
久しぶりに母と会津へ行きました。
今回は、というか今回も戊辰戦争巡りなのは当たり前で。
まずは、小学生以来行ってなかった母成峠へ。
板垣退助、伊地知正治率いる征討軍3千に対し、新撰組、土方歳三、旧幕府伝習第二大隊、大鳥圭介率いる東軍8百。
画像の古戦場の石碑の裏には東軍殉難者埋葬地があります。
母成峠の戦いで、東軍は88人の戦死者を出します。
征討軍の目が厳しく埋葬を許されず、放置された遺体を付近の住民が目を盗んで埋葬するのですが、その後は草に埋もれてしまい、埋葬塚が発見されたのは、昭和53年、110年後のこと。
戦死者の遺体の埋葬を許されず放置され、住民がこっそり埋葬したのは、白虎隊や会津城下、白河など戊辰戦争では多かったのですが、埋葬された場所が110年後に発見されたのはこの東軍殉難者埋葬地だけではないでしょうか。
お城は今は外壁、瓦の吹き替え作業中で、シートが被せられており、見る事はできませんでした。
画像は、母成峠古戦場の石碑、亀ヶ城です。

Posted at 2010/08/12 20:24:55 | |
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