよ。」
「どうして訪ねてきてくれなかったの?」
「母がそうしたように、待っていたかったんです。ツゥさんが来るのを・・・。」
「こんなしょぼくれたオヤジで幻滅したでしょう?」声を振り絞るようにして言った。
「いいえ、笑顔の母の隣に写っているあの顔と同じですよ。これで母と同じように、いえ、母以上に幸せになれます。」
「えっ?」
「7月に軽井沢の教会で結婚式をするんです。昨日はその打ち合わせに行ってきたんですよ。」
「おめでとう・・・。」視界はぼやけてしまっていてよく見えないが、素敵な笑顔だ。
「今日は楽しかったです。嬉しかったです。」そう言って浴槽から出て行った。なぜか、娘の肌の色がやけに白いなと思った。
私はその娘に声をかけた。
「そういえば君の名前をまだ聞いていなかった…。」
娘はふり向いて私にこう言った。
「ツ・ウ・さ・ん、そんな悲しい顔しないでよ。気にしない、気にしない。サキは好きで待っていたんだから…。」
(終わり)
半出来温泉奇譚 ①
半出来温泉奇譚 ②
半出来温泉奇譚 ③
半出来温泉奇譚 ④
半出来温泉奇譚 ⑤
ブログ一覧 |
奇譚 | 趣味
Posted at
2010/07/19 05:55:32