東北地方太平洋沖地震で被災された方にお見舞い申し上げます。
今までブログは書かなかったのですが自分が見てきた惨状を少しでも多くの方に分かって
もらえばと下手な文章を書くことにしました。
震災後、すぐに支援物資を積んで仙台に向かったのですが緊急車両用に通る事が出来た
高速道路も近付くにつれ徐々に段差や亀裂がひどくなり、そのたびに速度を落とさなければならない為、急がなくてはならないのに急げないモヤモヤがつのりました。
12時間近くかかって深夜に名取市役所に到着。
津波の直接の被害はなかったようですが、所々崩壊していました。
避難された住民の皆さんはロビーのテレビに向かい、ドア、壁にはたくさんの安否情報の張り紙が貼ってありました。
その後向かった仙台空港は、真っ暗な中、車のライトだけを頼りに向かうも徐々にがれきの山、
道路は泥だらけ、道路沿いのお店や工場も廃墟同然の状態でした。
瓦礫をよけながら縫うように先に進んだのですが電柱が倒れていたため空港ビルの
すぐ側までは向かうことができませんでした。

そこから、普段なら国道を通っても1時間半ほどで着くであろう東松島まで被害の少なそうな
県道、町道を通って3時間かけて走りました。
朝方の到着にも拘らず寝るに寝られず疲れているはずの市役所職員の大勢の方々が、物資の
降ろし作業を手伝って下さいました。
その間にも何度となく余震は続き、更には携帯もずっと繋がらない状態でした。
明るくなって、周りがよく見えるようになると更なる惨状を目にしました。
それは今まで映画でしか見たことがない、言葉では言い表すことが出来ないほどのものでした。
一人の力は小さいものですが、みんなで力を合わせれば必ず乗り越えられると
信じています。
明日もまた物資を積んで福島に向かいます。
被災地の皆さん待ってて下さい。
Posted at 2011/03/21 23:49:50 |
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