
午前5時過ぎに、自然と目が覚めた。
「今日は休みだ!」
家族を起こさない様に気を使いながら、一人出かける準備を済ませる。
そっと玄関を閉め、人気のないエレベーターで階下に降り駐車場へと向かった。
朝の空気は冷たい。
自分の区画ナンバーをインプットすると、立体駐車場の地下からパレットが上がってくる。
先日まで白い愛車が佇んでいたスペースに、現在は黄色い車が鎮座している。 車高が低く、地を這うようなスタイル・・・視界に入った瞬間から何か特別なものを感じる。
セキュリティをアンロックしてドアを開ける。
ドアオープナーはラジエーター用エアインテークの内側に隠されている。 「わざわざこんな所に隠さなくても・・」とも思うが、こんなギミックめいたものが許されるメーカーはごく限られるのではないかとも思う。 シートに滑り込むと本革と樹脂の内装の、しかも経年変化を感じさせる匂いに包まれる。 以前何処かで嗅いだ懐かしい匂い、そう、930カレラの匂いに良く似ている。
イグニッション・キーを回すと瞬間的にV8ユニットは大きめの音を発して目覚める。
アイドリングは1000rpm強、ややラフだ。 まだ冷えていることを感じさせるギアを1速にエンゲージしてそろそろと動かす。 この車のアイドリングスタートは私が今まで乗ったマニュアル車の中で最も楽だと断言できる。
マンションの立体駐車場付近では長居は禁物。 騒音の苦情に怯えながら、そそくさと路上へ出る。
一般道は交通量はまだ少ない。 3000rpm以下で暖機を兼ねてゆっくりと流す。
路面の不整に対して色んな所からカタカタ、ミシミシと異音を発する。 フロアはブルブルと震える。 新車の時はここまでひどくなかったかと思うが、経年変化以上にこの車は酷使されたのかも知れない。 体感的には6〜7万キロは走った車、という感じ。 ちなみにF355はオドメーターの巻き戻しが容易いそうで、走行距離の数字はあまり信用しない方がよいのかも知れない。
997GT3はミシリともいわなかった・・・強靭と表してよい類い稀なる剛性感。
でも、私はこのF355のユルさが気にならない。 なぜなら、そもそもこの車の設計はポルシェで言えば空冷993の時代のもので、幸か不幸か私は新車のF355に乗った経験がなく、しかもこれが私が乗った最初のF355だから。
10分も走ると油温も水温もじわじわと適温に近づいてくる、と同時に回転はスムーズになり、音の粒が揃ってくる。ギアも軽く入るようになってくる。
目的地は決めずにスタートする事も多いが、車に慣れる為には山道を走るに限る。
よって、今日は迷わず首都高に乗る。
平日にも関わらず、早朝から車は多めで、特にハイペースなトラックが多い。
2500から4000rpmの間でクルージング。これくらいの回転数が一番平和であると同時に燃焼音としてのメカニカルノートを一番感じやすい。 背中のすぐ後ろで精密機械がハミングしている。 とても心地良い。
流れに沿って走るうちに、東名に入った。
相変わらずトラックは多いが、たまに前方が空くとシフトダウンして高回転まで引っぱってみる。 回転を上げて行くと ノーマルモードでは途中から管楽器のような排気音が盛大に響き渡り、リミットの8500rpmでフィナーレを迎えるまで回転数に比例して正確にピッチ、トーン共に上がり続ける。 特に高回転域のハイトーンなサウンドは鳥肌ものだ。 しかし、シフトアップしてから後続車を見ると・・・おやっ、それほど離れてない!・・・実際にはたいして速くはないのだ。
でもそれで良いと思う。競争するのでなければ、パワー的には十分だと思う。
何度か上まで回しながら走ると厚木まではあっと言う間だ。
小田厚では面パトに注意してゆっくりと流し、ターンパイクへ到着。
料金所手前のパーキングで小休止して一服。
前走者との時間調整をして料金所をスタート。
窓は全開、爆音モードではハーフスロットルで例のサウンドが響き渡り、耳に心地よく届く。 今、この音を聴いているのは自分と周囲の木々だけだ。 自己満足の世界。
3速の守備範囲で、コーナーでもタイヤが鳴く手前の適度なペースで上れば、ブレーキは
いらない。 ステアリングはGT3と較べても明らかにスロー。 タイトコーナーでは切り増しに忙しい。 しかし、舵の効きそのものは正確で不自然さは皆無。 小径のステアリングに交換するだけでも効果はありそうだ。
ターンパイクでは高速コーナーを、芦ノ湖スカイラインでは低中速コーナーを堪能し、御殿場へと一気に下って東名に乗り足柄SAで休息。
コーヒー片手に愛車が眺められる場所に腰を降ろしてまったり。
ガレージライフが敵わないので、こういう時にしかゆっくり眺めることができない。
はたから見ていると、多くの人がF355に興味を示していることが解る。
離れて遠くから眺める人、車内を覗き込む人、写真を撮りまくる人。
年齢層は幅広いが、特に子供には受けがいいようだ。
GT3の時はいかにも車好きといった人がしげしげと見て行くことはたまにあったが、F355を眺める人の絶対数ははるかに多く、概して視線が温かいように思う。 時代に逆行するようなキャラクターではあるが、F355には周囲の人間を幸せにする何かが備わっているのかも知れない。
しばらく休んだのち、東名で帰路に付く。
やや高めのアベレージを保ってクルーズ。
超高速まで直進性は比較的良いが、その速度で車線変更をするとやや不安な動きをする。 対米輸出を考慮した柔らか目の足のセッティングが影響しているのだろう。 こういう時はGT3の方がより安心し飛ばせたように思う。
中井あたりから徐々に車が増え始め、厚木からは数珠つなぎ。 周囲に同調して走り、横浜で降りて、洗車場へ向かう。
自分の手で車を洗うとボディラインが本当に良くわかる。
GT3はほとんど曲線で成り立っているが、F355は直線と曲線がうまく融合しながらボディラインを形成している。あえてトンネルバックのスタイルをとるあたり、機能よりも明らかにデザイン優先と感じさせる部分はあるものの、全体としてのバランスは見事だと思う。
洗いから拭き上げに至るまで、洗車がこんなに楽しいと感じたことは無かった。
洗車を終えるとガススタで満タンにする。
リッター6キロ弱という今回の燃費。 また財布が軽くなってしまったが、楽しませてもらった代償としては妥当だと思う。
奇麗になりお腹が一杯になったF355を駐車場にしまう。
立体駐車場の地下に沈みゆくF355の美しい姿を眺めながら・・・・・
GT3からF355への買い替えは間違いではなかったのだと確信した。
次の休みが待ち遠しい。