松島から一路、野蒜地区へ
松島と野蒜は距離にして約10㌔ほどです。
野蒜地区は大学時代にユースホステルのサークルに入っていて
1年の夏休み10日間ほど住み込みで松島ユースホステルの
食事や掃除のお手伝いをしていたことがあるんです。
お金がなかったので都内から野蒜まで各駅停車で10時間以上かけて
来たのを今でも覚えています。
午前中の手伝いが終わった後は野蒜海岸で毎日海に入っていたなぁ・・・
国道45号線から野蒜方面の分岐に入ると一気に道が悪くなります。
段差をアスファルトで埋めて何とか通れるようにしたのが
一目で分かります
野蒜地区に入ると松島地区とは被害の大きさが桁違いです
あぁ・・・・
横を流れる東名運河沿いはまさに壊滅
景色が全て茶色です・・
運河に家が沈んで・・
斜めになったまま動かない信号
路肩に寄せてある船
写真でも十分被害が分かりますが
実際は遥かにひどい状況です。
でもこれでも自衛隊、地域の方々でずいぶん片付けたんでしょう。
骨組みしか残っていない駅前の郵便局に
郵便カラーの軽トラが入っていきました。
こんな状況でも健在な家への郵便配達を再開しているのでしょうか
重機で片づけをしていた自衛隊
人出で瓦礫の片づけをしていた方々
ソウルトレイン作戦で駅の片づけをしていた米軍
頭が下がります。
駅前の県道を離れ、鳴瀬川の土手沿いの道に入ります。
山沿いに置き去りにされている4両編成の電車が。。
これは震災後連絡が取れなかった仙石線のようです。
停車した位置が高台であったためギリギリで難を逃れた電車です。
乗員乗客もここに留まり全員無事だったそうです。
ホントギリギリだよ・・
さすがに海岸線までは行けず、ユースホステルは見てこれませんでしたが
あんなにキレイだった野蒜がこんなに・・・
復興した際には野蒜海岸をまた訪れてみよう
被災した方々が1日も早く通常の生活に戻れますように・・・
Posted at 2011/05/05 18:26:17 | |
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